第73話 ポータルへの挑戦(上)


 金ランクの冒険者になったことで、一人でも簡単に王城へ出入りできるようになった。これは、ポータルズ世界群でもそうだから、世界群が分かれる前からある制度なのだろう。点ちゃんは、禁書庫と図書館両方の書籍を精査している。

 それにより、世界群が二つに分かれた時期が特定できたそうだ。 

 分裂は、この世界で約二百五十年前ということだが、世界によって一年の長さが違うから、各世界群では、また違う年数になるだろう。


 ルナーリア姫は、個人授業もお休みして、朝から夕方まで、キューとブランと一緒にいる。

 そんなことができるのは、せいぜい四、五日だし、世界群が救われない可能性もあるわけで、陛下と王妃も姫が好きなようにさせているようだ。


 俺の方は、周囲に毒をまき散らすという厄介な魔獣の討伐や、森の中に隠れ家を持つ馬賊の捕縛など、長年にわたって放置されてきた依頼をこなすことで、ギルドに貢献している。

 依頼主から追加の報奨金やお礼の品をもらい、ギルマスのグラントはホクホク顔だ。   


「シロー、お前、ずっとこのギルドで働いてくれ!」


 そんなことを言いだす始末だ。

 それじゃ、元の世界に帰れないよね。


 ◇


 聖樹様と約束した日の前日、俺は朝から点ちゃん1号の内装に手を加えていた。

 今日は昼前までにヘルポリへ着くよう王都を出発する予定だ。

 ノックの音がするので機体横のハッチを開けると、タラップにシュテインが立っていた。 


「シローさん、お願いがあるのですが」


 俺は彼の後ろを見てすぐ、そのお願いの内容に気づいた。

 いや、予想していたからこそ、ソファーを増やしたりしてたんだけどね。


「陛下、どうされました?」

 

 シュテインを機内のソファーに座らせておき、陛下と向かいあう。


「シロー殿、余や后、ルナーリアも連れていってはくれぬか?」


「お国のお仕事はよろしいのですか?」


「この度の事が成らねば、この世界は滅びるのであろう?

 そうなれば、残された時を、家族と共に過ごしたいのだ」 


 俺が失敗しても、世界がすぐに消えるということにはならないとは思うけど、まあ、その気持ちは理解できる。


「いいですよ、ご一緒しましょう」  


 陛下が機内に入ると、ルナーリア姫がタラップを駆けあがってくる。


「シロー、また海に連れていってくれる?」


「ははは、大事なお仕事がありますからすぐには無理ですが、それが終われば構いませんよ」


「やったーっ!」


 そう叫んだ姫は、ブランとキューがくつろいでいるソファーに飛びのった。


「シローさん、よろしいのですか?」


 姫の後ろからタラップを上がってきた王妃が、申し訳なさそうな顔をしている。 

 

「海を見るのは、私も好きですから」


「ありがとう」


 王妃は上品に笑うと、キューを膝に置き、右手でブランを撫でている姫の左隣りに座った。

  

「では、出発しますよ」


 俺はタラップを消し、入り口のドアを閉めた。


 ◇


「ね、お母さま、全然揺れないでしょ?」


「これで飛んでいるのですね?」


 ルナーリア姫と王妃は、そんな会話をしている。


「おお!

 我が国を空から眺められるとは!

 これは、また格別の感慨があるのう……」 


 窓から下を眺め、陛下は涙を浮かべている。


「いろんな世界でいろんな国を見てきましたが、ここは良い国ですよ」


「シロー殿にそう言ってもらえると、余は嬉しいぞ!」


「ははは、俺はお世辞は言いませんから。

 さあ、そろそろヘルポリですよ」


「なんじゃと!?

 馬車でも一週間は掛かる場所じゃぞ!」


「父上、間違いなくあそこに見えるのはヘルポリです」


「シュテイン、これに乗ったことがあるのか?」


「いえ、ありませんが、街の中心近くに禁足地の森が見えますから」


「おお!

 あれがそうか!

 あそこに聖樹様がおられるのだな?」


「ええ、そうです。

 ところで、皆さんを下に降ろしますが、いきなり風景が変わっても驚かないでくださいね」


「シロー殿、どういうことだ?」


「陛下、俺のスキルで皆さんを下に移動させます」


「もしかして、伝説の中に出てくる転移魔術か?」


「いえ、俺のオリジナルスキルですね。

 詳しいことは話せませんが」


「おお、そういえば、冒険者にはそのような決まりがあったな」


「はい。

 それでは降ります。

 心の準備をお願いします」


「余はよいぞ」

「いつでもいいよ」

「お願いします」

「降りるの?」


 こうして俺は陛下とその家族を連れ、ナゼルが住む屋敷の二階にある客室に瞬間移動した。


 ◇


 客室に残しておいた点であらかじめチェックしておいたから、そこには誰もいなかった。

 俺は陛下と王妃、シュテイン、ルナーリア姫をソファーに座らせると、部屋から廊下に顔を出し、屋敷の者を呼んだ。

 まず、高齢の執事が訪れ、そして彼がナゼル嬢を連れてきた。


 部屋に入るなり、ナゼルは大声を上げ、ソファー越しにシュテインに抱きついた。


「きゃーっ! 

 シュテイン様~!」


 全く、皇太子のこととなると、この人は周囲が見えないね。 

 まずは、きちんと挨拶しようよ。


「シュテインよ、この娘子むすめごは誰じゃ?」


 陛下が眉をひそめ、そう尋ねた。

 これを見たら、そうなるよね。


「父上、この屋敷の娘、ナゼルさんです」


 ナゼルは、自分の頬をシュテインのそれに擦りつけるのに夢中で、何も聞いてない。

 あまりの事に、俺が口をはさんだ。


「ナゼルさん、ご挨拶を」


「あ、シローもいたのね。

 こっちのおじさん、おばさんは誰?」


 だからー、つい今しがた、シュテインが「父上」って言ったじゃない。 

   

「ナゼルさん、シュテインさんのお父様ですよ」


 俺はシュテインが言ったことを繰りかえした。


「ふーん、皇太子様のお父様かー、偉い方だよね」


『(*'▽') ナゼルさん、ぱねーっ!』


 点ちゃんに、激しく同意。


「ナゼルさん、シュテインさんの身分は?」


「そんなの皇太子殿下に決まってるじゃない!」


 ナゼルが、なぜか胸を張る。


「皇太子殿下のお父上といえば?」


「ええと、国王の息子が皇太子だから、皇太子のお父上は……」


 ナゼルの顔が、キョトンとした顔から驚きに、そしてまっ青になる。


「こっ、こっ、こっ、国王陛下ーっ?!」


 この人、ニワトリみたいになってるよ。

 誰か似た人がいたような。


「う、う~ん……」


 あーあ、ナゼルさん、白目むいて気を失っちゃったよ。

 どうして恋する相手の前で、またもやそんな顔をさらすかなあ。


「ルナ知ってる!

 それってシローが教えてくれた、『にらめっこ』でしょ?」


 ルナーリア姫の小さな指が、白目をむいたナゼルの顔を指していた。 

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