第48話 商売繁盛(下)

 ルエランの家に泊めてもらって一週間。

 なんだか、お店が忙しくなってきた。


「おい、ルエランさん!

 昨日買った薬、もうないか?」

「おい、お前、順番を守れよ!」

「ルエラン君ありがとう! 

 ウチの子、すっかり良くなったよ!」 


『ルエラン薬草店』は、朝の開店と同時に人が殺到している。

 ルエラン一人では、お客への対応ができなくなり、彼の母親だけでなく俺まで対応に追われることになった。


「おい、あの魔力回復ポーション、どうなってる?

 どう考えても、効果がおかしいだろ!

 通常の三倍は魔力が回復するぞ!」


「申し訳ありませんが、そのようなお問いあわせは、一切受けつけておりません」


 ルエランが、店の前に新しく加えた看板を指さす。そこには、この世界の文字で次のように書かれている。


『当店でお買いあげの商品については、レシピ等の公開は行っておりません。

 また、効果に関するお問いあわせにも応じておりません』

 

「だ、だけどよう――」


「おい、お前!

 ルールを守れよ!

 買わないならとっとと帰んな!」

「そうだぞ、出てけ!」

「そうよ!」


 お客同士のこんなやりとりを何度見たか分からない。

 今日も、在庫の薬は午前中で全て売りきれてしまった。


「はあ、売れるのは嬉しいですが、こんなことになるなんて……」


 ルエランが、力の抜けた表情で、そんなことをつぶやいている。


「あんた、なに贅沢なこと言ってるの!

 シローさんのおかげで沢山お客さんが来てくれてるんでしょ。

 それに売れた薬は、病やケガで苦しんでいる誰かを助けてるのよ。

 しっかりなさい!」


 ルエランの母親は、細い体のどこからそんな声が出るかと思うぐらい、強い口調でそう言った。


「……そうだね。

 ボクが間違ってたよ、母さん。

 いっぱい薬を作って、明日も売るよ!」


「ルエラン、ちょっといいか。

 そのことだが、一週間は六日あるんだろ?

 その内、二日は休むようにした方がいいぞ」


「えっ!?

 なぜです?」


「そうだな、しばらくの間、むしろ三日は休んだ方がいい」


「ええっ!?

 なんでそんなことを?

 確かに、週に三日の営業でも十分なほど利益は上がっていますが――」


「いいから、言うとおりにしておくんだ。

 それから、君、薬屋のギルドには入っているか?」


「え、ええ。

 この店を開く前に『薬師ギルド』には入りましたが」


「そうか。

 では、そこへ挨拶に行くぞ」


「えっ?

 ギルドにですか?」


「ああ、それも早い方がいい。

 今からすぐ行こう。

 その前に寄るところもあるしな」


「えっ!?

 今からですか?」


「ああ、多分、もう問題が持ちあがっていると思うぞ」


「ルエラン、シローさんは信頼できるわ。

 すぐにご一緒なさい」


「母さん?」


「さあ、急ぎなさい!」


 こうして、俺とルエランは薬師ギルドを訪れることになった。


 ◇


 その日の夕方、ベラコスの街にある薬師ギルドでは、会議室に五人の薬師が集まっていた。


「このままにはしておけん!」

「ああ、その通りだ」

「販売許可を取りあげるべきだ!」

「しかし、その理由をどうする?」


 彼らが話しあっているのは、まさに『ルエラン薬草店』の事だった。

 ここ数日、彼らが経営する薬屋には、ほとんどお客が来ていない。


 中央に座る白いあごヒゲの人物は、他の四人が議論するのをここまで黙って眺めていたが、懐に手を入れると、青い液体が入ったガラスビンを取りだした。

 それをコトリとテーブルの中心に置く。


「これが『ルエラン薬草店』で売られている魔力回復ポーションだ。

 価格は銀貨一枚」


 彼が右に座る太った男性を目で促すと、その男がビンを手に取った。

 蓋を開け、手のひらにポーションを少量取り、それを舌でめる。 


「こっ、これはっ!」


 太った男の細い目が、大きく開かれた。


「どういうことだ!?

 これでは、上級ポーションではないか!」


 上級のポーションが作れるのは、薬師としてのスキルに恵まれ、しかも長年かけて研鑽を積んだ者だけだ。

 そのような存在は、普通、国が王城に囲っていることが多い。

 ベラコスのような街にいる存在ではないのだ。


 太った男に続き、他の薬師たちもポーションを確かめる。


「な、なんだと!

 確かにこれは上級、そのなかでも特に質が良いものと同じだ!」

「一体、このようなポーションをどうやって!?」

「ぬう、これではウチに客が来ないはずだ!」


 薬師ギルドのちょうである、白いあごヒゲの男が、おもむろに口を開く。


「このままでは、我ら全員が廃業せねばならん。

 どんな方法で対処するか、すぐに――」


 彼がそこまで言った時、会議室のドアが開き、若い女性が入ってきた。

 彼女は、ギルド長の下で秘書のような事をしている。

 

「メリル、会議中は入ってくるなと言ってあるだろう!」


 ギルド長の叱責に、一瞬びくりと身体を震わせたが、女性はしっかりした口調でこう言った。


「みなさんにお客様です」


「今は、そんな時ではない!」


 太った薬師がお腹を揺らしながら立あがり、女性に指を突きつけた。

 女性が口を開きかけたとき、半分開いたドアから、三人の男性が入ってきた。


「あ、貴方はっ!」


 薬師たちの視線がその内の一人に注がれる。


「ベラコス男爵!」


 薬師の長が名前を呼んだのは、ここベラコスの街を治める男だった。

  

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