第30話 恥ずかしい歓迎(上)
襲撃者のリーダーらしいエルフが、ナイフで自身の腕を刺した。
おい!
そんなことをしたら痛いだろう!
点ちゃん、このエルフ、どうしちゃったの?
『(・ω・)ノ 恐らく、たった今、起きたことが幻術の結果だと思ってるんじゃありませんか?』
ああ、なるほどね。
それで術を解こうとして、あんなことしたのか。
ナイフを腕に突きたてたまま、呆然と座りこむエルフからそのナイフを取りあげ、治癒魔術を付与した点を傷口につけてやる。
傷は見ているうちに、ゆっくり治っていった。
舞子なら、もっと上手くできるんだけどね。
遠巻きに隠れていた者も合わせると、百人近いエルフが襲撃に参加していた。
点魔法で作った箱に十人ずつ入れ、2号の後方上空に位置を固定する。
こうしておけば、2号が走れば、それに着いてくるからね。
◇
軍師ショーカは、今まで蓄積てきた情報から、シローの能力をいくつか予想していた。
しかし、目の前で起きたその戦いは、その予想の遥か上をいくものだった。
そして、『神樹戦役』の時、シローがその能力を使わなかったことにも気づいた。
もしかすると、さっき見た能力は、『神樹戦役』が終わってから手に入れたものかもしれない。
ただ、シローの活躍を思いかえすと、彼がパンゲア世界に渡ってきて間もない頃から、いくつかの能力が開花していたのではないか、そう思えてならなかった。
「英雄殿についての考えを、改めなければならないかもしれませんね」
そうつぶやきながら苦笑した彼の顔は、すぐに氷りついた。
もし、シローがその力を悪い方向に使えば、彼はまさに『魔王』にでもなれるのではないか。
そう気づいたからだ。
やがて、シローが車内に戻ってきて、再び点ちゃん2号が動きだしても、ショーカの憂い顔は消えなかった。
◇
さすがに戦闘中は、冒険者用の服を着ることを許してくれたが、2号に乗ってすぐ、また「パンツ一丁」の姿に着替えさせられた。
「コ、コルナ、まだ怒ってるの?」
「……」
コルナは俺と目も合わさず、なぜかルルとコリーダと頷きあっている。
しばらくは、この格好のままいなくてはいけないようだ。
ああ、また誰か襲ってきてくれないかなあ。そうしたら服が着られるのに。
そんなことを考えるうちに、2号はスピードを落とした。
街中に入り、道ゆく人が増えたからだ。
エルフ国では、馬車はあっても、自動車の類は無い。だから、前を馬車が走っていると、それよりスピードを出すことができない。
エルフの老人が御者台に座る馬車が、やけにゆっくり前を走っているから、こちらもノロノロ運転にならざるを得ない。
今はバス型2号の全部と上部を透明にしてあるので、道や木々の上を歩くエルフたちがこちらに注目する。
「ねえ、あの乗り物って?」
「ほら、あの『英雄』ってのが乗ってるんじゃないの?」
「あの人、なんで裸なの?」
そんな声が聞こえてくる。
本来2号は外の声が聞こえないようしてあるのだが、コルナからの「指令」で音をオープンにしてある。
恥ずかしがる舞子は、ほとんど俺の膝に顔を埋めんばかりだ。
外からみると舞子が俺の腰に頭を載せているように見えるだろう。
これ、やばくない?
血相を変えた兵士が数人、向こうから走ってくる。
厄介事の予感しかしなかった。
◇
「停まれ!
そこの馬車?
停まれ!」
こっちは急いでるの!
早くお城まで行きたいんだよ!
「シロー殿、どうやら停まらなければならないようですよ」
通路を隔てた席に座る軍師ショーカの声が少し緊張している。
それはそうだろう。
呼びかけても停まらない点ちゃん2号に、エルフの兵士たちが弓を構えたからだ。
しょうがないから2号を道の脇へ寄せて停車し、俺が外へ出る。
「お、おいっ!
その恰好は何だ!?」
エルフ兵は現れた俺の姿に驚きの声を上げた。
まあ、当然だよね。
これを見て驚かない方がおかしいよ。
「ええ、これには色々事情がありまして……」
「天下の公道で、あんなことをしてもらっては困る!
一緒に来てもらおう」
あんなことって、きっと舞子の頭を膝に載せてたことだろうね。
海パン一丁の俺は、瞬く間に弓を構えたエルフ兵にとり囲まれる。
「ははは、まあ、お待ちなされ」
天の助け!
リーヴァスさんが2号から降りてきた。
「あっ、あなたは!
もしや、リーヴァス殿では?」
他の兵士より後ろに立っていた、一際立派な革鎧を着た壮年のエルフが前に出てきた。
「いかにも、私はリーヴァスだが」
エルフ兵が一斉に膝を着く。
おかげで、人々の目が俺に集まってしまう。
「ママー、あの人――」
「こら!
あんなもの見てはいけません!」
子供連れは、そんな反応だよね。
だけど、「あんなもの」って何よ?
「彼は、『ポンポコリン』のリーダー、シローだよ」
リーヴァスさん、この状態での紹介、痛みいります。
「えっ!?
この変た……いえ、この方が、英雄シロー殿で!?」
今、「変態」って言おうとしたよね、このおじさんエルフ!
『(*'▽') へんたいー?』
あーっ、よりによって、点ちゃんがまた嫌な言葉を覚えちゃったよ、これは!
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