第21話 最後の望み


 街の中央施設で開かれた『罪科者会議』の後、「銀ちゃん」改め、「銀さん」は、小型自走車の荷台に俺を乗せ、森の小屋に帰った。

 隠れる必要はもうないとのことで、帰り道、俺は荷台に座り周囲を見回していた。

 舗装されていない道は、畑の中をまっ直ぐ貫いていて、陽の光を浴び金色に光る穀物がそよ風にたなびく、のどかな風景が広がっていた。

 死刑宣告を受けてさえいなければ、この世界をもっと楽しめたかもしれないな。

 

 森の中で自走者が停まると、木立からタム少年が飛びだしてきた。


「お師匠さまーっ!」


 彼は再び銀仮面を着けた銀さんの腰に抱きついた。


「タム……」


 銀さんが、タムの頭を優しく撫でている。


「タム、お好み焼き食べるかい?」


 俺がそう言うと、タムの目が輝いた。


「うん、食べる!」


 俺は二人の先に立ち、小屋に向かった。


 ◇


 一人で二枚もお好み焼きを食べ、満腹になったタムは、隣の部屋でお昼寝している。

 俺は銀さんと向きあい、木のテーブルに着いている。

 テーブルの上には、カップが二つあり、エルファリアのお茶が満たしてあった。

 銀仮面を外した銀さんは、お茶を一口飲むと、それを味わうように目を閉じた。


「素晴らしい味ね」


「銀さん、全て話してもらえますね?」


「ええ、もちろんです。

 何から話そうかしら。

 そうね、最初の最初から話した方がいいわね」


 銀さんは、どこか遠いところを眺めているような目をした。


「私が『罪科者』になった時、最初に配置されたのが、書庫の管理だった」


「そう言えば、この世界に来てから文字らしきものは目にしてないなあ」


「ええ、『罪科者』以外の者は、文字を習いません。

 住民の教育は、全て口伝えで行われます」


「へえ、変わってますね」


「恐らく、住民の知的な能力を伸ばさないためではないかと思います。

 この世界の仕組みに疑問を持たれては困りますから」


 それはそうだろう。考える力があれば、自分の死をかてとして生きる少数の人々を許すことはできないだろうからね。


「書庫の書物は持ちだすことが厳しく禁じられているのですが、ある日、書類に挟まっていた本に気づかず、その一冊を持ちだしてしまったのです」


 銀さんはお茶を一口飲むと、話を続けた。 


「その本には、美しい絵が描いてあり、私は夢中になりました。

 そこに何が書いてあるか知りたい、それはとても強い思いでした。

 幸い、この世界の文字とその本の文字は、とてもよく似ていました。

 少しずつ解読を進め、その本が子供向けの「絵本」であることを知りました。

 その本を皮切りに、同じ言語の本を次々に読んだ私は、この世界の外に別の世界があること、そこでは全く違う価値観で人が生きていることを知りました」


 俺は、空になった彼女のカップにエルファリアのお茶を注いだ。

 銀さんは、頷くような仕草をすると話を続けた。


「その当時、私は妊娠しました。

 この世界では、受精は全て『生誕の儀』という名の元、特別なガラス管を使って行われます。

 他の世界で行われるような男女の肉体的接触は無いのです。

 産まれた子は、親から離され、教育施設に入れられます。 

 しかし、私はどうしても自分の子供を自分の手で育てたかった」


「もしかして、タムは……」


「ええ、私が産んだ子です。

 私は自分の妊娠、出産を隠し、彼をここで育てたのです」


 銀さんは、剥きだしの地面を指さした。

 

「では、この小屋も?」


「ええ、書庫の本を参考に、長い時間をかけ少しずつ作りました」


 ろくな道具もないだろうこの世界で、その作業をこなすには大変な苦労があったにちがいない。


「どうして、タムに母親だと名乗らなかったのですか?」


「私自身、母親がいなかったわけですから、母としてどう振舞ってよいのか、分からなかったのです」


「なるほど、教える側と教わる側と言う関係は、教育施設で体験していたから、師匠と弟子という関係にしたのですね」


「その通りです」


「どうして召喚などということをやろうと考えたのですか?」


「本には、異世界からの『稀人』が、常ならぬ能力でその世界を救うという話がいくかありました」


「う~ん、それって物語、つまり、作り話じゃないかな?」


「えっ!?

 どういうことでしょう?」


「本の書き手が、現実とは違う世界を想像で勝手に創ることがあるのです」


「ええっ!?

 では、救世主が世界を救うというお話は……」


「多くの場合、空想上の物語ですね」


「な、なんてこと……」


「しかし、なぜ救世主に、この世界を変えてもらおうなどと思ったのですか?」


「本には、男女が出会い、愛しあって子供が産まれ、家族として幸せに生きていくというお話がたくさん書かれていました。

 私には、その事がとても素晴らしく思えたのです。

 できるなら、タムにもそういう人生を送ってほしかった。

 それが、全て空想上のお話だったなんて……。

 私にとっては、救世主が最後の望みだったのです」


「いや、ちょっと待ってください。

 救世主は空想かもしれませんが、家族を作って幸せに生きている人たちはたくさんいますよ」


「えっ!?

 それも空想では――」


「いえ、それは現実です。

 俺にも、家族がいますよ」


「ええっ!?

 お、教えてください!

 あなたの家族というのは?」


 銀さんは、俺の家族について、根ほり葉ほり尋ねてきた。

 

「とても幸せそうですね。

 なんでも話しあえる家族。

 娘さんが二人……」


「ええ、きっと俺の帰りを待っていると思います。

 タムがさっき食べていたお好み焼きも、娘たちのために俺が用意したものです」


「娘さんのために……」


 銀さんは、しばらく黙りこんでいたが、急にその目からぽろぽろ涙をこぼしはじめた。


「銀さん、どうしたんです?」


「私は、娘さんからあなたを取りあげてしまったのですね……」


「まあ、そうですね」


「私は、なんということを……」


 銀さんはテーブルに伏せ、大声で泣きはじめた。

 俺はその声で、タムが起きてこないか心配だった。

 彼女の涙が枯れたころを見計らい、声を掛ける。


「まあ、こうなってしまっては仕方がない。

 気にしないでください」


「し、しかし、『旅立ちの儀』を受けてしまえば……」


「ああ、『旅立ちの儀』ですか。

 俺にちょっと考えがあるので、それは大丈夫です」


「でも、いったいどうやって?」


「まあ、とにかく俺に任せておいてください。

 あなたも、『旅立ちの儀』を受ける必要はありませんよ。

 あなたがいなくなれば、タムの世話は誰がするんです?」


「……」


「そんなことより、あなたは俺をこの世界に召喚した時、報酬として他世界に行くための門のことに触れましたが、あれも、嘘ですか?」


「いえ、ええと、本当のことかどうか分かりませんが、書庫の本には他世界への門について触れているものが確かにありました」


「えっ、本当ですか!?」


「ええ。

 ただ、今の私はもう書庫の仕事などしていませんから、そこに入ることはできません」


「書庫の場所は分かっているんですよね?」


「ええ、書庫は、『罪科者会議』が行われた建物の地下にあります」


「場所が分かれば十分です。

 さて、それでは、俺はこれからすることを打ちあわせますから、これで失礼します」


「打ちあわせる?

 誰とです?」


「ここにいる俺の友人とですよ」


 俺は、自分の胸を指さした。


「ミー……」(え~っ……)


 ブランが不満そうな声を上げる。


「ああ、それと、とも打ちあわせます」


 ブランの頭を撫でてやる。


「ミー!」(イエーイ!)


 不思議そうな顔をした銀さんを後に残し、俺は小屋を出た。

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