第42話 秘密兵器と白猫


 進水式が終わり、港で揚がった新鮮な海産物で昼食をとった俺たちは、三頭のドラクーンに分乗し、『ポンポコ商会本店』に戻ってきた。


 みんなが客室でくつろいでいるとき、俺、メリンダ、ハーディ卿の三人だけで一室に集まった。

 この部屋は、点ちゃんのシールドで覆っており、盗聴盗撮対策は万全だ。


「史郎さん、内密のお話という事ですが」


 メリンダは、珍しく緊張している俺の様子に警戒を隠さなかった。

 

「ええ、この部屋には外から覗かれないよう、十分な対策が施してあります」


 俺の言葉で、さらにメリンダが緊張する。


「で、お話というのは?」


 彼女の緊張をほぐすように、ハーディ卿が尋ねる。


「最後に、本店に秘密兵器を渡しておきます」


 俺が指を鳴らすと、テーブルの上に一つのカバンが現われた。

 ボストンバッグタイプのありふれた革のカバンだ。


「これです」


 メリンダが、カバンをポンポン叩く。


「あれ?

 これ、空のカバンですか?」


「そうだよ、まだ何も入れてない」


「このカバンが秘密兵器だと?」


「ええ、まあ何かあってもいいように手を加えていますが、下手に情報が洩れたら、ポータルズ中の国から狙われますよ」


「「ええっ!?」」


 俺は指を鳴らし、大きな箱を出した。

 中には白猫のぬいぐるみが五十個ほど入っている。


「メリンダさん、そのぬいぐるみ、このかばんに入れてください」


「え、ええ?」


 納得できない顔で、メリンダがカバンにぬいぐるみを入れていく。


「あっ!?

 あれっ!?」


 大きな箱一杯に入っていたぬいぐるみを全部入れても、カバンはいっぱいになるどころか、少しも膨らまなかった。


「も、もしかしてこれ……」


「そう、マジックバッグです」


「手を突っこむと、入れたモノが頭に浮かぶはずです。

 選んだものを取りだしたいと念じれば、それが出てきます」


「「……」」


 マジックバッグ自体の構想は、点魔法『付与 空間』の能力を手に入れた時からあったんだよね。

 ただ、それを使いやすくするのに、手間と時間が掛かったってワケ。


「機能を起動するためには、使える人を設定するようになっています」


「……ど、どのくらい入るのでしょうか?」


 しばらく時間をおいて、やっとメリンダが口を開いた。 

 

「午前中に見た船があったでしょう。

 あの船倉に一杯くらいですかね」


「「……」」


 これは二人が驚くのも無理はない。これまで知られている最高級のマジックバッグでさえ、二階建ての家一軒分ほどの容積しかないからね。


「ああ、そうそう、生き物は入れられません。

 それから、時間がたっても中のものは、ほどんど劣化しないようになっています。


「「……」」

  

「それから、劣化版の誰でも使えるマジックバッグを百個ほどお渡ししておきます。

 これは、この部屋の半分くらいの容量です」


「確かに……こちらはまだしも、さっきのカバンの性能が知られたら、戦争が起きますな」


 さすがにハーディ卿は、カバンの可能性に気づいたようだ。

 他国内に兵器を一気に運ぶなんてこともできるからね。


「ですから、あのカバンはメリンダさんだけが使えるように設定しています」


「あ、ありがとう、ござい、ます?」


 話し方がぎこちなくなってるな。


「これを持ったままポータルを渡るとその機能が消えてしまうので、そこも注意してください」 


「は、はい、気をつけます」


「それから劣化版の値段ですが……ハーディ卿、どう思われます?」


「そうですなあ、想像もつきませんが、金貨千枚(十億円)でも、買う人は買うでしょうな」


「ええ、とりあえず、金貨五百枚で売りましょう」


「リーダー、しかしその値段だと買う人が……」


「ははは、この世界だけを考えると、恐らく十個も売れないでしょう。

 しかし、ポータルズ世界群で考えれば、恐らく各国の国王クラスが顧客になるはずです」


世界間を移動させる場合、俺の点収納に入れて運ぶ必要があるんだけどね。


「しかし、そんなものの販売を、ウチが一手に引きうけてもいいのでしょうか」


「メリンダさん、あなたは過酷な環境で商売を続けてきたんです。

 もっと自信を持ってください。

 これは、俺からメリンダさんへのボーナスと考えてもらえると嬉しいです」


「シ、シローさん、私、私、あ、あ、ああーっ……」


 号泣を始めたメリンダをハーディ卿が優しく抱きしめる。

 メリンダはしゃくり上げるように泣きだした。

 父親を早く亡くした彼女には、特別な思いがあったのかもしれない。

 あるいは、かつて魔獣を操りエルフ王城を襲おうとした、過去の自分を思いだしたのかもしれないね。

 


 ◇


 本店倉庫の裏手にある広場に、俺の家族と仲間が集まった。

 エルフのロスだけは、瞬間移動で『東の島』に帰しておいた。

 見送る店員とその家族たちみんなが、手に白猫をモデルにした『招き猫ぬいぐるみ』を持っている。


 広場の中心にいる俺たちは、外側を向き、みんなに手を振った。

 三頭の巨大トカゲ、ドラクーンは、ナル、メルとの別れが悲しいのか、前足を交互に踏みながら、低い声でしきりに鳴いている。


「「メトス、リガン、トッツィ、またねー!」」


 ナルとメルがドラクーンに声を掛けると、三頭は一際高く鳴いた。


「では、リーダー、みなさん、お元気で。

 本店のためにいろいろしてくださり、本当にありがとうございました。

 またのお越しをお待ちしています。

 では、みなさん、用意はいいわね!」


 メリンダの合図で、本店の関係者がみんな白猫ぬいぐるみを手にする。


「「「ニャンニャン!」」」


 見送る人たちが、ぬいぐるみの肉球を指でぷにぷに押しながら声を揃える。


「「「ニャンニャン!」」」


 こちらも、笑顔で声を揃えた。

 俺が指を鳴らすと、周囲の風景が一変する。

 そこは、大木に囲まれた円形広場の中心だった。

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