第30話 マスケドニアの王宮(下)
王宮での夕食は、縦に長い広間でおこなわれた。
貴族らしき人々が並んだテーブルは、部屋の形に合わせてとても長く、これでは上座に座る王様の声がもう片方の端まで届きそうにない。
身分制度があるからこその「形」に思えた。
上座に一番近い席に座る私たち三人に、全員の視線が集まる。
これで食事をしろって言うのかしら。
きっと、食事の味がしないわ。
陛下が手を打ちならすことで始まったディナーは、しかし、とても素晴らしいものだった。
私の斜め向かいに座るショーカがなにくれとなく話しかけてくれ、こちらが気おくれしないようにしてくれた。
一品ずつ出される料理は、もちろんどれも食べたことがないものだったが、その味は最高だった。
「社長、このギョーザみたいなの、すっごく美味しいですね!
皮の中に入ってるエビのような食材が最高です」
味にうるさい後藤が、隣の席から話しかけてくる。
「ははは、気に入ってもらえたかの?
この国の代表的な料理の一つ、『トッカーリ』というのだがな。
生地に包まれているのは、『ロリロ』という植物の根でな。
山岳地帯の痩せた土地にしか育たぬゆえ、その地方の主要な産物となっておる」
へえ、エビのような濃厚な味がするけれど、これ根菜だったのね。
具が浮いたあっさりしたスープも私の好きな味だった。
「お!
なんだろう、これ?
ぷちぷち感がいいですね」
遠藤が気に入ったのは、ホットケーキのような見かけの料理だった。
表面に焼き色がついた丸いそれは、切りとって口に運ぶと、タケノコのような味で、ときどきプチプチという食感がある。
「そちら、美味しいでしょう。
サザール湖でわずかに獲れる『コラーレ』という魚の腹子です。
この時期の珍味として広く知られています」
青年軍師が、顔をほころばせながら説明してくれる。
そして、メインディッシュは、広いお皿で出された、とても薄く切られたステーキだった。
緑色のソースがかかっている。
「ん、美味しい!」
思わず声がもれる。
赤みの肉は、しっかりした歯ごたえがあり、噛むほどに味が出てくる。
皿に散らされた小さな赤い実の辛さが、肉の味をひきたてていた。
そして、やがて舌の上で溶けた肉は、後味に上品な甘みを残した。
脂っこいものが苦手な私には、日本で食べたA5級の牛肉より、こちらの方が好ましく感じられる。
「うーん、お替わりもらえないかなあ」
細いくせによく食べる後藤は、量に不満があるようだ。
デザートとして最後に出されたものは、なんと氷菓子だった。
かき氷に似たそれには、黄金色をしたジャムのようなものがかかっていた。
「すっぱ美味しい!」
遠藤が声を上げているが、確かにそれはレモンのような酸味があり、どこまでもさっぱりしていた。
甘さはないのに、なぜか甘さを感じる、不思議な味だった。
「ヒロコの話では、ニホンにも似たものがあるらしいな。
ぜひ食してみたいものよ」
陛下の言葉で、彼女のことを思いだした。
「陛下、お后様は、どちらに?」
「それが、お腹が痛いとかでな。
大事をとって休ませてある。
せっかくの再会なのに残念がっておったよ」
うん、間違いない。仮病ね。
都合が悪いとお腹が痛くなるって、アイツは小学生か!
「柳井さん、姉貴が本当に申しわけないです」
前に座る加藤君が彼らしくない言葉を口にした。
まったく、ヒロったら、弟に謝らせるんじゃないわよ!
食後のお茶は、黒っぽくプーアールティーに似た味がした。
「これはドワーフが育てている『黒茶』というものでな、アリストからの輸入品なのだ」
お茶は、私には匂いが強すぎたが、後藤と遠藤は気に入ったようだ。
「この国の料理はいかがだったかな?」
私は陛下の言葉に、ためらいなく答えた。
「最高でした。
マスケドニアの食文化は素晴らしいですね。
ご結婚される前の忙しいときに、このような席を設けていただき、ありがとうございました」
「そうかそうか。
喜んでくれたなら嬉しいぞ」
陛下がその整った顔をほころばせる。
くう、こんな魅力的な男性が、なんでヒロに……。
「社長、なんで陛下を睨んでるんです?」
左の肩に顔を近づけてきた後藤が、そんなことをささやいた。
「後藤、私は睨んでるんじゃないのよ。
ちょっとヒロのことを思いだして腹が立っただけ」
「だけど、陛下のこと、ちょっと素敵だなんて思ったんじゃないですか?」
「ば、馬鹿ね!
仕事なんだから、そんなこと思わないわよ!」
「本当ですか?」
疑わしそうな後藤は放っておいて、予定されている貴族とのインタビューについて考えを巡らせた。
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