第62話 試しの儀(下)
竜王は、恐れていたことが現実となり、呆然としていた。
まさか、本当に殺してしまうとは……。
人族に対するマズルの恨みを見損なっていたと、今になって気づいた。
こんなことならば、自ら『試しの儀』を行うべきだった。
しかし、竜王はすぐに自分の目を疑うことになった。
荒れ狂うマズルの火炎が消えた時、そこに前と変わらぬ人族の姿があったのだ。
人族は、あくびをする余裕まで見せている。
どういうことだ、これは?
◇
当然のことながら、マズルの驚きは竜王の比ではなかった。
自分のブレス攻撃を受け、人族が生きているはずがないのだ。
こいつは、本当に人族か?!
気を取りなおしたマズルは、強力な前足で青年を攻撃しようとしたが、なぜか体が動かない。
唸り声すら出せない。
人族の青年が、ゆっくりした足取りで近づいてくる。
マズルは生まれて初めて、逃れようのない恐怖を味わった。
◇
俺は動かなくしたマズルのすぐ前に立った。
ドラゴンは俺を見下ろしているが、その目には深い怯えがあった。
こちらを殺そうとしたヤツだ。別に殺してもかまわないのだが、そうなると恐らく竜王との交渉に差しつかえるだろう。
俺は人差し指で空を指し、それをクイと下に向けた。
「ガフッ」
そんな声を出し、マズルが地面にへばりつく。
ヤツに施した重力付与の結果だ。
『適当な所で参ったしろよ』
念話でそう伝え、下向きにした指を下げていく。
「グガッ」
次第に強くなる重力に、マズルの体が地面にめり込む。
ヤツを中心として、地面に放射状の亀裂ができはじめる。
『待った!
待ってくれ!』
慌てた竜王の念話が聞こえる。
『そやつは、すでに気を失っておる!』
え!?
そうだったの?
参ったしないから、マズルちゃん、半分くらい地面にめり込んじゃってるよ。
『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様ときたら、まったく……』
◇
『試しの儀』の後、昨日集会があった巨大な洞窟に再びドラゴンたちが集まった。
俺は部屋の隅に椅子と小さなテーブルを出し、お茶をしているところだ。
膝の上にはキューが乗っており、その上でブランが丸まっている。
いやあ、くつろぎくつろぎ。
『( ̄▽ ̄)つ ドラゴンたちの横で、よくそうやってくつろげますね』
だって、いきなり決闘みたいなことさせられたんだよ。
ここはくつろぐタイミングでしょう。
『(・ω・)ノ ご主人様のくつろぎは筋金入りですね』
筋金入りというよりモフモフ入りなんだけどね。
ああ、このキューの手触り、くつろげるなあ。
『(; ・`д・´)つ くつろぎすぎだろっ!』
大洞窟の壁からつき出した岩棚に、竜王様が上がる。
グゥオオオオッ
せっかくほのぼのしてるのに、うるさいなあ。
ブランちゃんを見てごらん。頭を逆さにして耳をキューの毛に埋めちゃったよ。
『みなの者、『試しの儀』の結果により、人族シローの話を聞くことになった』
『竜王、あれは何かの間違いだ!
ワシが人族などに負けるはずはないのだ!
もう一度、機会をくれ!』
あれ?
マズルちゃん、まだ反省が足りないのかな?
あれっ、ブランがいない。
あっ、あの子、マズルちゃんの尻尾伝いに頭の所まで登ってるよ。
その額に肉球をペタリンコと。
『ひいいいいいっ!』
額に触れられたマズルの悲鳴が、念話を通じ伝わってくる。
めちゃくちゃ怖がってるじゃん。
地面にぺちゃんと伏せて震えてるよ。
ドラゴンっぽくないぞ。
キューの上に戻ってきて、毛づくろいを始めたブランを撫でてやる。
「ミ~」(あいつうるさい)
いや、本当にうるさかったのは、竜王だったんだけど。
ブランちゃんも、マズルの態度に少し怒ってたんだね。
きっと『試しの儀』の記憶をもう一度ヤツに見せたのだろう。
『人族シロー、我と話したいとのことだが』
『ええ、少し込みいった重大案件があるので、できれば一対一で話したいのです』
『そんなことができるかっ!』
『竜王様、そのような要求、受けてはなりませんぞ!』
『そのとおりだっ!』
ブランが俺の肩に跳びのると、騒いでいたドラゴンたちが黙りこんだ。
さっきブランがマズルにしたことが、よほど印象深かったらしい。
『うむ。
約束だ。
一対一で話そうではないか』
今度は、竜王の言葉に異議を唱えるドラゴンはいなかった。
なぜか俺の肩で招き猫のポーズを取る、
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