第52話 新しい友人


 大人たちは会議で、子供たちはプールで疲れたので、みんなでお昼寝した。

 ネアさんとイオには、『希望の家』一階のリビング奥にある寝室を使ってもらう。

 ナルとメルもイオと一緒に昼寝した。


 昼過ぎ、みんながノロノロ起きだす。

 アフタヌーンティーでもするかな?


 ◇


 三階のカフェラウンジで、お茶菓子が載った三段重ねの銀プレートを前に、ゆっくりお茶を楽しむ。

 みんなも、のんびりした顔になっている。

 うーん、くつろげる。


「シローお兄ちゃん、そういえば、イオいいもの見つけちゃった」


「ふうん、何かな?」


「まだ言わない。

 一緒に来て」


「うん、いいけど、どこへ行くの?」


「森だよ。

 詳しいことは秘密」


 こうして、俺は、イオの案内で森に入ることになった。


 ◇


 イオは点魔法で作った、半透明な青い防護服を着ている。

 その恰好からして、蜂蜜を採りにいくのだろう。


「こっちだよ」


 イオは俺の手を引きどんどん森の奥へと入っていく。

 歩いて日没までに帰りつけるか心配になってきたとき、イオがピタリとその足を停めた。

 彼女は身をかがめると、木の陰から前方を指さした。

 俺も頭を低くして、そっとのぞいてみる。


 なんだ、ありゃ?


 そこには大きな盛り土があり、その中心から円錐形をした塔のようなものが四五本立っている。

 一番大きなものは、二十メートル以上まっ直ぐ空へ伸びていた。

 塔の形から、俺はガウディの建築を連想した。

 塔の側面には、丸い穴があちこちに開いている。

 この辺りは森の木々が高いので、ここにこんなものがあるとは、すぐ近くまで来ないと気づけないだろう。

 

 ブーン


 腹に響くような音がして、頭上を何かが通りすぎる。

『竜眼』によって強化された俺の眼が、それをはっきり捉えた。


 蜂だ。

 ドラゴニアの森に棲む一般的な蜂は、握りこぶしくらいある大きな種類だが、これはケタが違った。

 小型犬くらいはあるのだ。

 ここまで大きいと、もう蜂とは言えないかもしれない。

 それは塔の穴へと入っていった。


「あっ!」


 イオが小声を洩らし、開いた口を手で押さえている。

 彼女が驚いたのは、熊に似た四つ足歩行の魔獣が二匹、土の塔に近づいてきたからだ。


 塔の穴から先ほどの巨大な蜂が次々出てきて、熊型魔獣に襲いかかる。

 熊は見かけによらず俊敏な動きを見せ、太い前足で飛んでいる蜂を叩きおとす。

 ただ、何匹かの蜂を落としたとき、蜂の攻撃が魔獣を捉えはじめる。


「ギャウ!」


 さすがに痛いのだろう。背中を刺している蜂を前足で払おうとするが、腕が短いのでそこまで届かない。

 二匹の魔獣は、すごすご森の中へ帰っていった。

 地面には、羽根や足が折れた何匹かの蜂が残された。


「お兄ちゃん、あの子たち助けられる?」


 イオが真剣な目をこちらに向ける。


「やってみよう」


 万一の事を考え、その場から点を飛ばす。

 ケガをした蜂に着けた点には治癒魔術が付与してある。

 蜂は体が白く光ると、少し時間をおいて飛びあがった。土の塔に開いた穴の中へ帰っていく。

 地面に残った三匹は死んでいるようだ。


 俺がイオを促し、帰ろうとした時、塔から羽音が聞こえてきた。

 

 ブーン、ブーン


 低い音を出す土の塔は、巨人が吹く楽器のようだった。

 数匹の蜂が俺たち目掛け飛んでくる。

 俺は自分とイオの周囲に点シールドを展開した。

 ところが、蜂はなぜか俺たちに襲いかからず、複雑な動きで宙を舞っている。


「こっちに来てって言ってるみたい」


 おい、イオさん、蜂の言葉が分かるの?

 蜂蜜採りが大好きだって言ってたけど、そこまで蜂を極めましたか。


『そこな人よ。

 我が子を助けてくれ、感謝する』

  

 あれ、念話が入ってる。


「イオ、今の聴こえた?」


「何が?」


 イオには聞こえてないみたいだね。

 きっと念話のレベルが高くないと通じないのだろう。


『望むものはあるか?』

  

 聞こえてきた念話に、こちらも念話で答えてみる。


『ええと、どなたでしょうか?』


『我はお前が目にしている子らの母じゃ』


 女王蜂ってことかな?


『あの熊に困ってますか?』


『うむ、かなりの数、子らが殺されておる』


『そうですか、ちょっとやってみますね』


 点に付与した土魔術で、土の塔を二重に囲むように固い柱を立てる。

 柱の間隔は、蜂は通れるけれど熊型魔獣が通れない程度に狭くしてある。


『これでしばらくは大丈夫でしょう』


『おお!

 ここを守ってくれたのじゃな!

 助かるぞ!

 望むものを言え』


『ええと、俺かこの子が来たら、蜂蜜を分けてもらえますか?』


『良かろう』


 点収納から、大きなビンを三本取りだし、それをイオに渡す。

 

「イオ、これを蜂さんに渡してごらん」


「えっ!?

 どうやって?」


「蜂が飛んでる場所の下に、これを置いてくればいいよ」


「襲われない?」


「大丈夫だよ。

 それに、今なら俺がいるから、襲われても守ってあげる」


「分かった。

 やってみる」


 イオは三本の大びんを抱え、木陰から蜂たちの下まで持っていく。

 飛んでいた蜂のうち三匹がさっと降りてきて、それぞれガラス瓶を抱えると、土の塔へ飛びさった。

 それほど間を置かず、再び三匹の蜂が飛んでくる。

 黒っぽいものが入ったガラス瓶を抱えている。


『受けとれ』


 黒っぽく見えるけど、ガラス瓶に入ってるのは蜂蜜なんだろうね。


『ありがとう』

 

『人よ、また会おう』


 それで念話が途切れた。

 点ちゃんによると、土の塔地下にいる念話の主は、全長二十メートル近くあるそうだ。

 その巨大な生命体に、こっそり点をつけておく。

 これでイオも女王蜂と念話できるはずだ。


 こうして森での冒険を終えた俺とイオは、三本の蜂蜜を手に街へ帰った。


 ◇


「点ちゃん、どう?」


 イオが期待した目で、テーブルの上に置かれた三本の蜂蜜を見る。


『(Pω・) 人族、獣人、竜人、ドワーフ、エルフに害のあるものではありませんね』


「食べても大丈夫ってことだね?」


『(Pω・) そうですね、いくつか珍しい成分も入っていますが、危険なものではありません』


「よし、ちょっと食べてみるかな」


 小さなスプーンに少しだけ蜂蜜を取り、それを舐めてみる。


「うはっ!

 なんだこりゃ!?」


 ドラゴニアの蜂蜜は濃厚な味が特徴だが、これは澄んだ味なのにコクがあるのだ。

 そして、限りなく甘いのにひつこくない。

 旨すぎるだろう、この蜂蜜!

 熊型魔獣が塔を狙った理由はこれだったか。


 イオにもスプーンを渡してやる。


あんまっ!

 あれ?

 後味がすっきりしてる!

 おいしーっ!」


 だよね、やっぱりそう思ったか。


「うーん、この蜂蜜は普通の蜂蜜とは別にしておこうか」


「うん、そうしようよ」


 一本の蜂蜜をイオに渡し、残りの二本を点収納にしまった。

 ポーションの材料として使えないか調べてみるつもりだ。

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