第61話 試しの儀(上)


 俺は比較的体が小さなドラゴンに案内され、ドラゴンたちが集会を開いた巨大な洞窟から、さらに奥へと連れていかれた。


 俺に当てがわれた部屋は小さな体育館ほどもある空間で、円形をなす岩床の中央に、枯れ草のようなものが敷いてあった。

 きっとこの上に寝ろということだろうが、それを尋ねようにも、案内役のドラゴンは、そそくさと部屋から出ていってしまった。

 

 俺は洞窟の奥、壁から少し離して、苔を敷きつめた自立型ハンモック、『コケット』を置いた。

 点ちゃん1号に残してきた、ブランとキューを瞬間移動させる。現れたとたん、二匹は横になった俺の上に乗ってくる。

 部屋はやや暗いが、読書するのに十分な明かりがある。その明かりは壁に埋めこまれた水晶灯から来ていた。


 点ちゃん、水晶灯のこと調べてくれた?


『(Pω・) ご主人様の予想通り、『枯れクズ』でしたよー』  


 ふーん、ということは、この世界にも『光る木』があるか、それとも……

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか寝てしまった。

 

 ◇


 昨日寝所まで案内してくれたドラゴンが、俺を起こしにきた。

 起こすのはいいけど、コケットをひっくり返すってどうよ。

 ブランとキューが凄く驚いてるじゃないか。

 万が一を考え、ブランとキューは、上空で待機中の点ちゃん1号へ戻しておいた。


 無言で部屋の外へ出たドラゴンを追いかけ、その後ろを走る。

 ドラゴンはゆっくり歩いているつもりかもしれないけど、歩幅が極端に違うからね。

 昨日集会があった巨大空間を抜け、洞窟の外へ出る。

 山の中腹から見る周囲は、青空を背景に赤茶けた山々が見渡す限り広がっていた。

 いかにも『レッドマウンテン』という景色だ。


 空を見上げると、太陽はすでにかなり高く昇っていた。

 儀式が開始される正午まで、あまり時間の余裕はなさそうだ。

 結局、『試しの儀』が何かという説明はなかったから、ぶっつけ本番ということになりそうだ。


 案内役のドラゴンが大きな右前足を開き、俺を掴もうとする。

 俺は体をひねり、それを避けた。


『人族よ、お前に危害を加えるつもりはない。

 試練の場に連れていくだけだ』

 

 この場になって、ドラゴンがやっと念話で口を利いた。


『俺は自分でそこまで行く。

 先導してくれ』


『だが、そこまでは空を行くぞ』


『聞いてないのか?

 俺は空が飛べる』


『ふん、人族がか?

 まあいい。

 ついてこれるものならやってみよ!』


 ドラゴンは翼をはばたかせると、空高く舞いあがった。

 俺は点ちゃんボードを出し、余裕をもってそれを追った。

 ドラゴンは、しばらく飛んだ後、高度を下げると富士山型の巨大な山の麓に降りた。

 俺もボードでその横に着地する。

 そこはコップの底に似た地形で、丸い平地の周囲をぐるりと山々が取りかこんでいた。

 

『空を飛ぶなんて、お前、本当に人族か?』  


 案内役のドラゴンがそんな念話を伝えてくるが、俺の興味は自分が立つ狭い盆地状の端にある、巨大な岩に向けられていた。

 その岩は、ほぼ真球の形をしており、盆地を成す山肌に深く食いこんでいた。

 富士山型の山肌に刻まれていた、太い溝の意味がやっと分かった。


『この岩は、あの山の山頂から転がってきたのか?』


 案内役のドラゴンは、俺の質問になぜか恭しく答えた。


『そうだ。

 ソル岩様は、かつてソル山の頂に鎮座なされていた。

 少し前に、そこからこちらへ移られたのだ』 


 ふうん、このドラゴン、巨大な丸い岩に敬意を持っているようだな。

 そのとき、ドラゴンの咆哮が谷を揺るがせた。


 見上げると、山の斜面にある岩棚にドラゴンたちが並んでいる。

 そして俺が立つ盆地の底、俺から一番離れた位置に平らな大きな岩があり、その上に竜王がいた。

 さっきの声は彼だろう。

 

 ズシン


 そんな音を立て、竜王と俺の間にマズルという名の竜が降りてくる。

 ヤツは殺気を込めた目を俺に向けていた。


『おい、これから何をするか、まだ説明を受けてないぞ!』

 

 慌てて案内役のドラゴンに念話を送る。


『説明など不要だ。

 お前はこれからマズルと戦うのだ』


 おいおい、いきなりだな。

 普通の人族なら、どうやっても勝ち目はないぞ。


『警告しておいてやる。

 マズルは危険なヤツだ。

 用心しろ』


 いや、だから今になって急に警告されてもねえ。


 グゥオオオオッ


 竜王が咆える。それが開始の合図だったのだろう、案内役の竜が空に舞った。

 対戦相手の大きなドラゴン、マズルが地上すれすれを滑空しながら、一気に距離を詰めてくる。


 俺から十メートルほどの所まで来ると、マズルは翼を大きく広げスピードを殺すと、後ろ脚の大きな爪を地面にザックリくい込ませ、急停止した。

 同時に頭を後ろに引く。

 ブレスの予備動作だ。


 ドラゴンが吐く、紅蓮の炎が俺をのみ込んだ。

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