第54話 ドラゴニアギルド(上)
ドラゴニアのギルドは、設立当初、青竜族の役所にある一室を借りていた。
その後、四竜社の肝いりで赤竜族の都にギルドが建てられた。
話だけは聞いていたのだが、まだ新しいギルドを訪れたことはなかった。
赤竜族の重鎮マルローさんが自ら手綱をとる鹿車で、そこへ向かっている途中だ。
竜人の都は、ドラゴニア平原中央にある丘を囲むように、各種族ごとに四つある。
それぞれ高い石壁に囲まれた円形都市で、『ポンポコ商会』やネアさんの家は、青竜族の都にある。
そのため、赤竜族の都に向かうには、いったん壁から外へ出て、草原を抜けなければならない。
客車の窓からは、青々として草原が見える。
車窓から入ってくる草の匂いに、初めてこの世界へ来た時、ポルと二人でそこを歩いたことを思いだし、懐かしさがこみあげる。
鹿車は、思いのほか早く赤竜族の都への門を潜った。マルローさん、お年を召しているのに、飛ばし屋だね。
「シロー殿、着きましたよ」
ドラゴニアギルドは赤竜族の都に入ってすぐ右手にあった。
「リーヴァス殿のご指導で、入り口からなるべく近い所に建てました」
冒険者は獲物を運ぶこともあるから、確かにその方が便利だろう。
「大きいですね」
「ドラゴニア初の『冒険者ギルド』ですから、四竜社も力を入れましたよ」
重厚な黒い木材で建てられたギルドは、木造二階建てで間口が三軒分もあった。
平屋が並ぶ中にそれが建っているわけだから、もの凄く迫力がある。
ギルドの表扉は引き戸で、これは強い風が吹くこの地での工夫だろう。
「こんにちは!」
入ってすぐ、左には磨いた白木のカウンターがある。
「あっ、シローさん!
お久しぶりです!」
「シ、シローさん!」
「リニア、リンちゃん、久しぶりだね」
カウンターの中から黒髪の女性と赤髪の娘が身を乗りだす。
紺色の衣装を着た落ちついた雰囲気をした黒髪の女性は、ここでギルドマスターを務める俺の友人、黒竜族のリニアだ。スレッジ世界で奴隷として虜囚になり、やせ細っていたが、今ではほぼ元の姿に戻っている。
受付を担当する赤竜族の少女リンは、着物に似た薄紅色の服を着ており、光沢がある赤髪を耳の下あたりで切りそろえている。
「これ、リン、お行儀よくしなさい」
マルローさんが言うが、それほど咎める口調ではない。リンは彼の孫娘だ。
「いいですね、ここ」
ギルドの待合室だろうそこは、広く落ちついた雰囲気だった。どちらかというと、地球のジャズ喫茶という雰囲気だ。
大きな素焼きの植木鉢がいくつか置かれ、そこには観葉植物らしきものが植えてあった。
四角い木製テーブルが六つあり、それぞれの横にしっかりした作りのベンチが二つずつ置かれていた。
今までであちこちでギルドを見てきたが、冒険者がくつろげる雰囲気はここが一番だろう。
「どうですかな、『ドラゴニアギルド』は?」
マルローさんが胸を張っているのは、自信があるのだろう。
「いいですね!
これだけ立派なギルドは、なかなかありませんよ」
いつもは厳しい顔つきのマルローさんが笑顔になる。
「ははは、リーヴァス殿と相談して造りましたからな。
ただ、問題は冒険者をどう集めるかです。
これまでこの世界に無かった職業ですから」
「明日が楽しみですね」
ここでドラゴニアギルドの開設を記念した催しが開かれる予定になっている。
冒険者を希望する者が、ここに集まることになっている。
奥の解体所や宿泊施設を見せてもらった後、この日は赤竜族の族長ラズローの家に泊った。
◇
翌日、リンの案内で赤竜族の街を散策した後、正午から始まるギルド開設式に合わせ、天竜国の真竜廟からリーヴァスさんを、そしてネアさんの家からナルとメルを、ギルドの待合室へ瞬間移動させた。
「「リンちゃん!」」
「ナルちゃん、メルちゃん!」
リンと親しいナルとメルは、すぐ彼女のところへ駆けよった。
パーパの所へは来てくれないんだね。
『(・ω・)ノ ご主人様がスネてるー』
「ふんっ、スネてませんよーだ」
「ミーミ!」(スネてるね!)
「ブランちゃん、俺はスネてませんよ」
そう言うと、肩に乗ったブランに頭をぺしぺし叩かれた。
◇
正午になり、ギルドの表扉が開くと、多くの人が中へ流れこんできた。
あれ?
どうなってるの?
もしかして、野次馬まで入ってきた?
あっという間に、広いギルドの待合室が一杯になった。
テーブルとベンチを点収納しておいて良かった。
あまりに人が多いから、ナル、メル、リンの三人は二階の会議室で待機している。
集まったのは、黒竜族、青竜族の者が多かった。
赤竜族は五六人、白竜族は一人しかいなかった。白竜族の参加者は、大きな体の割に顔つきがやけに幼い。もしかすると、まだ少年かもしれない。
そして、集まった者の中に女性は一人もいない。
竜人の社会は女性の地位が低く、冒険者としての仕事内容からしても、男性の方が多くが集まると予想はしていたのだが、まさかここまでとは……。
「それでは始めてよいかな」
右目に眼帯をつけたマルロー老人が静かな声で言うと、騒いでいた部屋が急に静まりかえった。
「最初にギルドマスターから一言ある」
マルローさんが後ろに下がり、リニアが前に出る。
「みなさん、今日はよくおいでくださいました。
ここ『ドラゴニアギルド』のギルドマスターを任されたリニアです。
ギルド本部の協力、そしてここにいらっしゃるリーヴァス様のお力添えで、このように立派なギルドを正式に立ちあげられることを嬉しく思います。
できるかぎりの力を尽くします。
お互いに頑張りましょう」
リニアの挨拶に対し、パラパラと拍手が起こる。
それは明らかに心のこもらないものだった。
ざわつきはじめた竜人の中から、大柄な黒竜族の男が進みでる。
「俺は黒竜族のバークってもんだ。
人族がギルド設立に力を貸してくれたことは、まあいいだろう。
だが、なんで俺たちが女の下で働かねえとならねえんだ?」
黒竜族の何人かは、それを聞いた後、俺の方を見てブルブル震えている。
きっと、かつて俺と加藤にコテンパンにのされたヤツらだろう。
ここは口を出しておこうかな。
「バークと言ったね。
最近まで多くの竜人がスレッジ世界にさらわれ、奴隷とされてたんだが、君はそのことを知ってたか?」
「ま、まあ、噂だけならな」
革鎧を着けた黒竜族の若者が、横からバークの袖を引いたが、彼はそれを振りはらって続けた。
「それがこのことと何の関係がある?」
バークに注意しようとした若者は、それを聞くと頭を抱えてしまった。
「リニアはね、さらわれた同朋を追って、その結果スレッジ世界で囚われてたんだ。
その時、君は何をしてたのかな?」
「し、知るか!
そんなの、その女が勝手にやったことだろう!」
それを聞いた竜人たちの半数ほどが頭を抱えてしまった。
天竜祭に参加した人は、俺と竜王様の関係を知っているからね。
「それより横から口出ししてるお前は、いったい誰なんだ?
たかが人族のくせしやがってよ」
この時点で頭を抱えていた竜人たちが平伏してしまった。
なんでだろう?
しかし、そう思ったのは、バークという黒竜族も同じようだ。
「おい、お前ら、なにしてる?!」
バークは、平伏してブルブル震えている竜人たちに驚いている。
「俺も冒険者だ」
この際、名前は名乗らないでおく。
「ほう、冒険者ってのは楽な商売なんだな。
お前のような弱そうなやつでもできるんだからな」
これにはさすがに、マルローが黙っていなかった。
「バークとやら、お前、この方がどなたか――」
俺は手で合図して彼の発言をさえぎった。
「バーク、お前は人族と女性は弱いから見下していいと考えているようだな」
「そ、それがどうした。
弱い者は強い者に従う、当たり前だろうが!」
やれやれ、かつてあれだけの事があったのに、黒竜族の中には、まだ反省していない者がいたようだ。
「ここにいるリニアは天竜から加護を授かっている」
俺の言葉を聞き、バークが声を荒げた。
「ばっ、馬鹿なっ!
まさか女が?!
そっ、そんなの信じられるかっ!」
「リニア」
俺が声を掛けると、リニアが前に出てくる。
「こいつをちょっと揉んでやってくれ」
「シローさん、私にできるでしょうか?」
リニアが俺の耳元で囁く。
俺は彼女の肩をポンポンと叩いた。
「君、リーヴァスさんから剣技を習ったんだろう?
大丈夫だよ」
リニアを安心させておく。
「ちょうどよい。
訓練場も、お披露目しますかな」
リーヴァスさんは、そう言うと案内所の壁に二つ並んでいる扉の一つを開いた。
「さあ、みなさん、こちらへ」
リーヴァスさんが先に立ち、冒険者たちがぞろぞろ奥へ入っていく。
俺はリニアと肩を並べ、最後に扉を潜った。
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