第12話 アリストの街(下) 


 思いもよらぬほど美味しい食事を楽しんだ私たちは、昼間からエールで盛りあがっている他のお客さんからの誘いを断り、店を出て目抜き通りまで戻ってきた。  


「他に行きたいところはありませんか?」


 スノウちゃんに尋ねられ、困ってしまう。行きたい場所が、数えきれないほどある。


「うーん、どこがいいかしら」


 鍛冶屋、武器屋、雑貨屋……ああそうだ、地球世界にはない『魔道具』というのを扱ってる店があったはずだ。

 

「じゃあ、次は魔道具――」


 そこまで言って言葉を失う。私、目がおかしくなったのかしら。

 街の中を、カバが歩いてる!?

 しかも、その全身がショッキングピンク!


 目抜き通りを二頭のカバがゆっくり近づいてくる。

 よく見ると、それぞれの背には、銀髪の少女がちょこんと乗っている。


「な、ナルちゃん、メルちゃん!?」


 二人って学校に行ってるんじゃないの?

 カバの後ろには子供たちの集団がいて、さらにその向こうに大人たちが列をなしているのが見える。

 うーん、私、夢を見てるのかしら?


 驚きに取材も忘れた私を尻目に、後藤と遠藤がそちらへ駆けていく。

 後藤がナルちゃんとメルちゃんに声を掛け、遠藤がカバや行列をデジタルカメラで撮影している。 


 やっぱり、これって現実?

 なんで街中にピンクのカバが?


「あ、ヤナイさんだー!」

「わーい!」 


 私に気づいたナルちゃんとメルちゃんが、こちらに手を振る。

 その後ろに続く子供や大人も、みんなこちらを向いた。

 ところが、ピンクのカバまでこちらに注目してしまったようだ。


 ズンズンズン


 石畳を鳴らし、足並みをそろえた二頭のカバが、こちらへ向かってくる。

 す、凄い迫力!

 でも……このままだと、踏みつぶされちゃう!


「ひ、ひいっ!」


 腰を落とし頭を抱えると、後藤と遠藤の声が聞こえた。


「「社長!」」


 ……。

 ……。

 ……。


 あれ? なにも起きない?

 顔を上げると、目の前にカバの口があった。

 その口が、にやりと笑ったような気がして、私は意識を失った。


 ◇


 あれ? 見たことがない天井?

 ここ、どこかしら?


 横を向くと、ナルちゃんと、メルちゃんの顔が並んでいた。

 整った顔に心配そうな表情が浮かんでいる。


「ヤナイさん、起きた!」

「大丈夫?」


 私は、慌てて上半身を起こした。


「大丈夫ですよ。

 あ、ここ、私が泊ってる部屋ね」


「そうだよ、『やすらぎ』の二階」


 説明してくれたのは、緑色の目だからナルちゃんね。

 ノックの音がして、ルルさんが入ってくる。

 

「起きられましたか?

 ポポラとポポロに驚かれてしまったとか。

 初めに紹介しておくんでした」


「ポポラ?」


「ええ、ナルとメルの友達なんです。

 シローの話だと、地球世界のカバという動物に似ているそうですね」


「えっ?

 あのカバは、こちらの?」


「ええ、ウチの家族です」


 家族? ピンクのカバが家族?


「ポポラとポポロも、あなたのことを気にしてますから、後で会ってやってください」


「え、ええ……」


 カバが私のことを心配してくれてる? まさかね。きっとそんな気がするってだけね。


「ナル、メル、ポポラたちがショックを受けてるみたいだから、見てきてあげて」


「「うん、マンマ!」」


 ナルちゃん、メルちゃんが部屋から出ていく。

 

「スタン君たちも、下で待っていますから、元気な顔を見せてあげてくれますか?」


「は、はい」


 ルルさんって、私より十くらい年下のはずなんだけど、話してると全然そんな気がしないわ。

 ベッドから降りると、自分が古着屋で買った服を着ていると気づいた。

 着替えようかともおもったが、思いのほか着心地がいいので、そのままにすることにした。


「ご心配おかけしました」


「ふふふ、ポポラたちが最初に街を散歩した時を思いだしました。

 やっぱり、何人かの人が気を失ったんですよ」


 きっと、たくさんの人が気を失ったに違いない。

 街中でいきなりピンクのカバに出会うなんてね。


 ◇


 一階に降りると、ラウンジのガラスを通して、中に『星の卵』三人がいるのが見えた。

 三人並んで座った手前には、リーヴァスさんの広い背中が見える。

 ガラス戸を開け、ラウンジに入ると、うなだれていた三人がこちらを向いた。

 この子たち、涙目になってない?


「おお、ヤナイさん、ご気分は悪くありませんかな?」 

 

 男らしく深い声で、リーヴァスさんが気づかってくれる。


「ありがとうございま――」


「「「すみませんでした!」」」


 スタン君たち三人が、ばっと立ちあがってこちらへ頭を下げる。

 

「え、ええ、謝ってもらわなくても……」


「ヤナイさん、そうもいかないんです。

 彼らはギルドからの依頼で、あなた方に街の案内をしていていました。

 その仕事には、安全の確保も含まれているんです。

 彼らは、依頼を達成できなかったことになります」


「えっ!

 依頼を達成できないと、どうなるんですか?」


「報酬がもらえません。

 罰金が科せられることもあります。

 冒険者ランクの昇級に影響があります」


 リーヴァスさんは、私に説明しながら、三人の少年少女に言いきかせているようだった。

 そうなると、朝から私たちを案内してくれたのに、タダ働きってことになるわね。

 小柄なリンド君なんて、涙をぽろぽろこぼしてる。


「街中の依頼ということで、彼らも油断したのでしょう。

 どんな依頼でも気を抜いてはいけない。

 そういう教訓になればよいのですが……」


 いつになく厳しいリーヴァスさんの表情。

 でも、どんな仕事でも、そういうものかもしれないわね。

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