第78話 迷い人の帰還 


 俺が現われたのは、パンゲア世界アリスト王国にある我が家、『くつろぎの家』ではなく、エルファリア世界にある『聖樹の島』だった。

 転移地点は、聖樹様がそびえたつ、その目の前だ。

 現地は小雨模様だったが、聖樹様の近くは天を覆うその枝によって雨粒が落ちてこなかった。

 胸に抱えたキューが、初めて聖樹様の波動を受け、小さな声で鳴いた。


「キュキュ~」(温かくて気持ちいい~)


『シロー、点の子よ、よくぞ戻った。

 待っておったよ』


 聖樹様は、すでに色々ご存じのようだ。


『ただいま戻りました』

『(*'▽') ただいまー!』


『シロー、世界群を繋いだのはお主じゃな?

 お主は、向こうの世界群がなぜこちらから離れたか、すでに知っておろう』


 聖樹様の分厚い波動が俺の身体に響く。


『こちらの世界群を維持するためですか?』


『そうじゃ。

 神樹がいなくなった世界を切りはなすしかなかった』


 確かに、田園都市世界にも結び世界にも、神樹様の気配は無かった。


『ボナンザリア世界には、神樹様が集まっている場所がありましたが……』


『あの世界には、聖樹が産まれる可能性があった。

 そのため、向こうの世界群の要として、他の世界と共に切りはなしたのだ』


 聖樹様の波動は、今までにない重々しいものだった。

 

『どうして、そのことをお話しくださらなかったのですか?』


『向こうの世界群へ渡る手段がないゆえ、お主に話しても詮無せんないことだったからじゃ』


 確かに、それはそうだろう。


『聖樹様、向こうの世界群は大丈夫でしょうか?』


『お主のおかげで、再びこちらの世界群と繋がった。

 今となっては、何の心配もいらぬよ』


『……本当に良かったです』


『お主らしいの。

 褒美が欲しければ、我のできることならなんでもかなえよう』


『ブラン、頼めるかな』


 肩に乗ったブランが俺の額に肉球をぺたりと当てる。

 しばらくして俺の肩から跳びおりると、白猫は入りくんだ木の根を伝い、聖樹様の根元まで走りよった。

 その幹に肉球で触れると、山のように巨大な聖樹様が震えた。

 折しも雨雲に稲妻が走り、雷鳴とともに天を覆う枝々が青く光った。


 ゴゴゴーッ


 ブランが聖樹様に見せたのは、ボナンザリア世界ヘルポリの街にいらっしゃるポータルの神樹様と俺とのやり取りだった。

 聖樹である清冽な姿から、ねじくれ痛々しい姿に変わりはてた神樹様の姿は、聖樹様にとっても思うところがあったのだろう。 


『うぬ、お主の望みは分かった。

 それは我が望みでもあるからの』


『それでは、『聖樹の巫女』の力をお借りしてもよろしいか?』 


『もちろんじゃ。

 どうか、哀れな姿となった我が子を救うてやってくれ』


『承りました』


『頼むぞ』


 俺の身体が青い光に包まれる。聖樹様の祝福だと分かるが、体の芯までじんわり温まるような感覚は、初めて経験するものだった。

 そして、その青い光が消えかけたとき、再び俺の身体が光った。


 うっ! なんだこりゃ、眩しいなんてもんじゃないぞ!


 目を閉じていても消えない光に、おもわず両手で目を抑えた。

 

 ふう、やっと収まったか。


『(^▽^)/ ご主人様ー、久々にレベルが上がったよ!』


 えっ!? やっぱり、今のはレベルアップだったのか。


『(*'▽') レベル16は、『付与 形態変化』だよ』


 うーん、どうなんだろ、これ。

 重力や時間、空間の付与に比べると、かなりしょぼくないか?


『へ(u ω u)へ やれやれ、あいかわらず、ありがたみが分からない人だなあ』


 えっ!? そうなの?

 でも、どこが凄いかわからないよ?


『(・ω・)ノ さあ、自分で考えてみよー!』


 あ。点ちゃんが冷たい。


『お主ら、仲が良いのう』


 いえ、聖樹様、これってどう見ても違いますよ?


 ◇


 せっかく『聖樹の島』まで来たことだから、ギルド本部を訪れ今回の顛末を報告した。

 世界群の再接続については、ギルド本部長ミランダさんも、さすがに呆れていた。


「あんたねえ、いくら大きな仕事っていっても、限度があるよ……」


 まあ、今回は自分でも、かなり大きな仕事をしたって思うけど。

 

「そうそう、エレノアとレガルスがあんたのこと心配してたよ。

 顔を見せておやり」


「分かりました」

 

 ルルの両親であるエレノアさんとレガルスさんは、小雨の中、傘もささずギルド本部前で俺を待っていた。


「シロー君、無事だったのね!

 本当によかった!」


「ご心配おかけしました」


「シロー、キサマ、ルルを心配させやがったな!」


 パコココーン!


 レガルスさんが、頭を押さえうずくまる。

 相変わらず、エレノアさんの『ハリセン棒』は冴えてるね。


「じゃ、俺、アリストへ帰りますから」


「次はルル、ナルちゃん、メルちゃんと一緒にね」


「はい、エレノアさんも、お元気で」


「お父さん(リーヴァス)にもよろしくね」


「ちょ、ちょと、待て――」


 俺の胸倉をレガルスさんの手が掴む前に、人気ひとけが無い森の中へ瞬間移動する。

 その時、俺はあることを思いだした。

 

 そういえば点ちゃん、例の得体が知れない異空間に入った時、誰かと話してなかった?


『つ(・ω・) あー、あれ。あれはママかな』


 えっ!? 点ちゃんのお母さん!?


『d(u ω u) うまく言えないけど、ご主人様が使ってる言葉では、それが近いと思うよ』


……点ちゃんの故郷は、あの空間だってこと?

お母さんと何を話してたの?


『(^ω^) 会えて嬉しいって言ってたー!』 


 そうだったのか。

 

『(^▽^)/ ご主人様と楽しく遊んでる、って言ったら喜んでた』


 点ちゃん、お母さんの所へ帰りたい?


『(^ω^) 楽しいから大丈夫。ママもご主人様を助けてあげなさいって』


 そうなの? まあ、俺は点ちゃんがいないと困るけど。


『(≧▽≦) えへへへ』


 じゃ、『くつろぎの家』に帰ろうか、点ちゃん。


『(・ω・)ノ 了解! きっとルルさんたちが待ってるね!』


 家族の待つパンゲア世界アリストの我が家へ照準を定め、セルフポータルを発動した。


 ◇


 アリストにある我が家の中庭に現れた俺は、ちょうど暮れかけた夕日を浴びた神樹の並木をしばらく眺めていた。

 長いこと留守にしていたのと、その間の経緯があれなので、帰って来たという実感がなかなか湧かない。

 

『くつろぎの家』の窓からぽっと灯った明かりが見える。誰かが魔術灯を点けたのだろう。

 コルナの得意料理であるシチューの匂いに、今の今まで忘れていた空腹に気づく。


 くう~


 小さな頭をこてりと倒し、キューが俺のお腹を見ている。

 もしかすると、仲間の声に似ていたからかもしれない。

 帰ってきて、いきなりお腹が鳴るってどうよ。


『(・ω・)ノ ご主人様らしいー』


 点ちゃん、俺のこと食いしん坊だと思ってないか?

 リビングから庭に続く引き戸ががらりと開き、ナルとメルが跳びだしてきた。


「「パーパ!」」


 凄い勢いで突っこんできた二人を、点魔法の助けを借り、やっとのことで受けとめる。

 ぱたぱたとスリッパの音をさせ、ルル、コルナ、コリーダが庭に出てくる。


「シローさん!」

「お兄ちゃん!」

「シロー!」


 ナルとメルの上から覆いかぶさるように、三人が俺に抱きつく。

 方向も時間も分からない異空間の中で、彼女たちの光に導かれ、命を救われたことを伝え、そのお礼を言おうとしたが、感極まった俺は何も言葉にできなかった。


「シロー、おかえり」


 ルルたちの後ろに、冒険者姿のリーヴァスさんが、微笑ほほえみを浮かべ立っていた。


「みんな、ただいま」


 俺はやっとそれだけ口にすると、家族の温もりを感じながら、しばらく立ちつくしていた。 

――――――――――――――――――

 第12シーズン『放浪編』終了、第13シーズン『招き猫と冒険者編』に続く。

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