第77話 別れの挨拶

 金属製の大きな黒い扉を開け禁足地から出ると、陛下とシュテインが駆けよってきた。


「シロー殿、何か忘れものか?」

「何か必要なものでもありましたか?」


 えーっと、どういうことだろう?


「俺、どのくらい禁足地に入っていましたか?」


「今しがた入って、すぐに出てきたが?」

「ええ、ついさっき入ったばかりですよ」


 どうやら、あの不思議な空間は、時間の流れが普通と違うらしい。


「なんとか、こちらの世界群と『ポータルズ世界群』を繋ぐ準備はできましたよ」


「おお!

 そ、そうかっ!

 シロー殿……」


 陛下は俺の右手を両手で握ると、滝のように涙を流しはじめた。

 まだ喜ぶには早いと思うけど。それに、ちょっと暑苦しいし。


「シ、シローさん……」

 

 俺の左手をシュテインが両手で包みこむ。

 彼もだーっと涙を流している。


 そして……。

 ちょっと、そこ!

 植えこみの陰から、こちらを覗いているナゼルさん!

 この場面で、ダラダラよだれ垂らすのやめてくれ!


 ◇


 陛下たちと今後のことについて短い打ちあわせをした後、ナゼルさんに用意してもらった客室に戻り、ちょっとと思いベッドに横になると、前後不覚の深い眠りに落ちた。

 きっと不思議な空間で過ごしたことで、身体と精神に負担がかかっていたのだろう。


 翌日、昼頃起きて風呂に入ると、執事さんを呼び、客室に陛下たちを集めてもらう。

 陛下、王妃、シュテイン、ルナーリア姫に、俺がこれから『ポータルズ世界』へ帰ることを告げる。


「イヤイヤ!

 シロー、ずっとここにいて!」 


 お別れの挨拶をすると、ルナーリア姫に泣きつかれてしまった。


「お仕事が終わったら、ヒック、海に連れていってくれるって、ヒック、言ったのに、ヒック」


「ルナ、シローさんを困らせてはいけませんよ」


 王妃が、俺にすがりついたルナーリア姫の頭を優しく撫でる。


「でも、母さま……」


「姫様、まだお仕事が少し残っているのです。

 終わったら必ず帰ってきて、海にお連れします」


「ヒック、絶対、ヒック、絶対?」


「ええ、絶対です」


 ルナーリア姫がやっと俺から離れる。


「絶対、絶対よ!

 シローは私の『モフモフ騎士』なんだから!」


 ブランとキューは姫にすごく懐いているからね、確かに『モフモフ騎士』かもしれない。彼女たちは今も姫の足元にすり寄ってるし。


「わははは、ルナよ、お前の言うとおり、正式に彼を『モフモフ騎士』に任じよう!」


 おいおい、本気ですか!

 そういえば、陛下に頼んで、キューとその仲間の『白い悪魔』が棲んでいた森の一帯を俺だけが入れる禁足地にしてもらったんだよね。

 元々、ほとんど人が入らない場所だから、簡単に許可が出た。

 こうしておけば、『白い悪魔』の保護もできるでしょ。


 シュテインが俺の耳元で囁く。


「シローさん、ボクは『シュー』って偽名で冒険者登録してるんです。

 あるパーティのリーダーもやってます。

 帰ってきたら、ぜひ討伐をご一緒してください」


 なにやってんの、この王子様!

 しかし、冒険者なんて命懸けの仕事をよく陛下が許したな。


「ああ、俺も自分のパーティがあるから、そのうちメンバーを君に紹介するよ」


「楽しみです」


 俺たちは握手を交わした。


「じゃ、ウチに帰る前に、いつくか寄りたいところがあるので、これで失礼します」


「シロー殿、心から感謝する」


 王族にもかかわらず、陛下、王妃、シュテイン、そしてルナーリア姫まで俺に頭を下げる。

 これはいけない雰囲気だ!


「では、みなさん、近いうちに!」


 俺はそう言いのこすと、神樹様の元に瞬間移動した。


 ◇


 ポータルを持つ神樹様の前に現れた俺は、弱いもののしっかりした波動を感じていた。 


『神樹様、お加減はいかがですか?』


『シロー、来てくれたの?

 調子は悪くないよ』


『一度、もとの世界へ帰ろうと思いまして』


『そうか、大変な仕事を押しつけちゃったね。

 君がポータルから出てこない危険もあったから』


『いえ、私の事は……。

 この街、この世界のために、お心を砕いていただき、ありがとうございます』


『気にしなくていいよ。

 ボクがそうしたかったんだから』


 俺はしばらくの間、神樹様に頭を下げていた。


『……ところで、そろそろおいとましようと思います』


『そうか。

 君が向こうに帰って初めて、二つの世界群が繋がるから』


『はい、分かっております』


『では、気をつけてお帰り』


『ええ、本当にお世話になりました』


 じゃ、点ちゃん、行くよ。


『(^▽^)/ 行こー!』


 ブランを肩に乗せ、キューを両手で抱えた俺は、セルフポータルを開き、十ある世界の内、その一つを選んだ。

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