第38話 シローの調査 


 カイザル山の雪洞で、ディーテにお菓子のおかわりをねだられていると、点ちゃんが話しかけてきた。


『(・ω・)ノ ご主人様ー、大変だよ!』


 点ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね。


『(・ω・)ノ 舞子ちゃんにつけてた点の反応が消えたよー』


 えっ!? ど、どういうこと点ちゃん!


『(P ω・) ポータルを潜ったっていう可能性が高いんだけど……』


 高いんだけど?


『(・ω・) 反応が消えた場所が、アリストの聖堂なんだよ』


 その「セイドウ」って?


『d(u ω u) ほら、お城の近くで舞子ちゃんが治療してる場所があったでしょ』


 ああ、あそこか! 聖堂だね。

 とにかく、すぐ行ってみようか。


『(・ω・)つ この人たちは?』


 満面の笑顔でお菓子をほおばるディーテを横目で見る。

 ああ、そうだった。彼らは、点ちゃん1号で待機していてもらおうか。

 

『ぐ(・ω・) 了解です』 


「ええと、みなさん、ちょっと聞いてください。

 緊急事態で、ちょっと出かけます。  

 みなさんは、とりあえず、俺の飛行艇でくつろいでいてください」


「ヒコウテイ?」


「アテナさん、説明する時間がないんだ。

 ルルたち知ってるでしょ?

 詳しいことは、彼女たちから聞いてね」


「君はどうするんだ?」


 エルメが声を掛けてきたが、返事の代わりに指を鳴らす。

 彼ら五人と、ディーテ、そしてミニドラも姿を消した。


 じゃ、点ちゃん、ブラン、アリストの聖堂へ跳ぶよ。


『(^▽^)/ おー!』

「みゃん!」(うん!)


 ◇


「あっという間だったんです!

 絵を手にした信者が、それを大聖女様の上に置いたら、急にお姿を消されたのです」


 アリストの聖堂、舞子が消えたという現場で聞きこみをした女官は、青い顔をしてうろたえていた。


「あなたが悪いなどと思っていませんよ。

 それより、ちょっと、お願いしたいことがあります」


「な、なんでしょう?」


 若い女官は、俺の事を警戒しているようだ。

 城から派遣された騎士が、俺に従うようにと、すでに話をしてくれてはいるんだけどね。

 

「この子にひたいを触れさせて欲しいのです?」


 肩に乗った白猫ブランを指さす。


「な、なぜそのようなことを?」


「ええと、俺の故郷で、失せモノを探すときのおまじないなんです」


 かなり苦しい言い訳だが――。


「構いませんよ」


 どうやら、この人、小さな魔獣ブランを怖がってはいないらしい。

 いや、むしろ、ちょっと喜んでいるようだ。

 俺はブランを両手に抱えると、その右の前足を彼女の額に当てた。


 ぷにぷに。


「どうも、ありがとう」


「えっ、もういいんですか?

 もう少しぐらい――」


「いえ、これで十分です。

 ありがとう」


 女官はブランの方を何度か振りかえりながら、名残惜しげに広間から出ていった。

 並んだ長椅子の一つに腰を下ろすと、ブランに声を掛ける。

 

「ブランちゃん、お願い」


 子猫は抱かれた姿勢から体を伸ばすと、前足で俺の額に触れた。

 先ほどの女官が見た光景が、頭の中に浮かんでくる。

 舞子は、農民風の男に紅い額縁のようなものを押しつけられ姿を消していた。

 

「点ちゃんが予想した通り、やっぱりポータルだね」


 紅い木枠は、騎士の詰め所へ運ばれたそうだから、それを見にいこう。


 ◇


 聖堂からほど近い、騎士詰め所では、殺風景な会議室に数人の騎士が集まり深刻な顔で話をしていた。


「ホワイエ、聖女様は、これに触れてお姿をけされたのだな?」


 白いくちヒゲを生やした年配の騎士が、壮年の騎士を詰問している。


「はっ、この目で見ました」


 責任を感じているのだろう。騎士は焦燥した顔をしていた。


「しかし、いったいこれはなんなのだ?」


 白ヒゲの騎士が、黒い煙のようなものが渦巻く紅い額縁に触れようとする。

 彼は、この年になるまでそんなものを目にしたことがなかった。


「ロンバルディ様!

 危険です!

 それはおそらくポータルかと」


 まだ若い騎士が、青い顔でそう呼びかけた。


「ポータル!?

 しかし、このようなものがポータルであるのだろうか?」


 部屋の扉が開き、鎧を着た長身の男が一人の若者を連れ入ってくる。


「「「レダーマン閣下!」」」


 自分たちが所属する組織の長を目にして、騎士たちは驚いていた。

 だが、事が大聖女にかかわると考えれば、それは当然のことでもあった。 

 問題は、レダーマンの隣に立つ若者だった。

 肩に小さな魔獣を乗せた彼は、冒険者風のいでたちをしていた。


 若い騎士が不審そうな目を向ける中、白ヒゲの騎士ロンバルディが胸に手を当て、礼を示した。


「シロー殿!」


 それで、若い騎士たちも若者が誰であるか気づいたようだ。


「英雄!?」

「間違いない!」

「頭の布に見覚えがある!」


 そんな声が聞こえてくる。

 

「みな、ご苦労。

 シロー殿に、例のものを見ていただく」


 騎士長レダーマンの声で、「額縁」が載せられたテーブルから騎士たちが離れる。

 頭に布を巻いた若者は、つかつかと「額縁」のところへ近づくと、それを手に取った。


「あ、危ない!」


 聖堂で聖女が消えたのを目撃した騎士が、思わず声を上げる。

 騎士の声で「額縁」をテーブルへ戻した青年は、すっと宙へ浮く。

 ざわつく騎士が見守る中、テーブルの上で一度宙に停まった青年の体がすうっと下がり、彼の足がそこに置いてある「額縁」の黒い渦に触れる。

 青年は渦に吸いこまれるように、その姿を消した。


「シ、シロー!?」

 

 青年の大胆な行動に、騎士たちが声を失うなか、レダーマンだけが声を上げた。

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