第37話 鳥人とリーヴァス


 ポータルを抜けると、視界が緑色になった。

 一瞬緊張したリーヴァスだったが、頭から緑の布をかぶっているだけだと気づき、それを脱ぐ。

 そこは、小さな魔術灯の灯りが照らす、薄暗い小部屋だった。

 一つだけある扉は閉まっており、取っ手もついておらず、押しても開かなかった。

 永く愛用している背中のマジックバッグを降ろすと、中からカギ開け用の道具を出す。

 丈夫な布で幾重にも巻かれたそれを広げると、金属製の細長い道具が何本かと、魔法陣が描かれた羊皮紙の束が入っていた。


 羊皮紙の束を解いたリーヴァスは、それを一枚ずつ扉に押しあてていく。

 四枚目の羊皮紙が扉に触れた時、光る魔法陣が現れ、扉は音もなく開いた。

 先ほど床に投げすてた緑の布で、赤い額縁に囲われたポータルを覆うと、彼は静かに部屋から出た。


 人が二人並ぶのがやっとという通路は、くねくねと曲がり、他の通路と合流し、そして幾本にも分かれ、まるで迷路をなしているかのようだった。

 ところどころ壁に埋めこまれた魔石らしきものが通路を淡く照らしている。途中、二度ほど人の気配がしたが、リーヴァスは持ち前の俊敏さで脇道に隠れ、それをやり過ごした。

 

 だが、三度目の気配を感じた時、彼はその男を追うことに決めた。男の独り言には聞きとりにくい訛りがあったが、確かに「聖女」という言葉が混じっていたからだ。

 灯りの魔道具を手にした鳥型の獣人が、足早に通路を進む。

 リーヴァスは少し距離をあけ、音も立てずそれを追った。  

 

 通路に潮の香りが漂ってくると、鳥の獣人が足を停めた。彼は腰に括りつけた袋から筒のようなものを取りだすと、それを足元に置いた。

 その筒から煙が吹きだす。

 鳥人は翼を動かすと、その煙が通路の奥へ流れていった。

 筒から煙がでなくなっても、彼はその動作をしばらく続けた。


 やがて、獣人は煙を送りこんだ先へと向かった。

 それほど歩かないうちに、通路をふさぐよう鉄格子が現れる。

 獣人は格子の間から腕を入れると、かんぬきを外し、その中へと入っていった。


 見張りらしき人族の男が二人倒れている、その横を通り奥へ進むと、そこには通路の片側に鉄格子のはめられた部屋が並んだ区画となっていた、

 獣人は倒れていた見張りから奪ったカギらしきものを使い、四つ目の牢の前に立ち鉄格子を開け中へ入った。 


 獣人が牢から通路へ出てくる。布を掛けた荷物を両手に抱えている。

 リーヴァスは、そこで声を掛けた。


「なにをしているのかな?」


「!」


 獣人は驚いた表情を浮かべたが、すぐに鋭い目で彼をにらんできた。


「私もここに忍びこんだ者でしてな。

 もしかすると、協力できるかもしれませんぞ」


 リーヴァスは多言語理解の指輪をつけているから、それで相手に通じるはずだった。

 しかし、鳥の獣人は抱えていたものをそっと床に置くと、両手をこちらに向けた。

 五本の指には鋭い爪がある。

 

「しっ!」


 そんな声を立てると、獣人は意外な速さでリーヴァスに襲いかかった。

 並の人間なら爪に皮膚を裂かれるか、強い力になすすべもなく殴りたおされただろう。

 しかし、速さならリーヴァスのそれはケタ違いだ。

 姿が消えたように見えた彼は、一瞬で獣人の後ろに現れると、首の後ろへ手刀を落とした。


 声もなく崩れおちた獣人をそのままにして、リーヴァスは床に置かれた布を開く。

 意識を失った舞子の顔が現れた。


 ◇


 マジックバッグから出した解毒ポーションをリーヴァスが飲ませると、舞子はすぐに目を覚ました。


「ケホケホ、史郎君?

 あ、あなたは……」


 自分を抱きおこしてくれている男性の顔を目にして、舞子がいぶかしげな表情を浮かべた。


「リーヴァスです、大聖女様」


「やっぱり、リーヴァス様……。

 どうしてここへ?」

 

「この場所を探っていて、偶然あなたを見つけましてな」


「あ、そうです!

 私、聖堂で祝福していると、いつの間にかここにいたんです!」


「恐らく相手は携帯式のポータルを使ったのでしょう」


「あのう……史郎君もここに?」


「彼はアリストの隣国におります」


「わ、私、史郎君との念話ができなくなってしまって――」


「ああ、ポータルを渡ると、点殿の機能が失われると聞いてますから、それのせいですな」

  

「あっ、あの、この方はカロさんという方で、私を助けてくれようとしていました」


 舞子は、彼女の側に横たわる鳥の獣人にやっと気づいたようだ。

 

「なるほど、この男にはなにか事情がありそうですな」


 そう言いながら、リーヴァスは、獣人の上半身を起こし活を入れた。 


「ぐっ、こ、ここは?

 うっ、お前は!」


 目が覚めた獣人がリーヴァスに気づき、顔をこわばらせる。


「大丈夫ですか?

 この方は、私がよく知った方です」


 舞子が話しかけると、獣人の緊張はすぐ解けた。


「えっ、あんた聖女様のお知りあいだべか?」 


「ええ、そうですよ」


「そ、それはまっこと申しわけねえことをした!」


 獣人が自分の頭に両手で触れる。

 どこかユーモアがあるその仕草は、彼の種族が最上級の謝罪を示すものだった。


「お気にせず。

 それより、こんなところにいれば、すぐに捕まりますぞ。

 ここからの逃げ道を知りませんかな?」


「おう、このカロに任せてくれ。

 作戦は決めてあったんだ」


「では、さっさと動きましょう!」


 ◇


「カロさん、こ、ここは?」


 迷路のような通路を通り、鳥の獣人が舞子とリーヴァスを案内した先は、海へ突きだしたテラスのような場所だった。

 ただ、そこには手すりなどなく、足元には断崖絶壁があった。遥か下で打ちよせる波が白く砕けている。

 かなり強い風にのって、海鳥の声が聞こえてくる。


「さあ、聖女様、オラにつかまるべ」


「ええと、つかまるといっても――」


「大聖女様、手をここへ回してください」


 リーヴァスが舞子の手を取り、鳥人のどこにつかまればよいか伝えた。

 ひもで舞子と鳥人を結ぶと、リーヴァス自身は獣人の股下へ屈みこみ、その毛むくじゃらの両足を抱える。 


「では、しっかりつかまってるべ!」


 カロが翼を開き、それをはばたかせる。

 おりしも海から吹いてきた強風が、翼をはらませた。


 ボッ!


 そんな音を立てると、背に舞子を乗せ脚にリーヴァスをぶら下げた獣人カロが、テラスから千丈の高さへ身を躍らせた。 

 

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