第51話 送別会(下)


「「「いただきまーす!」」」


 風呂から上がり、浴衣に着替えたシローとリンダを含め、デボラ、林夫妻が参加して、送別会の食事が始まった。

 みんながリビングの広いフォロアリングに腰を下ろし、座卓の上に用意された料理をそぞれ皿に盛る。

 二つの大きな木桶には、それぞれ酢飯とちらし寿司が用意されていている。その横に山盛り置かれた大判の海苔は、炭火で軽くあぶってある。並べて置いてあるテーブルに、いくつか置かれたガラス容器には、サーモンやマグロ、キュウリや卵焼きなど様々な寿司ネタが入っている。

 生徒は、キッチンバサミで好みの大きさに切った海苔に、酢飯、ネタの順に載せ、くるりと巻いて食べはじめる。


「おー!

 サーモンがある!」

「私はマグロの方がいいな」

「あたし、この豚肉のしぐれ煮が好きー!」

「やっぱ、鯛でしょ」

「手巻き寿司最高ー!」


 生徒たちは、もの凄い勢いでネタを消費していく。


「みんな、シローさんがちゃんと召しあがれるようになさい」


 どんどん減っていくネタを見て、さすがに聡子が口を出した。


「シローさん、これどうぞー!」

「カツオのタタキ、いかがですか?」

「肉、うまいですよー!」


 胡坐をかいたシローの前に、生徒たちお手製の手まき寿司が並ぶ。

 角皿の上に山盛りになった手まき寿司を見て、さすがのシローも苦笑いしている。

 彼の手には、アナゴ入りのちらし寿司を盛った皿がある。この地方の郷土料理だから、きっと懐かしかったのだろう。

 そんなシローの所に、木のお椀を載せたお盆を手にした少年がやってきた。


「シローさん、お吸い物どうぞ」


 お盆ごとシローの前に置くと、少年は目を真剣な目でシローを見た。


「うん?

 君は、原田君だったね。

 確か、『剣士』に覚醒したんじゃなかったかな?」


「はい、そうです」


 原田少年の両脇に、それぞれ少年が座る。眼鏡を掛けた小柄な少年と、のっぽで痩せた少年だ。

 三人のあまりにひたむきな表情に、シローは、思わず座ったまま少し下がった。


「な、なんだい、君たち?」


「シローさんを男と見こんで頼みがあります」

「「あります!」」


「どうしたのかな?」


「女神様、いや、キャロ様の写真を欲しいんです!」


 元々正座していた男子三人が、手を揃え頭を下げたので、それはまさしく土下座だった。


「ちょっと、やめてくれ。

 頭を上げてよ。

 どうしてキャロの写真が欲しいの?」


「あのー……」

「おれたち……」

「「「『妖精の騎士』なんです!」」」 


「なんだい、それは?

 君たちは『剣士』だから、騎士を目指してるの?」


「いえ、違います」


 もうぽっちゃり体形とは言えない原田が、きっぱり言った。

 

「ボクたち、『妖精の騎士』というパーティを組んだんです」


「パーティ?

 君たち、ギルドに登録したの?」


 そう尋ねてすぐ、シローは心の中で自分の問いかけに「いいえ」で答えた。

 ギルドの登録料は、銀貨三枚。登録から得られるものから考えると、決して高いものではないが、日本円にすると一人三万円。とても修学旅行の小遣いで払える値段ではない。

 だいたい地球世界に帰ると決まっていた彼らにとって、アリストでの冒険者登録は、なんの意味も無いはずだ。

 案の定、原田の答えは、こうだった。


「いえ、登録はしてません。

 ただ、ボクたち三人、アリストギルドで冒険者のおじさんたちから、『キャロ親衛隊』に誘われたんです。

 もちろん、すぐに入隊させてもらいました」


 シローは、やっと彼らの言いたいことが分かってきた。


「つまり、その『親衛隊』の地球支部が、君たち『妖精の騎士』っていうことなのかな?」


「「「そうです!」」」


 三人の男子は、恐ろしいほど声が揃う。


「ギルドでは、スマホの撮影が禁止されてましたから、キャロ様と一緒に撮った写真がないんです。

 シローさんは、魔法で写真が撮れるみたいだから、もしかしてキャロ様の写真をお持ちじゃないかなって……」


「……変な事には使わないね?」


「「「使いません!」」」

 

 打てば響くという感じで、答えが返ってくる。


『点ちゃん、どう思う?』 


 生徒たちに聞こえないように、シローが相棒に話しかける。


『(*'▽') 渡してあげればいいんじゃないですか?』  


『点ちゃんがそう言うなら、まあいいか』


 シローが指を鳴らすと、三つ皮袋が出てくる。

 

「はい、オマケもつけといたから」


「「「ありがとうございます」」」


 男子三人が平伏している。 

 

「どういたしまして」


 皮袋を一つずつ手にした、三人の少年は、それに頬ずりすると、ぴゅーっとどこかに姿を消した。

 アリストギルド所属のベテラン冒険者である『キャロ親衛隊』の面々を思いうかべ、シローは深いため息をつくのだった。


 ◇


 食事も終わり、抹茶が出される。和菓子も、わざわざ京都の老舗から冷蔵便で取りよせたものだ。

 抹茶は、小さな頃から茶道を習っている聡子がたてたものだ。


「うへー、苦え!」

「あんた舌がお子ちゃまね!」

「なんだと!」

「あんたら、静かにしなさい!」


 どうやら、異世界科の生徒たちに、抹茶は、まだ早かったようだ。

 ただ、ゲストのシローはじっくり味わい、それを楽しんでいた。

 彼が飲みおえるのを待ち、宇部委員長は壁時計で時間を確認すると号令をかけた。


「じゃあ、みんな用意はいいかな?」


「「「準備オッケー!」」」


 委員長の声に生徒たちが一斉に答える。

 彼らは、ぞろぞろ玄関から出ていった。

 リビングには、林夫妻、リンダとデボラ、シローだけが残された。


 生徒たちは、敷地前にある斜面ぎりぎりに立つと、その半数ほどが夜空へ手を向けた。

 家の灯りが消えたのは、林がスイッチを切ったからだ。

 ただ、不思議なのは、さっきまで見えていた街の灯りもその多くが消えている。

 辺りは夜の闇に包まれた。


「シローさん、修学旅行ではお世話になりました!

 これは、私たちからのささやかなお礼です!」


 宇部の声と共に、空に魔術花火が打ちあがった。

 次々に上がる色とりどりの花火が、生徒たちの顔を照らす。

 この花火の事は、街の人たちも知っていて、今頃、各家から見上げているはずだ。

 最後に、『魔術師』十五人が息を合わせ、十五の花火が一つに重なった。

 それは、丸い虹が夜空に花開くようだった。

 その下には、白く光る文字が五つ浮かびあがった。


『ありがとう』

 

 これは、一人だけワンドを振った『賢者の卵』白神の仕業だ。


「「「シローさん、ありがとう!」」」


 家に灯りがつくと、頭を下げた生徒たちの姿が浮かびあがった。


 ◇


 シローの送別会が終わり、生徒たちが三々五々家路につく。

 原田たち、『妖精の騎士』三人は、街に一つだけあるコンビニの前まで来ると、シローからもらった皮袋を開けた。

 家に帰るまでがまんできなかったのだ。


 コンビニから洩れる灯りで袋に入っているものを確認する。

 まず出てきたのが、たくさんのフェアリスたちに囲まれ、キャロが笑っているパネル写真だ。


「「「うおーっ!」」」


 写真は、三人の心を撃ちぬいたようだ。

 

「あれ?

 まだ、何か入ってる」


 原田が袋の奥から取りだしたのは、十センチくらいの人形だった。

 灰色の素材で作られたそれは、丸い土台の上で、小さなキャロがまるで踊りだしそうなポーズを取っている。

 

「「「ふぉーっ!」」」


 気勢を上げた彼らは、ところが、いきなり頭をはたかれた。


「「「いてっ!」」」


 振りむくと、まん丸い顔に呆れた表情を浮かべた、エプロン姿の女性が立っている。


「あっ、加藤先輩のお母さん!」


 叫んだ原田が、また頭をはたかれた。


「痛っ!」


「あんたら、夜中に大声出すんじゃないよ!

 寝てる子が起きるだろう!」


「「「ごめんなさい!」」」


「それなんだい?

 おや、こりゃ、キャロちゃんじゃないか」


「えっ?

 おばさんも、キャロ様に会った事あるんですか!?」


「ここだけの話だよ。

 史郎君に頼んで、二度ほどあっちへ連れてってもらったことがあるんだ。

 そん時、会ったのさ」  


「へー、おばさんも『キャロ親衛隊』の一員ですか?」


「なんだい、そりゃ?

 それより、もう遅いから、さっさとお帰り。

 綺麗な花火ありがとうよ」


「「「はい」」」


 三人がはずむような足どりで、仲良く並んで帰っていくその背中を見て、加藤の母親がつぶやいた。


「あの子たちも、元気にやってるかねえ」


 二人いる子供の両方が異世界に住んでいる彼女にとって、原田たちが見せた写真は感慨深いものがあったようだ。

 

「さあ、帰って風呂にでも入ろうかね」


 いつも元気な彼女には珍しく、その後ろ姿はどこか寂しいものだった。


 ◇


 林邸である『もてなしの家』から、自邸『地球の家』に帰ってきたシローは、リビングのソファーに座り、くつろいでいた。


『(*'▽') ご主人様ー、今回は、いっぱいタダ働きしましたね』


「ええと、そんなことしたっけ?」


『(*'▽') 林先生のおウチとか、重さが変わる練習用の剣とかですよ』 


「あー、そういえばそうだね」


『(*'▽') 学校に作った魔術練習場なんか、かなり手間暇かかってますよ』


「うーん、あれはあれでいいんだよ。

 練習用の剣は、騎士学校に売るつもりだし、魔術練習場は魔術学校や国に売るつもりだからね。

 林先生の家は、『枯れクズ』利用のモデルハウスだし」


『(*ω*) もしかして、儲ける気満々?』 


「儲かるだろうねえ。

 魔術練習場のシステムとか、金貨ウン千枚で売れるだろうね」


『( ̄▽ ̄) 悪どいな~』


「儲けるのが上手いって言ってよ。

 これから、孤児院や学校を手がけるから、お金はいくらあっても足りないよ」


『(!ω!) えっ!? そんな目的が?!』


「まあ、地球世界では、いくつか島も買ってるし。

 それより、点ちゃん、あの太平洋の島だけど、その後どうなった?」


『(Pω・) テロリストを送りこんだ島ですね? ……あれ? 人は誰もいませんね』


「どういうこと?

 テロリストたちを送りこんだ島って、肉食の動物っていなかったでしょ?」


『(Pω・) データをさかのぼってみると……お互いに殺しあったみたいです』


「……なるほど、一番危険な動物は人間だってことか。

 協力すれば、あの島で生きていけたはずなんだけどな」


『d(u ω u) あの人たち、仕事が仕事ですからねえ』


「さて、そろそろアリストに帰りますか。

 ハーディ卿、『異世界通信社』、『ポンポコ商会』、林先生にマジックバッグ送っとくか。

 点ちゃん、注意書を添えて転送頼める?」


『(・ω・)ノ 了解です』


「じゃあ、俺、点収納のお土産フォルダー確認しとくね」


『(^▽^)/ はーい』 


 こうして、シローと点ちゃん、それぞれが異世界転移の準備をするのだった。


――――――――――――――――――

『異世界科クラスの修学旅行編』終了、『狙われた聖女編』に続く。 

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