第71話 待ち時間(上)


 黒い金属製の扉を開け禁足地から出ると、シュテインが焦燥した顔で待っていた。その横でモジモジしているチョロイン、ナゼルさんが浮いている。


 ゴィン


 そんな音を立て、禁足地への扉が閉まったとたん、シュテインが俺に飛びつく。


「シ、シローさん、そ、それでどうなりました!?」   


 皇太子は俺の襟首をつかみ、顔を寄せてくる。

 いくら美形だからといって、近い! 近いよ!


「ああ、七日後にまた来ることになったよ。

 聖樹様のお話だと、なんとかなりそうだということだが……」


「聖樹様?

 す、救われる!?

 この世界が救われるんですね!?」


 近い、近い!

 おや? そんな俺たちを、指をくわえたナゼルさんが、なぜかぽーっとした顔で見てる。

 彼女の口からよだれが……!

 おい! それって、なんかやばくないか?


 ◇


「カワイイですねえ!」


 屋敷の二階、応接室のソファーに座り、お茶を一杯飲むころになって、やっとナゼルさんが普通に戻った。

 あのよだれ顔は人に見せちゃいけないだろう。憧れの王子様に見られちゃったけど、それでよかったのかね、彼女は。


 ナゼルさんは、彼女が座るソファーでブランとキューに挟まれ、ご満悦の様子だ。

 彼女は、とりつかれたようにモフモフにいそしんでいる。

 シュテインは一足先にお城に戻してあるから、その反動かもしれない。


「シローさん、これは何ていう魔獣ですか?」


「そっちは魔獣ではなく猫という動物です。

 それから、ええと、そっちは、しろ……キューちゃんですよ」


 キューちゃんの正体が『白い悪魔』だと分かれば、ナゼルさんは間違いなく腰を抜かすだろう。

 

「へえ、鳴き声と名前が同じなんですね。

 可哀そうだから、『フワ』ちゃんと呼んであげるね。

 フ~ワちゃん!」


「きゅ……」


 キューが初めて見る迷惑そうな表情になる。

 まあね、自分の名前じゃないから混乱するよね。


 その日、ナゼルさんから強くお願いされ、俺たちは彼女の屋敷で一泊した。


 ◇


 次の日、昼前にナゼルの屋敷を出発した俺たちは、点ちゃん1号で空路王都に向かった。

 早朝からナゼルさんに撫でくりまわされたブランとキューは、新型ソファーの上で心なしかぐったりしているように見える。

 次にヘルポリに行く時には、ナゼルさんに『モフモフ禁止令』を出しておこう。

 

 昼食前に王城に着いた俺は、さっそく陛下からお好み焼きを要求された。

 まあ、あそこまで喜んでくれるなら、ご馳走はしますけどね、もうあんまり数がないんだよね。

 あと五日間、お好み焼きが足りるだろうか?


 食事の後は、ルナーリア姫を約束していた空の旅にご招待した。

 彼女を点ちゃん1号に乗せ、王都上空を飛ぶ。

 お付きの女騎士が一人だけついてきた。


「まあ!

 お城がオモチャみたい!

 お母様はどこかしら?」


 地球から持ってきた、とっておきのケーキを食べたルナーリア姫は、頬にクリームをつけ、満面の笑顔だった。


「シローが住んでる所には、美味しいものがたくさんあるのね!」


「ははは、美味しくないものもありますよ」


「行ってみたいなあ!」


「そうですね。

 いつか行けたらいいですね」


「行きたい!

 ブランやキューちゃんに、また会いたいし」


 キューの毛を使い作った新型ソファーに座り、姫は両脇に座るブランとキューをそっと撫でている。

 二匹とも、目を細めて気持ちよさそうだ。

 ナゼルさんに対する態度と、まるで違うんだよね。


「ブランとキューもきっとそう思っていると思いますよ」


「そうだといいなあ。

 ふぁ~、幸せ~」


 お腹いっぱい食べたのもあるだろう、姫はすぐに寝息を立てだした。

 ブランとキューも一緒に寝ちゃった。


「シロー殿、そろそろお城へ……」


 姫の後ろで控えていた、お付きの女騎士が、小声でそんなことを言ってきたが、俺は首を横に振った。

 これから、海の上まで飛ぶつもりだ。

 姫は生まれてから一度も海を見たことがないそうだから、起きたらさぞ驚くことだろう。


『へ(u ω u)へ ご主人様は、ルナーリア姫に甘いですねえ』 


 そうかなあ。彼女を見てるとナルとメルを思いだすからかもしれないね。

 あの二人に会うためにも、どうにかしてポータルズ世界群へ帰らないとね。


 ◇


 ルナーリア姫に海を見せた翌日、俺はギルドを訪れた。

 元々、王都に来たのはギルドの伝手つてで図書館を紹介してもらうためだったんだよね。

 シュテインと会ったことで、その必要なくなったんだけど、ベラコスギルドのギルマス、サウタージさんから、ここのギルドに渡すよう頼まれた荷物があったから。


 さすがに王都だけあって、ギルドは立派なものだった。目抜き通りに面した木造三階建ての建物は、横幅が二軒分あった。俺が知る中では、エルファリアのギルド本部と匹敵する大きさだ。

 恐らく、この土地では冒険者が活躍する仕事がたくさんあるのだろう。

 

 両開きの扉を潜ると、そこは受けつけカウンター、丸テーブル、依頼書の貼りだしコーナーという見慣れたレイアウトの広いホールだった。

 昼近いというのに、丸テーブルの半分ほどは冒険者で埋まっている。

 受けつけカウンターにも、数人が並んでいた。

 俺が肩に白猫ブランを乗せ、手にキューを抱えているからだろう、皆がこちらを見ている。


 前に並んだ若い二人の冒険者が交わす言葉が聞こえてきた。


「くそう、あの仕事で銀ランクに昇格できると思ったのに!」


「レフ、そう簡単には昇格できないんじゃないか?」


「だけど、ライ、リーダーはあっという間に銀ランクになったそうじゃないか」


「リーダーは別格だからな」


「そう考えると、メグミさんの金ランクって凄いよね」


「ああ、確か二、三か月で金ランクになったんだろう?」


「さすが竜騎士だよね」


 彼らは、メグミという人の事を知ってるらしい。

 これは、ぜひ話を聞いておきたいね。


「ちょっといいですか?」


「え、なんだい?」


「俺はシローって言います。

 王都に来て間もないんですが、みなさんからよくメグミっていう人の話を聞くんですけど、どんな方なんですか?」 


「おおっ!

 おめえはついてるぜ!

 俺は、メグミさんいちの子分レフってんだ」

「いや、一番の子分はライ、この俺だよ!」

「いや、俺だ!」

「そんなことあるかっ!」


 このままだと、二人が取っくみあいの喧嘩を始めそうなので、ここは口をはさんでおこう。


「あの、メグミさんって、『迷い人』ですか?」


 俺がそう尋ねた途端、二人が黙りこみ、疑わしそうな目つきでこちらを見た。


「「……」」


「あの……」


 聞き方を変えようと口を開きかけたが、すでに二人の若者は、鋭い目つきで俺をにらんだ。 

 

「おい、お前、帝国の回し者か?!」


「帝国?」


「とぼけんな!

 そんな格好、この辺りじゃ見ねえぞ!

 お前、南から来たんだろう!」


「ええと、帝国ってなんです?」


「しらばっくれんな!」


「おい、みんな!

 帝国の回し者が、メグミさんのことを嗅ぎまわってるぞ!」


 自分のことを「レフ」と紹介した若者が、大声で叫んだ。

 ガタガタと音を立て、テーブルに着いていた冒険者たちが立ちあがる。


「なんだって!?

 メグミちゃんに手をだそうなんて、あたいが許さないよ!」

「帝国の者が、よくここに顔を出せたな!」

「こいつを吊るしあげろっ!」


 目の色を変えた冒険者たちで、あっという間に俺の周囲に人垣ができる。

 彼らは、敵意剥きだしで包囲を狭めてくる。

 ここはどうするかな?


 俺が行動に移ろうとしたとき、目の前が白くなった。


 ◇


「ぐううう、な、なんだこれ?!」

「く、苦し……あれ、苦しくない……気持ちいい~!」

「ふわふわ~!」


 冒険者たちの、こもった声が周囲から聞こえてくる。

 あれ、俺、いつの間にかキューちゃんの毛に埋まっている。

 全身モフモフ! ついにモフラーの夢がかなったぞ!

 俺と冒険者たちは、膨らんだキューちゃんの体で、天井に押しつけられた形か。でも、毛がふわっふわだから、苦しくないね。


「おい、いってえ何の騒ぎだ!?」


 キューの毛を掻きわけ顔を出すと、マックに迫りそうな大男が俺を見上げていた。

 岩のようながっちりした体格で、古傷だらけの四角い顔には驚きが浮かんでいた。

 彼の心を表すように、ポニーテールにしたブロンズの長髪が揺れている。


「うわっ!

 なっ、なんだ、お前!」


 それは驚くよね。巨大な白いふわふわから、人間の顔がポンと、とび出したんだから。


「俺、シローって言います」


「……お、お前、人間なのか?」


「ええ、そうですよ」


「ど、どうしてそんな……訳の分からねえもんから顔を出してる?」


 これ、どうやってごまかすかな。

 もし、「これは『白い悪魔です』」なんて言ったら、大騒ぎになるだろうし……。


「……こ、これ、俺のモフモフ魔術なんです」


「モフモフ魔術だと?」


『( ̄▽ ̄)つ いくらなんでも、それは無理があるでしょー!』 

 

「ええ、まだ魔術に慣れてないもんで、時々暴発するんです」


「そうなのかい」


『(; ・`д・´)つ そこの大っきな人、なんで納得してるの! ミエミエの嘘ですよーっ!』


 点ちゃんは、少し黙ってなさい。騙されてくれてるんだから。


「とにかく、これじゃあ話にならねえ。

 魔術を解いてくれるか?」


「はい、分かりました」


『キューちゃん、もういいよ、ありがとう。

 小さくなってくれる?』


 キューに念話で話しかける


 パフンッ


 そんな音を立て、キューが小さくなる。

 天井まで持ちあげられていた冒険者たちが、ドスンドスンと床に落ちる。

 

「お尻、打っちゃった、イタタタ。

 な、なんだったの今の?」

「でも、すっごく気持ちよかった~!」

「そうだよな、癖になりそうな気持よさだったぜ」 


 冒険者たちは、みんな頬を染め、ぽうっと上気した顔をしている。


「おい、お前!」


 さあ、気合い入れて拾うぞーっ!

 貴重なキューの毛は、いろんなくつろぎグッズに使えるからね。

 

「おい、お前!

 聞こえてるだろう!

 無視するってどういうことだ!?」


 うわ~、いっぱい毛が落ちてるなあ。大漁大漁と……。


「おい、人の話を聞けよっ!

 ぐはっ!」


 ふう~、これだけ毛があれば、あんなモノやこんなモノが作れるぞ!

 あれ?

 この大きな人、どうして壁際に倒れてるの?


『(; ・`д・´)つ ご主人様が話を聞かないから、彼がご主人様の肩を揺すったんですよ』


 でも、なんでそれでこんなことに?


『(・ω・)ノ 肩を揺すったのが物理攻撃と判定されたようです』 


 なるほど、それで『物理攻撃無効』の加護に弾きとばされたと。


「ギ、ギルマス!

 大丈夫ですか?」

「おい、誰か治癒ポーション持ってねえか?!

 グラントさんが大変だ!」

「ギルマス、どうされたんです!?」


 倒れた大男の周囲に冒険者たちが集まってくる。


 やばいよ、これは。

 この人、ここのギルマスみたい。


『(; ・`д・´)つ 自業自得です! 少し反省しなさい!』


 はい、どうも申し訳ございません。

 でも、キューの毛は拾っていいよね?


『(; ・`д・´)つ 馬鹿者ーっ!』

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