第20話 罪科者会議
「起きろ」
身体を揺すられ、目が覚める。
夢の中で、ナルとメルにお好み焼きをごちそうしていた俺は、その夢が途中で終わったことで寝起きが悪かった。
黙ってベッドに座る。
あれ? ブランがいないな。俺が寝ている間に散歩にでも出たのだろう。
銀仮面は、まっ白な壁に触れ、そこから出てきた引きだしに手を入れた。
彼の手には、例のシリンダーが握られている。
「腕を出せ」
どうやら、銀ちゃんとは別の銀仮面らしい。
俺は、自分が着ているカーキ色の冒険者服を肩までめくりあげた。
銀仮面が、シリンダーを俺の腕に押しあてる。
プシュッ
彼が親指でシリンダーの背を押すと、そんな音がした。
銀仮面が引きだしにシリンダーを戻すと、それは白い壁に収納され、周囲と見分けがつかなくなった。
彼は俺の様子をうかがっていたが、やがて部屋から出ていった。
「ふぁ~、点ちゃん、どうだった?」
俺はあくびがてら、点ちゃんに声を掛ける。
『(Pω・) 元のシリンダーには、脳の働きを低下させる薬物が入ってました』
で、俺がさっき注射されたのは?
『(Pω・) 銀ちゃんがとり替えたほうのシリンダーには、塩水が入ってました』
ふーん、生理的食塩水ってやつかな?
『(・ω・)ノ 念のため、そちらも回収しておきました』
ありがとう、点ちゃん。
知らない誰かに、中身が分からないものを注射されるって、気持ち悪いからね。
ところで、ブランちゃんは?
『(^ω^) 散歩してくるんだって』
やっぱりね。
内装が白一色の建物だから、ブランなら見つからないだろう。
再びドアが開き、銀仮面が入ってくる。
「用意はいいか?」
「銀ちゃん?」
「ああ、そうだ。
頭がぼんやりしていないか?」
「おかげさまで」
「……では行くぞ」
彼は部屋から出ると、左手に向かい歩きはじめた。
建物の構造から考えて、二階の奥へ進んでいることになる。
五分ほど歩くと、左手の壁に銀色の扉が現れる。
銀ちゃんがその前に立つと、音もなく扉が壁に引きこまれた。
部屋に入りかけた銀ちゃんが立ちどまる。
「お前、あの白い生き物はどうした?」
おっ、これはちょっとまずいことになったかな?
俺がそう思った時、左の肩にブランが飛びのった。
「ブランなら、ここにいるが」
「……まあ、いいだろう」
ふう、今のは危なかったね。
点ちゃん、ブランちゃんはどこに行ってたの。
『(・ω・)ノ そのうち分かりますよ』
銀ちゃんに続き、俺も銀色の扉から中に入った。
◇
小さな体育館ほどもある空間があり、その中央に大きな「C」字型のテーブルがあった。
やはり、飾り気がないこの部屋も、壁と床が白色で統一されていた。
二十人ほどの銀仮面がテーブルの外側に座っている。
銀ちゃんが、一番左手前、「C」の端にある席に着く。
俺は、「C」の切れ目に立っていることになる。
中央一番奥に座っている小柄な銀仮面が、その右手を挙げた。
「これより、『
その声は、やはり他の銀仮面と同じように中性的なものだった。
「この議題は、四号が『権利』を行使したことによって生じたものだ」
彼の声には、なんの感情も含まれていないように思えた。
小柄な銀仮面が右手を下ろすと、彼の左隣に座る銀仮面が右手を挙げる。
「二号に発言を許可する」
小柄な銀仮面が、そう言ったところから考えると、彼が議長役なのだろう。
「名簿はチェックしたのか?」
「二号」と呼ばれた銀仮面がそう発言すると、俺の右前、つまりテーブルの一番端に座っている銀仮面が手を挙げる。
「二十号」
議長役は、発言に一々許可を出すようだ。
「チェックしました。
「二十号」の発言を聞いた議長が、ため息をついた。
「それはやっかいだな」
「二号」が再び手を挙げる。
「二号」
「コレがもし『稀人』となると、この世界にとっては異物でしかない。
そうなると、『旅立ちの儀』に処すのが妥当だろう」
俺の左前に座っていた銀ちゃんが手を挙げる。
「四号」
議長の無機質な声に続き、銀ちゃんが発言した。
「すでにお分かりのように、資源の枯渇により、我らが『田園都市世界』は窮地に立っている。
このままでは、人口減少により現状を維持できなくなるのは時間の問題だ。
この者が『稀人』なら、『救世主』の可能性がある。
たとえ『旅立ちの儀』を行うにしても、彼の意見を聞き、『救世主』でないと確認してからにすべきだ」
「ふむ、では二号と四号、どちらの意見を採るか、決めようではないか」
議長役の銀仮面が発言する。
居並ぶ銀仮面たちが頷いた。
「四号の案、このモノが『救世主』であることを調査することに賛成の者、起立せよ」
議長の声に応え、銀ちゃんが立ちあがる。
立ちあがる者は、他に一人もいなかった。
「結果は明白だな。
このモノを『旅立ちの儀』に処す」
小柄な議長の声は、厳かなものだった。
立ったままの銀ちゃんが、再びその右手を挙げる。
彼の手は、ブルブルと震えていた。
「四号、もう議決は終わっているが、何か言うことがあるのか?」
「一号、発言を許してほしい」
「時間の無駄だが、聞くだけは聞こうか」
「彼を『旅立ちの儀』に処すにしても、猶予が欲しい。
今日から三十日の猶予をお願いしたい」
「二号」と呼ばれた銀仮面が、立ちあがる。
「忘れたのか?
議決されたことは、三日以内に実行すると『約束』で決められている」
銀ちゃんは、その二号の言葉を聞いても発言を続けた。
「分かっている。
だから、その猶予のため、私が持つ『権利』を使いたい」
銀仮面たちが、驚きの声を上げた。
「馬鹿な!」
「意味がない!」
「無駄な事を!」
「そのような事を認める訳にはゆかぬな」
議長役の一号が、厳しい声でそう言った。
銀ちゃんが、さらに言葉を続ける。
「私は、そのために三つ残っている『権利』全てを使う」
「「「……」」」
「四号、その意味が分かっているのか?」
二号は、銀ちゃんの発言に心底呆れているようだ。
「ああ、もちろんだ」
議場は、しばらく静寂に包まれた。
「よかろう。
では、そのモノは『旅立ちの儀』に処す。
ただし、それまでに三十日間の猶予を与える。
この案に賛成の者は?」
議場にいる、全ての銀仮面が立ちあがった。
「では、今回の『罪科者会議』はここまでとする」
議長の発言で、銀仮面たちはそれぞれ席を離れ、俺の後ろにある出口から出ていく。
何人かは、銀ちゃんの背中や肩を叩き出ていった。
二号が銀ちゃんの横を通る。
「自分の命をこんなことに懸けるとは、とことん愚かなやつよ」
彼はそう言いのこし、部屋から出ていった。
広い部屋に残ったのは、テーブルに両手を着き、震える身体を支えている銀ちゃんと俺、そしてブランだけだ。
銀ちゃんが、ふらつきながら俺に近づいてくる。
彼は、俺の肩を両手でつかんだ。
「すまない。
こんなことになるなんて」
「銀ちゃん、『旅立ちの儀』ってなにかな?」
俺の問いかけに、彼が答えるまでしばらく時間があった。
「……『旅立ちの儀』とは、罪にまみれた現世から解放されるための手続きだ」
「手続き?」
「シロー、自走車を停めた倉庫に、黒い袋があったのを覚えているか?」
「ああ、肥料だって聞いたけど」
「あの肥料は、『旅立ちの儀』を受けた人々の末路だ」
「どういうこと?」
「人々が二十五歳になると、この建物の一階にある分解炉で処理され肥料となる」
「……!?」
あまりの事に、俺は言葉を失った。
「だが、お前だけをそんな目に遭わせはしない。
私も、共に旅立とう」
「ど、どういうこと?」
「私は、さっき自分が持つ『権利』を失った。
つまり、もう私は『罪科者』ではないということだ。
それはまた、私が『旅立ちの儀』の対象となったということだ」
銀ちゃんは、彼の銀仮面に右手を添えると、それをゆっくりと外した。
現れたのは、初老に見える女性の顔だった。
苦悩に満ちた表情を浮かべた銀ちゃん、いや、その女性はこう続けた。
「旅立ちの期限は二十五歳だが、私はとうにそれを過ぎているからね」
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