第34話 山にすむもの(中)
ディーテ捜索には、エルメ青年を筆頭として、山岳に慣れたもの五人で向かっている。
騎士のアテナも、いつもの鎧はつけず、薄手の服を重ね着し、その上から灰色の毛皮を羽織っている。
山中での野宿に備え、各自が背負子で大量の荷物をかついでいた。
雪で足元が悪いこともあり、一行の歩みはゆっくりしたものだった。
一刻も早く妹を見つけ、カーライルに帰還したいエルメは、どうしても足が早くなり、それをアテナからたしなめられた。
「若様、その調子では長く歩けませんよ。
ディーテ様を見つけるためにも、速度は一定に保ってください」
「……アテナ、済まない。
気ばかり焦ってしまうんだ」
「こんな状況では仕方ありませんよ。
とにかく、目的の村まであと少しです。
この調子なら昼前には着きそうですよ」
「そうだね、あそこで何か情報が得られたらいいんだけど……」
一行は雪をかき分け山道を進んでいった。
◇
タリル村は、炭焼きや猟を生業とする本当に小さな村で、カイゼル山の二合目辺りにある。
宿など一軒も無く、稀にこの村を訪れる行商人は、村長の家に泊めてもらうのが習わしだった。
ただ、ここしばらくは、なぜか身なりのいい兵士風の男たちが長逗留しており、彼らが落とす硬貨で村が潤っていた。
一昨年、猟師の夫を亡くした初老の女性マレは、そういった旅人の数が増えたとき、臨時に空き部屋を貸すようになった。
そんな彼女の所を一人の若者が訪れた。
「マレ、元気かい?」
「まあ、エルメの若様じゃねえか!」
「ああ、ボクのことは、『エル』って呼んでくれないかな。
少し事情があるんだ。
それと、ボクが来たことは、誰にも言わないでほしい。
もちろん、村長さんにもだよ」
「……そだべか。
とにかく、こっちゃ来て温まんなせえ」
五歩歩けば壁にぶつかるほど狭い家だが、囲炉裏には火が入っており、十分あたたかかった。
乾燥させた木の葉を湯に浮かべただけの茶を出したマレは、エルメが今まで見たこともないほどピリピリしているのに気づいた。
「今日はお泊りなさるかね?」
そうマレが訊いたのは、夫の存命中から彼がちょくちょくこの家に泊っていたからだ。
「うん、そうしたいんだけど、今日はやめておくよ」
それを聞いて、彼女は若者が通りすがりに村へ寄っただけだと気がついた。
「村長の家に、見慣れない人たちがいるね?」
エルメが何気ない顔でそう尋ねる。
「ああ、あん人たちゃ、なんでも国の調査団とからしいべ。
魔獣の調査さしとんなさる。
そいや、『雪ん子』の事も調べとったなあ」
「ん?
ええと『雪ん子』って、昔語りに出てくる雪の精だよね?」
「タロさとこん子が、山で見たらしいべ。
なんでも、若い娘さんの姿だったらし」
「!」
エルメの手が震えたため、湯呑のお茶が囲炉裏にこぼれ灰が舞った。
「若様?」
「あっ、済まない!
そ、その『雪ん子』について、詳しく教えてくれないか?」
エルメが細かいことまで繰りかえし尋ねるから、マレは結局『雪ん子』を見たという子供を彼女の家まで連れてくることになった。
「ありがとう!
助かったよ!」
若者はマレと子供にいくばくかの硬貨を渡すと、外へ飛びだしていった。
「あ、そいえば、
つぶやいたマレの顔が青くなる。
子供が『雪ん子』を見たという山には、村人が『山神』として畏れる巨大な黒い竜が棲んでいる。
村人にとっては当たり前のことだから、マレはそれを伝えそこねたのだ。
「若様、大丈夫だろうけ?」
彼女は心配そうな顔で、若者が飛びだしていった戸口を見ていた。
◇
帝国の情報部から派遣された小隊は、逃亡した『天女』の見張りとしてカイゼル山山麓の小村に駐屯していた。
目当ての少女らしき姿を見たという情報はあったが、問題はその地域にはドラゴンが棲みついていることだった。
二代前の皇帝が、このドラゴンを討伐しようとしたが、大隊の全滅をもって失敗に終わった。それからは、その地には国が関わらないよう法が作られた。
小隊が宿泊している村長宅に、若い隊員が駆けこんできた。
「ベスタ隊長!
お話があります!」
「ん、お前か?
なんだ?」
ささいなことで騒ぐことがあるこの新米を、ベスタは苦々しく思っていた。採用に当たっては、上の意向が反映されたと聞いている。つまり、能力ではなく縁故での採用ということだ。
「村の子どもが、おかしな事を言っております。
なんでも、『雪ん子』の事を尋ねた者がいたとかで――」
なに!?
この隊以外にも、逃げた『天女』を探している者がいるのかもしれぬ。
これは放置しておけぬな。
「おい!
全員を集めろ!
すぐにそいつを追うぞ!」
「ええと、どこに集合しましょう?」
「馬鹿者!
村の広場だ!
さっさと行け!」
「は、はい!」
跳びだしていった若者が残した雪混じりの足跡を見下ろし、ベスタは彼が村の子どもと仲良くしていたのを思いだした。他の隊員には怖がって近よらない子供たちが、なぜかあの若者だけには懐いていた。
役に立たないと思われた者が、結果を出すこともある。
隊の編成について見直すべきかもしれない、ベスタはそんなことを考えていた。
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