第20話 ナルちゃん、メルちゃんとのおしゃべり(上)
シロー君にインタビューした翌日、アリストは『休養日』だった。
これは、この国の一週間、六日に一度のお休みで、役所や学校がお休みになるそうだ。
私たちは、ナルちゃんとメルちゃんが、魔獣を散歩させるというので、早朝に起きてその取材に備えている。
遠藤、後藤、私の三人が芝生の庭で待っていると、母屋のガラス戸を開け、ナルちゃん、メルちゃんが跳びだしてきた。
「ヤナイさん、おはよー!」
「ゴトウ、エンドウ、おはよー!」
淡い緑のTシャツを着てるのがナルちゃん、ピンクのTシャツを着ているのがメルちゃんね。
二人はお揃いのジーンズで、スニーカーを履いていた。
きっと地球世界で買ったものね。
「二人とも、お早う。
今日はポポラちゃんの散歩を取材させてください」
「シュザイってなーに?」
「そうですね、一緒に散歩しておしゃべりすることかな」
「わーい、おしゃべりー!」
「さんぽー!」
二人は歓声を上げ、庭を駆けていく。
サッカーコートより広い庭のまん中を横切り、二人は大きな平屋の前で停まった。
「ここ、ポポラとポポロのおウチ」
二人は両開きのやけに大きな扉についている取っ手をそれぞれつかむと、反対方向へ引っぱった。
大きな扉が横へ滑り、少し暗い内部が見える。
小さな体育館くらいあるスペースは、床がなく剥きだしの土だ。
換気用だろう窓が壁の上下に設けられているが、それがかなり小さいため、朝の光が十分中まで入ってこない。
薄暗い部屋の奥に、枯れ草のようなものが分厚く敷いてあり、ピンクのカバが二頭、身を寄せあうように横たわっていた。
「ポポラー!」
「ポポロー!」
ナルちゃんとメルちゃんが声をかけると、二頭はゆっくり立ちあがった。
「じゃあ、キレイキレイしようねー!」
「キレイキレイー!」
二人は壁の扉を開けると、そこからモップのようなものを取りだした。
「あれ、どうしたの?」
「どうしたの?」
どうやら、ポポラとポポロがいつもと違うらしい。
二頭のカバがチラチラこちらを見ているから、私たちのことが気になっているのかもしれない。
「ナルちゃん、メルちゃん、私たち、外で待ってるね」
「「分かったー」」
私たちが建物から少し離れると、ナルちゃんメルちゃんに続いて二頭の魔獣が外へ出てきた。
「「キレイキレイー!」」
二人がピンクのカバをモップで撫でる。
二頭は、気持ちよさそうに目を細めていた。
「「終わりー!」」
モップを片づけ平屋から出てきた二人は、扉を閉めると、ぴょんと魔獣の上に載った。
んー、なんか凄いジャンプ
ナルちゃん、メルちゃんが、魔獣の背中をぽんぽんと叩くと、二頭が動きだした。
カバは短い足をチョコチョコ動かしているのだが、意外なほどスピードが出る。
私たち三人は、駆け足で二頭の後を追った。
「「「わー!」」」
芝生の庭から石畳の街路へ出ると、十人くらいの子供たちが待ちかまえていた。
「ナルちゃん、メルちゃん、ポポラ、ポポロお早うー!」
「「お早うー!」」
元気な声が早朝の街に響く。
「ナルちゃん、メルちゃん、今日もお願いします」
声がした方を見ると、小さな青い旗を手にした女性が立っていた。
冒険者に似た格好をした、二十代半ばだろうその女性の向こうには、二十人ほどの男女がいた。
四十代くらいの人が多いその集団は、それぞれが小さな荷物を背負っていて、様々な衣装が見てとれた。
インドのサリーに似た服装や、茶色いローブ、執事っぽい服などで、一番多いのは、私たちが着ている町人風衣装に腰飾りの色布をつけた服装だった。
「ナルちゃん、この方たちは?」
「こっちが友達ー!
こっちは、旅行の人ー!」
ナルちゃんが、魔獣の上からまず子供たち、そして大人たちを指さした。
「ええと、旅行というと?」
私の質問に答えたのは、旗を持った女性だった。
「こんにちは。
ナルちゃん、メルちゃんのお知りあいですか?」
女性の口調は丁寧なものだった。
「ええ、シローさんの会社で働いています」
「まあ!
じゃあ、同僚になるのかな?
私、マスケドニアの『ポンポコ商会』で観光部門を担当しているミネリです」
「えっ、そうなんですか!
私、地球世界にある『異世界通信社』で働いている柳井といいます」
前ポケットから出した名刺を渡す。
このポケットがあるから、この服着ると、なんだかカンガルーのお母さんっぽいのよね。
「へえ、これって地球世界の習慣ですか?
すばらしい材質の紙ですね」
ミネリさんは、名刺をひっくり返して裏まで見ている。
「ミネリお姉ちゃん、もう行くよー」
メルちゃんが、待ちきれないようだ。
「では、『ポポ隊』出発ー!」
彼女の掛け声で、ピンクのカバが動きだす。
子供たちが歓声を上げて駆けだし、私たちはその後を追う。
青い小旗を振るミネリが、大人たちを率いてその後に続いた。
小旗には、白猫が片足を上げた絵が描かれていた。
あれって、きっとブランちゃんよね。
◇
ピンクのカバと子供たち、そして観光客は、まだ朝早いアリストの街をねり歩いた。
小さな子どもを抱いたお母さんが家の窓からこちらへ手を振ったり、早朝から店を開けている人たちがナルちゃん、メルちゃんと挨拶を交わしたりするのを見ていると、この散歩は街の風物詩なのだろう。
三十分ほど歩き、大きな広場で休憩する。
ナルちゃん、メルちゃんはカバの背から降り、腰のポーチから取りだした何かを二頭に食べさせていた。
子供たちは車座になって草の上に座り、おしゃべりしている。
大人たちは細長いパンに具を挟んだものをとり出し、それを食べていた。
一人のおじさんが、声を掛けてくる。
「あんた方も、ポポの散歩を見に来なさったのかい?」
「いえ、私たちは、ナルちゃん、メルちゃんの家に滞在してまして――」
「ええっ!
あんた、英雄の知りあいかい?」
「英雄?」
「黒鉄シローのことさ!
ワシも一度この目で見てみたいんだが、英雄様はなかなか人前に姿を出さないそうじゃないか」
「そうなんですか」
「そのかわり、こうしてポポの散歩をご一緒させてもらってるわけさね。
ナルちゃんとメルちゃんは、英雄のお子様だからね」
「なるほど」
「マスケドニアの英雄カトーとアリストのポポはね、死ぬまでに一度は見てみたいって評判なのさ」
「……そ、そうなんですか」
「今日は、かあちゃん孝行できて満足さ」
横を見ると、小柄な老婦人が素晴らしい笑顔を見せている。
ポポの散歩に参加できたのが、本当に嬉しかったのね。
「先だってあった『神樹戦役』じゃあ、英雄が世界を救ったってもっぱらの噂だよ。
あんた、黒鉄シローや『ポンポコリン』の誰かに会ったら、代わりにお礼しておいておくれ」
「は、はい」
シロー君の功績って、知る人は知ってるみたいね。
「英雄の知人にも会えたんだ。
旅のいい土産ができたよ」
そう言うと、おじさんはニッコリ笑うと、私に頭を下げた。
困ったわね。
街ではシロー君の知人だって言わない方がいいかも。
私たちは木陰で十分ほど休んだ後、来たときとは別の道を通り、シロー邸の前まで戻った。
「じゃあ、また明日学校でー!」
「「「また明日ー!」」」
子供たちが、元気に走りさっていく。
「ナルちゃん、メルちゃん、今日もありがとう!
みなさん、すごく満足してくれたわ」
ガイド役のミネリさんが、二人に声を掛ける。
「「どういたしましてー!」」
ナルちゃんとメルちゃんって、ルルさんの教育のたまものか、すごくお行儀がいいのよね。
「ヤナイさん、お互い英雄の下で働いているんだから、またいつか会うこともあるでしょう。
それと……ゴトウさん、ぜひいつかまた会いたいわ」
後藤、いつの間にミネリさんと仲良くなったのよ。
「じゃあ、みなさん、ニャンニャン」
ミリネさんは、白猫の絵がついた旗を振ると、観光客を連れ、去っていった。
「ニャンニャンってなんですかね?」
遠藤の疑問はもっともね。私もぜひ知りたいわ。
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