第49話 おばちゃんとハンドバッグ


「あんたねえ、何回言ったら分かるんだい!

 おばちゃん、腕がパンパンだよ、もう!」


 シローが訪れているのは、大阪の下町、お好み焼きの名店「おこじゅー」だ。

 またしても百枚もの豚玉を注文した彼に、おばさんはご立腹のようだ。

 彼女は、開店前の時間を使い、最後の四十枚を焼きおえたばかりだ。

 ミスリルで作られた金色のヘラを持つ手をぽよぽよの腰に当て、顔をしかめている。


「ま、まあまあ。

 すぐに、なんとかしますから」


 シローが指を鳴らすと、おばさんの肩から手にかけて、白い光に覆われた。  

 

「おや?

 なんだいこれ?

 急に腕が軽くなったよ。

 頑固な肩こりまで消えてる。

 なんだい、こりゃ?」


「ああ、異世界のおまじないみたいなもんですよ」


 実際には、『・』に付与した治癒魔術だ。


「そうかい、助かったよ。

 そういや、あんたんとこの会社、『ポンポコ』さんだっけ?

 ニュースでやってたけど、あそこが絵を売って、かなり儲けたらしいじゃないか」


「いや、それほどじゃありません。

 たった五億くらい?」


「……呆れるねえ!

 こんなパパだと、ナルちゃん、メルちゃんは大変だね。

 ルルちゃんを泣かせるんじゃないよ!」


「そこは、大丈夫です」


「そんなこと言ってるけど、あんたかなり長い事こっちにいたろ?」


「一、二、三、……あ、よく考えたらそうでした」


「どこまで抜けてんだい!

 いい加減、帰ってあげなよ!」


「はい、明日には帰る予定です。

 だけど、ここのお好み焼き買っとかないと、娘たちが悲しみますから」

 

「ナルちゃん、メルちゃんが喜んでくれるなら、あたしゃ本望だよ。

 あんたは食べるんじゃないよ!」


「そんな殺生な!」


「まあ、それは冗談だけど、なるべくあの子たちに食べさせてやっとくれ」


「はい、分かってます。

 あ、そうだ。

 お土産渡すの忘れてました。

 はい、これ!」


 シローが指をパチリと鳴らすと、彼の膝に女性用のバッグが載っていた。

 ケリーバッグタイプのハンドバッグは、地が深緑色で、オレンジやピンクの花柄が描かれていた。


「コルナが、おばさんにってデザインしたんですよ。

 彼女も、ここのお好み焼きのファンだから」


「おや、オシャレだねえ。

 だけどそんなのがあたいに似合うかね?」


「大丈夫ですよ。

 似合うようにデザインしてあるんですから」


「じゃあ、ありがとうよ。

 コルナちゃんに、よくお礼言ってといておくれ」


「はい、分かりました。

 それから、そのバッグの使い方ですが……」


 シローが指を鳴らすと、彼の横に大きな段ボール箱が現われた。

 おたふくのマークがついたその箱を開けると、中にはさらに小箱が入っており、そこにお好み焼きソースの容器が並んでいた。

 シローは、バッグの口を開き、そこへぽんぽんソースの容器を入れていく。

 いくら入れても膨らまないバッグに、おばさんの目が皿のようになる。


「あ、あんた、それどうなってんだい!?」


「これ、マジックバッグって言って、見かけよりたくさんのモノが入るんですよ」


「驚いたよ!

 初めて見るね、そんなもん」


「ええ、これ、地球世界で初めてのマジックバッグですから」


「いいのかい、そんなモノもらって?」


「いいんですよ。

 ほら、ここに手を入れてください」


 おばさんが、バッグの口に手を入れる。


「こうかい?

 おや、頭の中にソースの容器が浮かんでるね」


「じゃあ、どれか一つ選んで取りだそうと考えてください」


「ええと、こうかい?

 わわっ、いきなり出てきたよ!」


 バッグから出てきたソースの容器を、おばさんが慌ててつかまえる。


「使い方は、分かりましたね?

 バッグの口より大きなものだと、バッグ自体を近よせると中へ入りますから。

 中に入れたものは、なかなか腐らないので、保存庫としても使えますよ」


「ふぇー、便利だねえ。

 これ、いくらくらいするだい?」


「そうですね。

 これから『ポンポコ商会』で売りだすつもりですが、もう少しグレードを落としたやつで十億か二十億の予定です」


「単位はペソとかリラかい?」


「いえ、円ですね」


「……本気かい?」


「ええ、きっと近くニュースになると思います。

 ああ、そうそう、このバッグ、おばさんと俺しか使えませんけど、一応、入れるところと出すところは、人に見られないように。

 魔法のバッグだってことは、くれぐれも秘密にしといてください」


「当たり前だよ!

 そんな高価なもんだと人に知られたら、どうなることか分かったこっちゃないよ!」


「盗んだりしても、他の人には使えないんですけどね。

 じゃあ、焼きたて一枚もらってもいいですか?」 

 

「ああ、あと十五分で開店だから、それまでお待ち。

 鉄板も、もう一度あっためなきゃならないからね」


「はい、じゃあ、その間、作業を録画してもいいですか?

 ナルとメルが、ジューッて音を聞きたがってるんですよ」


「ウチは、そういうのお断りなんだけどね。 

 ナルちゃんとメルちゃんのためなら仕方ないね」


「はい、他には見せませんから」


「じゃあ、好きにしな。

 バッグありがとね」


「ははは、お礼言われたの初めてかも」


「まあね、あんたはいつも迷惑ばかり掛けてくれるから。

 さて、じゃあ、焼くよー!」


 ジューッ


 開店時間が来たので、常連客が次々と店にはいってくる。

 名店『おこじゅー』の一日は、まだ始まったばかりだ。

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