第31話 勇者との散歩(上) 

 

 夕食の後、私たちは、王宮内にある広い続き部屋に案内された。

 室内は落ちついた美しさで統一されていて、とても好ましかった。


「ええー! 

 部屋の中に部屋がある!」


 遠藤が驚いたとおり、室内には大小四つの個室があった。

 キングサイズのベッドが置かれている一番大きな部屋を私が使い、後藤と遠藤がそれぞれ小部屋に分かれた。


 嬉しいことにバスタブつきの浴室もついていて、入浴を楽しんで出てくると、すでに後藤と遠藤は寝ていた。

 さすがに旅の疲れが出たのだろう。

 結婚式の取材が終われば、二日ほどお休みをあげようかしら。

 ベッドに座り、そんなことを考えていると、いつのまにか朝になっていた。


 ◇


 部屋に運ばれてきた豪華な朝食を済ませると、加藤君がやってきた。


「おはようです。

 ゆっくり寝られました?

 今日は、俺が街を案内しますよ」


 鮮やかな青い上下が、長身の彼によく似合っていた。


「おはよう、ありがとう。

 加藤君、その青い色って――」


「ああ、この国の色だそうですよ。

 なんでも国宝の青い魔法杖があって、それにちなんだそうです」


「へえ、いかにも異世界らしいわね。

 だけど、加藤君はどうしてアリストではなくマスケドニアに住んでるの?」


「うーんと、それを話すと長くなるから、散歩がてら説明しますよ」


 王宮から城下町への道すがら、加藤君は異世界転移してから起こったことを話してくれた。


「へえ、じゃあ、アリストからこの国へ来たあと、『学園都市世界』ってとこへ行ってたのね」


「そう、他にも『エルファリア世界』や『ドラゴニア世界』、『スレッジ世界』にも行ったかな」


「凄いわね!

 じゃあ、全部シロー君の能力で連れてってもらったの?」


「いや、『エルファリア世界』以外は、ポータルを使ったよ。

 ああそうか、『地球世界』へ帰ったのも、ボーのおかげだったか」


「シロー君が使う異世界転移の能力って珍しいの?」


「ああ。

 あの力についてはあまり大っぴらにしないよう言われてない?」


「ええ、そう言われてるわ」


「あれ、あいつが『神聖神樹様』からいただいた能力だからね。

 他に使える人は、誰もいないはずだよ」


「へえ、『聖樹様』の話はシロー君からも聞いたけど、とても大きいらしいね」


「大きいなんてもんじゃないよ。

 あれは人間が理解できる大きさじゃないな」


「そうなんだ。

 シロー君が『聖樹様』については話さないように言ってたけど」


「ヤベエ!

 そうだった!

 ここだけの話にして」


「ははは、分かってるわ」


 歩いて王宮の敷地から出ると、道ゆく人々のほとんどがこちらへ手を振ってくる。

 護衛のためだろう、鎧をつけた五人の騎士が、私たちの後ろを歩いている。

 初めは、街の人が彼らに対して手を振っているのかと思ったが、どうやら加藤君に対してらしい。

 その証拠に、ときどき彼に声がかかった。


「勇者様、おはようございます!」

「あっ、ゆうしゃさまだー!」

「おはようございます、勇者様!」


 そのうち、私たちの後をついてくる、子供たちの列ができてしまった。

 なんか引率の先生になった気分だわ。

 騎士の人たちが苦笑いしながらも子供たちをとがめないのは、きっといつものことなのね。


 目抜き通まで来ると、人々からの歓声が高まった。

 中にはこちらを拝んでいる人もいる。

 うわー、これ、いたたまれないわね。


 間口が三軒分もある大店おおだなの前に、鮮やかな青い民族衣装を着た、色白の美しい娘が立っていた。

 彼女はゆっくりした足取りでこちらに近づいてきたが、なぜか騎士たちはそれを制止しようとしなかった。

  

「ユウ、おはよう!」

「ミツ、おはよう」


 娘さんと加藤君がほぼ同時に挨拶する。

 二人が並んで歩きはじめると、街の人々が掛けてくる声がさらに高まった。


「よっ、お二人さーん!」

「今日も仲がいいねー!」

「早く結婚しちゃいなー!」


 娘さんと加藤君は、二人とも少し顔を赤くしてるけれど、堂々と歩いている。


「加藤君、この方は?」


「え、ええ、ミツさんです。

 さっきの店、マスケドニアにある『ポンポコ商会』の支店長です」


「初めまして、ミツと申します。

 シローさんの会社の方だとか。

 同じ人の下で働くものとして、これからよろしくお願いいたします」


 加藤君も長身で顔立ちが整っているから、まるでモデルが二人並んで歩いているようだわ。

 くう、見せつけてくれるじゃない!

 ヒロといい加藤君といい、この姉弟ってリア充してるわね、まったく!

 そんなことを考えていると、人垣の間から小さな男の子が飛びだしてきた。


「エル、見てて!

 兄ちゃんの方が勇者より強いぞ!」


 五歳くらいだろう、薄汚れた服を着た男の子は、手にした細い木の枝で加藤君めがけて打ちかかった。

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