第8話 ポルへの指名依頼


 他の店員から自分のカードを手渡された老猫人ペーロンは、弟子のプルがなにか急用でも思いだし帰ってしまったのだろうと考え、しばらく客の相手をしてから自分の部屋へ向かった。

 椅子に座った彼女は、研究資料を入れている木箱を開けようとして違和感を覚えた。

 彼女は木箱に掛けているひもが解きやすいよう、いつもそれを緩く結ぶのだが、今日に限ってそれがやけに固いのだ。

 やっとのことでひもを解き、箱を開けてみる。


「あっ!」


 木箱には『神薬』に関する極秘資料が入れてあるのだが、資料の向きが上下逆さまだった。

 もしかして、弟子のプルがそれを読んだのでは?

 長年仕えてくれた弟子を疑うのは嫌だが、事が『神薬』に関することだ。

 このまま放ってはおけない。

 しかし、どうすればよいのだろうか?

 彼女はそのことを支店長のアマムに報告することにした。


 ◇


 支店長室でペーロンから話を聞いた狸人マアムは、いつもは穏やかな顔をひきしめ、頭の上にある耳をぺたりと寝かせた。


「そうですか、そんなことが……。

 これはシローさんに報告すべきでしょうね。

 ただ、彼は今この世界にいないのです。 

 ドラゴニア世界に家族を迎えに行きましたから」


「あ、あの、あちらの世界へ連絡することはできませんか?」


 ペーロンは、弟子が大変なことをしでかした可能性に気が気でない。

 

「緊急の事柄ならギルドに頼めばなんとか連絡をとってくれるはずなんですが、ウチの店に関することで動いてくれるかどうか……。

 それに、シローさんは天竜国にいるはずですから、連絡は無理でしょう」


「天竜国ですか?」


「ドラゴニアの空に浮く大陸だそうです。

 竜人の国ドラゴニアには最近ギルドができたそうですが、天竜国とは連絡の方法がないはずです。

 それに、お弟子さんが『神薬』の秘密を知ったかどうか、まだはっきりしないんでしょう?」


「それはそうですが……恐らく秘密を知ったと思います」


 老猫人の薬師は、日ごろの毅然とした態度が嘘のようにしおれている。


「そうだ!

 ギルドに依頼を出してはどうでしょう?」 


「しかし、どういった依頼を出せばよいのでしょう?

 まちがっても『神薬』のことは公表できませんし……」


「伝言を頼むという形ならどうでしょう。

 今なら息子のポルナレフがケーナイにいます。

 息子なら、詳しいことは伝えなくても依頼を受けてくれるでしょう」


「息子さんにそんなことを頼んでもかまわないのでしょうか?

 危険なことにならなければよいのですが……」


 ベテランの薬師であるペーロンは、『神薬』がどういうものであるか、十分理解していた。

 秘密が洩れてしまえば、あらゆる厄介ごとが降りかかるだろう。


「大丈夫ですよ。

 息子は銀ランクの冒険者です。

 それに、シローさんのためになるなら、あの子は難しい依頼でも喜んで働くでしょう」 

 

「どうか、どうかよろしくお願いします」


 ペーロンは、三角耳がついた白髪頭を深く下げた。


「任せてください。

 依頼は、ウチの支店から出しておきます。

 あなたは、なにかあった時のために、ゆっくり体を休めておいてください」


「あ、ありがとうございます」


 老猫人は張りつめていた気が緩んだからか、ふらふらと座りこんでしまった。

 それを見たマアムがすぐに立ちあがり、隣の部屋へ行き中年の女性を連れて戻ってくる。

 その女性タニアがペーロンに駆けより、世話を始める。

 彼女はシローが地球世界から連れてきた凄腕看護師だから、こういうときは頼りになる。


「小聖女様に連絡を。

 医務室の用意をさせてください」


 タニアに抱えられペーロンが部屋から出ていくと、マアムがため息をついた。


「いつかは秘密が洩れると思っていたけど、まさかこんなに早いとは……」


 彼女は机の引きだしを開け、シローから渡されていたパレット情報端末を取りだした。


 ◇


「あ、ポル君、ギルマスが呼んでましたよ。

 すぐ行ってください」


 ミミの実家『わんにゃん亭』で昼食をとったポルナレフがギルドに顔を出すと、受付の女性から声をかけられた。

 

「え?

 ボクですか?」


 ここケーナイギルドで、ポルナレフはすでにみんなから一人前の冒険者として認められている。

 パーティ『ポンポコリン』結成時からの一員であり、このギルド最速で銀ランクまで駆けあがった実績があるのだ。

 ただ、この小柄な狸人の少年は、みんなから自分がそれほど高く評価されているなど思ってもいなかった。


 受付カウンターや丸テーブルがある待合室を抜け、奥の廊下を渡り一番奥の右側のドアをノックする。


「おう、入れ」


 重低音の声は、このギルドのマスターであり、ケーナイの犬人族をまとめるおさでもあるアンデのものだった。

 部屋に入ったポルナレフを、机の奥から出てきた犬人の大男が迎える。


「こんにちは、アンデさん。

 ボクにご用ですか?」


「ああ、これを見てくれ」


 来客用の古いソファーにポルナレフを座らせたアンデは、自分も対面のソファーに座ると、テーブルの上に依頼書を広げた。


「あ、依頼主は『ポンポコ商会』ですか」


 狸人の少年は、依頼主の欄に母親アマムのサインを見つけた。


「ああ、緊急の、しかも重要度の高い依頼だそうだ。

 お前、ミミを連れてすぐ商会へ向かってくれるか?

 ギルドのベテランを貸してやりたいが、どうやらそうもいかないらしいんだ」


「分かりました!

 すぐ行きます!」


 ポルナレフは依頼書を丁寧にたたむと、それを冒険者服の懐へ入れた。

 ソファーから立ちあがり、アンデに頭を下げると、足早に部屋から出ていった。

 若い冒険者のイキイキした姿を見て、アンデは思わず笑みを浮かべてしまう。

 それは、厳格で知られる彼が滅多に見せない顔だった。

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