第15話 ポンポコ商人


 今日は、異世界に来る前から予定されていたインタビューがある。

 後藤と遠藤、そして私は、昼食後シロー邸の離れ一階にあるラウンジで相手を待っていた。

 

「こんちはー!」


 ガラス戸を勢いよく開けて入ってきたのは、やや背が低い細面の男だった。年のころは三十ほどに見えた。

 目つきの悪いこの男の後には、ロボットを思わせる角ばった大男、そして苦み走った顔の中年男性が続く。


 私たち三人は窓際のソファーに座っているのだが、テーブルをはさんでその向かいの椅子に彼らが座った。

 三対三の合コンのような形だが、女性は私一人だった。


「今日は、わざわざお越しくださってありがとうございます。

 私、こういうものです」


 あらかじめ刷っておいた名刺を渡すが、それにはこの世界の文字で次のように書かれてある。


 異世界通信社

 社長 柳井京子

 地球世界  


 紙は厚手の和紙を使った高価なものだ。

 右端に座った渋い男性が、それを手に取る。


「おっ!

 なんだ、この紙は!

 字もやけに整ってやがる。

 これはあんたが書かれたので?」


 自己紹介もせず、男は名刺の紙質と印字に注目した。


「え、いえ、これは印刷したものです。

 紙は地球世界から持ってきたものです」


「おい、ゴリ、キツネ、これを見ろよ!」


 伊達男が、名刺を隣の大男に渡す。

 

「へえ、こりゃてえしたもんだ!

 やっぱり地球世界ってのは、こういったもんの技術が進んでるんですねえ」


「こりゃ、商売の匂いがプンプンしますぜ!」


 キツネ顔の男が大男が手にした名刺を横から覗きこみ、甲高い声を上げた。

 ええっと、この人たち、本当に『ポンポコ商会』の社員かしら。

 どうみても、その筋の人っぽいんだけど……。

 

「おう、挨拶がまだだったな。

 俺はボス、となりのごついのがゴリ、向こう端のちっこいのがキツネだ。

 本当の名前は別にあるんだが、俺たちゃ、シローの兄貴からもらったこの名前を使ってる。

 だから、あんたもそう呼んでくれていいぜ」


「は、はあ……」


「ははは、その呆れ顔は何度も見てきたから分かるぜ。

 俺たちが商人らしくねえってんだろ?

 そりゃそうさ、俺たちゃ、元は因果な裏稼業やってたからな」


 自分のことを「ボス」と紹介した男は、なんのこだわりもなくそう言った。


「兄貴にゃあホント感謝してるんだ。

 俺たちみたいな半端者はんぱもんに仕事を任せてくれてよ。

 しかも、でかい仕事だ。

 この国じゃあ、今、俺たちの商会が一番売りあげてるんだぜ」


「そ、そうですか」


 やっぱり普通の人じゃなかったのか。

 道理で目力めぢからが強いと思ったわ。


「もしかして、そこの兄さんも同じくちじゃねえのか?」


 ボスが手を遠藤の方へ伸ばす。

 凄いわね、やっぱり同類は見ただけで分かるのかしら。


「リーダーは、過去なんて問わねえからな。

 ありがてえこったぜ、全くよ」


 チョイスという名だと紹介された、エルフの青年がカウンターから出てきて、テーブルに六つお茶を並べる。 


「そういや、こいつもそういった口だったな。

 そうだろ、チョイス?」


「ボス、昔の話だけは勘弁してくださいよ!」


 青年の長い耳が赤くなった。


「ははは、あんたら、デロリンには会ったかい?」


「ええ、すっごく料理が上手な方ですよね」


 後藤が手を挙げて答えた。

 

「こいつとあのデロリンなんて、リーヴァスさんをかたって冒険者から金を巻きあげようとしてたらしいぜ」


「ああ、もう、話しちゃった!」


 エルフの青年は、赤くなった顔をお盆で隠した。


「ええと、彼がリーヴァスさんのフリをしたんですか?」


 私がエルフの青年を指さすと、ボスが腹を抱えて笑った。


「あははは、それがデロリンがマネしたんだとよ!」


 えー、どういうことだろう? 

 デロリンさんって、アンパンのような顔で、しかも背が低くて太ってるんだけど。


「驚くだろ?

 よくマネする気になったよなあ」


 いや、それが本当なら、この人が大笑いするのも仕方ない。だって、これっぽっちも似てないじゃん!


「だけどよ、そんなバカしたおかげでここで働けるんだから、『災い転じて福となす』だよなあ。

 ああ、これ、兄貴の受けうりだけど」


 シロー君、『来るものは拒まず』はいいけど、ちょっとやり過ぎじゃない?


「そういや、あんた黒竜族のエンデって娘に会ったんだろ?」


 エンデ? 

 ああ、私が二日酔いした朝、そこのカウンターにいた娘さんね。


「アイツなんか、カトーの旦那と殺しあいまでしたって話だぜ」


 おーい、シロー君、何してるのいったい!


「あ、あの人、なにかしないでしょうか?」


「エンデの嬢ちゃんがかい?

 あははは!

 するわけねえだろ!

 兄貴もカトーの旦那も、彼女からしたら命の恩人だぜ。

 それに噂だけど、彼女の一族全員が救われたらしんだ。

 それに、あいつ今はカトーの旦那にぞっこんだしな」


 ど、どういうこと?

 殺しあいはどうなったの?


「まあ、でも怒らせないほうがいいぜ。

 ああ見えても名うての暗殺者らしいからな」


「「「……」」」


 遠藤、後藤、そして私は、互いに呆けた顔を見あわせた。 


「それより、あんたら、シュザイとかいうのはもういいのかい?」


「あっ、ごめんなさい!

 ついお話に聞きいっちゃって。

 ええと、アリストの『ポンポコ商会』では、どんな商品を扱ってるんですか?」


 遅ればせながら、私はやっと取材を始めた。


「うーん、ウチは色々だな。

 小さなものから大きなものまで、なんでも扱ってるぜ。

 一番売りあげが大きいのは、コケットだけどな」


「あー、あのすっごく寝心地がいい組みたてベッドですね」


「兄貴の話じゃあ、ハンモックっていうものらしいぜ。

 ありゃ、一台が金貨二枚だよ」


「金貨二枚というと……二百万!?」


「ニヒャクマンがなにか知らねえが、その値段で売ってるぜ。

 兄貴は、もうちょい値段の高え新型を考えてるらしいぜ」   


 どんだけ儲けるのよ、この会社!

 だけど、シロー君からしたら、一回り以上年上の人が、なんで彼のこと兄貴って言ってるんだろう?

 

「そういやあ、オジキが少し前に隣のキンベラって国でケーキを売りだしたんだけど、一日に金貨何枚分も売れるって言ってたなあ」


 どんだけケーキ売ってるの! それって何百万円ってことでしょ!


「そ、それもポンポコ商会ですか?」


「ああ、そうだぜ。

 出店って感じかなあ」


 ポンポコ商会、ホントやるわね。


「それより、兄貴ってチキュウって世界じゃあ有名なんですか?」


 キツネさんからの質問ね。


「ええ、そりゃあもう!

 加藤君や畑山さん、渡辺さんもすごく有名ですよ」 


「カトーって勇者様だよな。

 残りの二人は誰なんだい?」 


「畑山さんは、この国の女王陛下ですよ。

 渡辺さんは、『聖女』って呼ばれてるはずです」


「ええっ!

 女王陛下と聖女様!」


「キツネ、そういやあ、あのお二方、時々ここにいらっしゃるじゃねえか」


「いや、ボス、それはそうなんですがね……。

 やっぱり兄貴はすげえんだな」


「ははは、前から分かってたことだろ」


「地球世界で私たちが働いてる建物に、『ポンポコ紹介』さんが入ってるんですよ」


「もしかして、白騎士たちかい?」


「ええ、よくご存じですね」


「そりゃあな。

 あいつら、ギルドで大暴れしたらしいからな」


 あー、耳が痛いわ。

  

「おう、そうだ。

 あんたら、あっちの世界から持ってきたもんがいろいろあるんだろ?

 帰る前に一度見せてくれねえか?」


「ええ、それはいいですけど……」


「この紙といい、あんたが履いてる靴といい、面白いもんがいっぱいありそうだな。

 こりゃ、腕が鳴るぜ!」


 ボスさん、ゴリさん、キツネさんが、目を輝かせている。

 そう言えば、シロー君の周りって、そんな人が多い気がするわ。 

  

「「「儲けるぜー!」」」


 ボスさんたちが、こぶしをぶつけ合う。

 後藤、遠藤、なんであんたたちまで、それに参加してるのよ!

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