第14話 魔獣紹介



 カバを目にした私が、再び気を失ったからだろう。そんな事がまた起きないようにと、今日はシロー君が魔獣を紹介してくれるそうだ。

 アリストの街で買った衣装を着た私たちは、母屋でシロー君の家族と朝食をとった後、芝生が敷きつめられた庭へ出た。  

 それまで小雨が降っていたのだけど、急にそれがやんだ。

 シロー君の方を見るとウインクが返ってきたから、もしかすると彼がなにかしたのかもしれない。


 母屋の前に並んだのは、次のような魔獣たちだった。

 両手で抱えられそうな、縦じまのウリ坊が一頭。

 二度にわたって私が気を失った原因、ピンクのカバが二頭。

 そして、なぜか子猫が二匹。一匹は、よくルルさんと一緒にいる黒い子猫、もう一匹はいつもシロー君が肩に乗せている白い子猫だ。

 魔獣を紹介してくれるということだが、二匹はただの動物だと思うのだが……。


「それでは、ウチの家族である魔獣たちを紹介しますね」


 うーん、どういうことだろう、猫が魔獣って?

 

「リーダー、この子たち、ペットじゃないんですか?」


 メモ帳を手にした後藤が、シロー君に尋ねる。

 よくやったわ、それ、ちょっと訊きにくかったのよ。


「この子たちは魔獣ですが、ウチの家族ですよ。

 飼っているっていうより、一緒に生活しているってほうが正しいかな。

 俺たちが冒険者として仕事するときも、大きな力になってくれてますよ」


 並んでいる魔獣たちを遠藤が写真に収めている。ごつい体に似ず、可愛いものが好きな彼は、いつも以上にシャッターを切っていた。

 

「点ちゃん、通訳を頼めるかな」


『(^▽^)/ はーい、任せてください!』  


 えっと、ここでなぜ通訳が必要なの?


「じゃあ、まず、この黒猫から紹介するね。

 この子はノワール。

 ルルと一緒にいることが多い魔獣だよ」


 えっ? 

 この世界では、やっぱり猫って魔獣あつかいなの?


「みみゅ」


『(*'▽') ノワールちゃんが、「よろしく」だって』 


 え!?

 どういうこと?

 この猫、人の言葉が分かるの!?


「柳井さん、質問するならどうぞ」


 うーん、異世界にまで来て、猫に質問するとは思わなかったわね。


「そ、それじゃあ、ノワールちゃんに尋ねるけど、いつもは何してるのかな?」


 答えられるとは思わないけど、一応尋ねておこう。


「みみゅう、みゃう」


『(*'▽') このおウチを守ってるんだって』 


 え!?

 やっぱり、猫がしゃべってるの!?


「ど、どうやって守るの?」


『(*'▽') 悪い人が来たら食べちゃうんだって』 

 

 うーん、さすがにそれはないわ。だって、こんなに小さな子猫が人を食べられるわけないし。

 点ちゃんが適当にお話をでっちあげてるのかもしれないわね。


『( ;∀;) ぐす……嘘なんか言ってないのに』 


 あ、念話って頭の中で考えてることが伝わるのか!

 

「ご、ごめんなさい、点ちゃん!」


 シロー君の方に向かって頭を下げてみる。


「点ちゃん、柳井さんも謝ってくれてるみたいだし、許してあげてくれる?

 

『( ̄ー ̄) うーん、どうしようかな』 


「ごめんなさい、点ちゃん!

 疑ったりして!」


『ぐ(・ω・) まあ、いいですけど』


「それじゃあ、俺が質問してもいいですか?」


 なぜか、遠藤が目をキラキラさせている。


「おれ、一度、猫とおしゃべりしてみたかったんですよ」


 角刈りのごつい男が言うセリフじゃないわね。


『(*'▽') いいですよー』 


「ノワールちゃんは、おウチを守ってるんだよね。

 ブランちゃんは、何しているの?」


「みみゅう、みゃうみゃう」


 うーん、何を言ってるか、さっぱり分からないわ。

 でも、なんだか、子猫ちゃんがしゃべってるような気がしてきた。 


『(*'▽') ブランちゃんは、みんなの記憶――』


「ちょっと待ったー!

 点ちゃん、その質問は通訳しちゃだめ!

 遠藤、違う質問をして」


 シロー君が、いつになく焦ってる。

 どういうことかしら?


「ええと、じゃあ、ウリ坊ちゃんに質問いいですか?」


「この子の名前はコリンですよ」


「では、コリンちゃん、君はいつも何をしてるの?」


 後藤は質問する相手を猫からウリ坊に代えたようだ。


「ふっ、ふふっ、ぶう」


『(*'▽') コリン君は、お姉ちゃんを守ってるんだって』 


「お姉ちゃんって誰ですか?」


「ぶっ、ふごご」


『(*'▽') コリーダさんだって』 


 へえ、こんなに小さいのにナイト気取りなのね。

 ちょっとカワイイかも。


「ぶうっ!」


『d(・ω・) 柳井さん、コリン君が「小さくない」って言ってる』


 でも、こんなに小さいじゃない。

 私は、マメシバくらいしかないウリ坊を撫でようとした。

 その瞬間、ささっとウリ坊が後ろに下がる。

 怒らせちゃったかな?

 やっぱり、ホントに言葉が通じているのかな?


「!」


 ……。

 ……。

 ……。


「社長!

 柳井社長!」


 あれ、私、何をしてたのかしら?


「しっかりしてください!

 自分がどこにいるか分かりますか?」


 あれ、なんで後藤が私を支えているの? 

 遠藤も心配そうに私をのぞきこんでる。


「シロー君|家(ち)の庭でしょ?」


「ええ、そうですよ。

 社長は、コリン君が巨大化したのを見て、気を失ったんです」


 そ、そういえば、なにか大きな獣を見た気がする。 

 でも、あれは夢の中じゃあなかったのかしら。


「柳井さん、ごめんなさい。

 コリンは体のサイズを自由に変えられるんですよ。

 驚かせちゃいましたね」


「ふんごふんご」


 芝生に半ば倒れている私を、小さなウリ坊コリンが心配そうな目で見ている。

 さっき見た巨大な獣は、やっぱりこの子だったのかしら。

 

『(;^ω^) コリン君が、「驚かせてゴメンね」だって』 


 うーん、こうなると信じるしかないのかな。

 この子たち、きちんと意思を持ってるのね。

 

「点ちゃん、コリン君に気にしないよう伝えてくれるかしら」


『(*'▽') はーい!』


「ふんごふっ!」


『(*'▽') 「ありがとう」だって』 


「そう、許してもらえてよかったわ」


 コリン君は、今度こそ私に頭を撫でさせてくれた。

 なんなのこの手触り!

 ふわふわで癖になりそう。

 

「社長、俺にも撫でさせてくださいよ~」


 なに情けない声だしてるの、遠藤は。


「では、最後にポポラとポポロを紹介しますね。

 この子たち、柳井さんを驚かせちゃったってすごく気にしてて、今朝はご飯も食べなかったんですよ」


 シロー君がピンクのカバを紹介してくれる。

 やっぱり、どう見てもカバにしか見えないわ。

 動物園にいるカバより、少し小さいかしら。


「ポポラちゃん、ポポロ君、心配かけました。

 驚いてごめんなさい」


「ぽっぽぽーっ?」


 カバが鳴いた!?


『(*'▽') ポポラちゃんが、「私が怖い?」って尋ねてるよ』

  

「怖くないですよ。

 初めて見て、驚いただけですから。

 今はちっとも怖くないわ。

 近くで見ると、カワイイわね」


 顔の大きさからすると、つぶらと言ってよい、黒目勝ちの目は、明らかに知性の光をたたえていた。


「ポポラちゃん、ポポロ君、これからよろしくね」


 ピンクの頬をそっと撫でると、ポポラちゃんは目を細めた。

 その大きな顔が、明らかに微笑みを浮かべていた。

 確かに、これじゃあペットとは言えないわね。

 シロー君が言ったとおり、この子たちは家族なんだね。 


「おや、ナルとメルが帰ってきたかな?」


 シロー君が、空を見上げてそう言った。


「なにか鳥みたいなのが近づいてきてますね」

  

 隣で後藤の声が聞こえる。

 遠藤が空にカメラを向けた。


「げっ!」


 その遠藤が、変な声を出す。


「どうしたの遠藤?」


 彼の手がぶるぶる震え、カメラが芝生に落ちた。

 なにやってるの!

 商売道具を落とすなんて!


 バサバサ


 大きな羽音がして、顔を上げると、なにかともろに目が合った。

 ……。

 ……。

 ……。


 私が覚えているのはそこまで。

 離れの部屋で目を覚ますと、またナルちゃん、メルちゃんに看病されていた。

 二人の話だと、「友達」を私に紹介しようとしたらしい。

 でも、「友達」をいきなり連れてくるのはやめてほしい。

 亜竜ワイバーンなんて初めて見るんだから。

 魔獣なんて、もうこりごりだわ。

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