第12シーズン 放浪編

第1部 新しい毎日

第1話 新しい毎日

 いよいよ『ポータルズ』第12シーズンとなる『放浪編』が始まりました。

 ずっと書きたかったテーマなので、今から楽しみです。

 最初、いつもの「枕」がありますから、飛ばしたい方は、二つ目の「◇」からどうぞ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『ポータルズ』 


 そう呼ばれている世界群。


 ここでは各世界が『ポータル』と呼ばれる門で繋がっている。

『ゲート』とも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。

 この門には、様々な種類がある。


 最も多いのが、二つ対になった『ポータル』で、片方の世界からもう一方の世界へ通じている。

 このタイプは、常に同じ場所に口を開けており、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般市民の行き来にも使われる。

 国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。


 他に一方通行の『ポータル』も存在する。

 このタイプは、前述のものより利便性が劣る。僻地や山奥に存在することが多く、きちんと管理されていない門も多い。

 非合法活動するやから、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。


 また、まれに存在するのが、『ランダムポータル』と呼ばれる門だ。

 これは、ある日突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。そして、長くとも一週間の後には、跡形もなく消えてしまう。


 この門がどこに通じているかは、まさに神のみぞ知る。なぜなら、『ランダムポータル』は、ほとんどの場合、行く先が決まっていないだけでなく一方通行であるからだ。

 子供が興味半分でこれに入ることもあるが、その場合、まず帰ってくることはない。

 多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われている。


 ◇


 ある少年が『ポータル』を渡り、別の世界に降りたった。

 少年の名は、坊野史郎ぼうのしろうという。

 日本の片田舎に住んでいた彼は、『ランダムポータル』によって、異世界へと飛ばされたのだ。


 そこには、中世ヨーロッパを思わせる封建社会があった。

 違うのは、魔術と魔獣が存在していたことだ。


 特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。

 現地では、それを覚醒と呼んでいた。


 転移した四人のうち、他の三人は、それぞれ『勇者』、『聖騎士』、『聖女』というレア職に覚醒した。しかし、史郎だけは、『魔術師』という一般的な職についた。


 魔術師としてのレベルも1だったが、彼には使えるスキルが『点魔法』しかなかった。この魔法は、視界に小さな点が一つ見えるだけというもの。役に立たないスキルしか持たない彼は、城にいられなくなってしまう。


 その後、個性的な人々との出会い、命がけの経験、そういったものを通し、史郎は少しずつ成長していった。

 点魔法も、その「人格」ともいえる『点ちゃん』と出会うことで、少しずつその使い方が分かってきた。

 役に立たないと思っていた点魔法は、無限の可能性を秘めていた。

 少年はこの魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした国王一味を壊滅させた。


 安心したのもつかの間、幼馴染でもある聖女が、一味の生きのこりにさらわれ、『ポータル』に落とされてしまう。


 聖女の行先は、『獣人世界』だった。

 彼女の後を追いかけ、獣人世界へと渡った史郎は、そこで新しい仲間と出会い、その協力で聖女を救いだすことに成功する。


 しかし、その過程で、多くの獣人がさらわれ『学園都市世界』へ送られていることに気づく。


 史郎は友人である勇者を追い学園都市世界へと向かう。そして、彼と力を合わせ、捕らわれていた獣人たちを開放する。


 ところが、秘密施設で一人の少女を見つけたことから事態は新たな展開を見せる。

 その少女は、エルフの姫君だった。彼女から、エルフが住む世界『エルファリア』への護衛を頼まれ、史郎は彼の家族と共に『ポータル』を渡る。

 エルフの世界で、史郎と彼の家族は、エルフ、ダークエルフ、フェアリスに係わる多くの謎を解き、三種族間の争いに終止符を打つ。


 エルフ王からもらった恩賞の中には、竜人世界に由縁のある宝玉が含まれていた。

 そして、この貴重な宝玉を奪おうとした者が史郎の仲間をさらう。仲間を救出したまではよかったが、彼は宝玉によって開かれた『ポータル』に落ちてしまう。


 史郎が『ポータル』によって送られた先は、竜人が住む世界『ドラゴニア』だった。その世界を支配する暴君一味を倒した史郎は、後から合流した仲間と共に、ドラゴニアの空に浮かぶ大陸、『天竜国』へと向かう。


 天竜国は、竜が棲む世界だった。天竜と真竜を苦境から助けた史郎は、『聖樹』の招きで再びエルファリアを訪れる。聖樹が彼に与えた能力は、世界間を渡る力という途方もないものだった。

 かつて、地球から異世界に飛ばされた史郎とその仲間は、この力を使い再び地球に戻った。


 久しぶりに帰った故郷ふるさとの地球世界で、彼らは様々な困難を乗りこえ、再び異世界へ立ちもどる。

 そして、彼らが地球世界から異世界に連れてきた少女エミリーが、『聖樹の巫女』に覚醒する。

 

『聖樹の巫女』とは、ポータルズ世界群が危機に陥ったとき現れる存在だった。その危機に対処するため、史郎は、異世界で、そして地球で、少女を守りながら、神樹たちの力を取りもどしていく。


 竜人世界を再び訪れた史郎は、彼の友人たちがさらわれ、異世界に連れていかれたことを知る。

 友人を探し彼が訪れた先は、奴隷制に支えられた文明を持つ『スレッジ世界』だった。

 そこでは、二大国の後継者がクーデターを起こし、国の実権を握った。彼らの狙いは、『ドラゴナイト』と呼ばれる鉱石と神樹とから得られる力で、異世界を征服することだった。

 しかし、その世界にある多数の神樹が一度に伐採されてしまえば、かろうじてバランスを保っている世界は、ポータルズ世界群ごと消滅する恐れがあった。

 史郎は、ドラゴナイト鉱石と神樹、両方を守護する巨人族に力を貸す。そして、家族や仲間の活躍で、戦場における圧倒的な劣勢を覆し、いくさに勝利した。


 世界群の危機が去った今、彼は家族と穏やかな日々を送っていた。 

 

 これは、そこから始まる物語だ。


 ◇


「パーパ、お早うー!」

「お早うー!」


 寝ぼけまなこを無理やり開けると、銀髪の美少女二人が俺の胸と腰の辺りに馬乗りになっている。

 さすがに重い。

 最近、ナルとメルは、朝になると寝ている俺の上に乗るのが習慣になっている。

 最初の頃は、二人が同時にジャンプして跳びのり、俺の肋骨にヒビが入るなどということもあったが、今はそうっと上に乗ってくる。

 朝の安眠を邪魔されるのが最も嫌いな俺だが、犯人が娘たちだから文句も言えない。

 まあ、彼女たちも、そのうち別の遊びを思いつくだろう。

 それまでの辛抱だ。

 

「おはよう、ナル、メル」


 まだ半分寝ている俺の左右に、パフンと横になった娘たちが、俺の耳や頬を引っぱりだす。


「パーパ、お願い!」

「早く早く!」


 俺は渋々上半身を起こす。

 そうか、今日は『休養日』だったな。

 ここアリストでは、一週間が六日で、その最後の日が休養日となっており、役所や学校はお休みとなる。

 そして、その日は娘たちが、ある仕事をする日でもある。


 眠気を振りはらいベッドから降りた俺は、家の中で着るためにしつらえた、ゆったりした青色の上下を着ると階下に降りる。 

 三階の寝室から一階の居間に降りると、すでに娘たちが俺を待っていた。彼女たちは、自分の部屋から一階まで通じている滑り台を使ったのだ。


 二人は、首周りがフリルに縁どられた長そでシャツと、ジーンズを身に着けている。

 シャツは二人ともパステルカラーで、ナルが明るい緑、メルが淡い赤だ。

 それぞれ、瞳の色に合わせたコーディネートとなっている。靴は白いスニーカーだ。

 ジーンズと靴は地球世界から持ちかえったものだ。


「「パーパ、早く早く!」」


「はいはい、分かってるよ」


 芝に似た緑の草に覆われた庭へ出ると、敷地の周囲に立ちならぶ神樹から、朝の木漏れ日が差しこんでいる。

 夜明けからそれほど時間はたっていないようだ。

 ナルとメルに片手ずつ引っぱられ、サッカー場くらいはある広い庭を横切る。 

 庭の奥には、てっぺんに尖り屋根が載る、高さ十メートルほどの円塔と、横幅のある平屋がある。

 ナルとメルは、平屋の前でぴょんぴょん跳ねている。


「「早く、早く!」」


 南京錠を外し、大きな引き戸をガラガラ開ける。


「ポポラー!」

「ポポロー!」


 二人は、それぞれ自分が世話をしているポポという魔獣に駆けよる。

 床面積だけなら、普通の体育館ほどあるこの建物で暮らしているこの魔獣は、スレッジ世界から連れてきた。

 魔獣自身が同行を希望したのだ。

 彼らはピンク色をしており、地球世界のカバそっくりの形をしている。やや大きい方が『ポポラ』、もう一方が『ポポロ』という名だ。


 点ちゃん、頼めるかな。


『(^ω^)ノ はいはーい!』


 二匹の魔獣に茶色の鞍が付く。

 これは、魔獣の負担にならないよう、絶妙に調節されている。

 ナルとメルは、地面からぴょんと跳びあがると、それぞれが鞍にまたがった。


 俺は点収納から二つポーチを取りだし、それを騎乗した二人に手渡した。

 二人がそれを腰に着ける。

 このポーチには、通信用のパレットと丸薬のようなものが入ったビンが入っている。

 丸薬は、万一散歩の途中でポポが粗相したとき、それを回収するためのものだ。

 糞の上に落とせば、瞬時にそれが消えるようになっている。

 点ちゃんと俺で考えた力作だ。


「パーパ、点ちゃん、ありがとう!」

「ありがとう!」


 朝日に照らされた二人の笑顔が眩しい。これが見られるなら、早朝に起こされるのも我慢できるな。


『(・ω・)ノ ナルちゃん、メルちゃん、ポポラちゃん、ポポロ君、行ってらっしゃい!』 


 最近になって、魔獣とだけでなく、人とも念話できるようになった点ちゃんが声を掛ける。


「「行ってきまーす!」」


 ナルとメルの二人はピンクのカバに乗り、庭から出ていった。

 道で歓声が上がっているのは、二人を待っていた町の子供たちだろう。

 まあ、最近は、ポポの散歩を見るため、国外からも観光客がやって来るからね。


 遠くの聖堂で、朝を告げる鐘が鳴りだした。


 ◇


 母屋に帰ると、ルルがキッチンに立っていた。


「ルル、お早う」


「シロー、お早う。

 二人は散歩に?」


「ああ、ちょうど出たところだよ」


 ルルは、珍しくメイド服を着ていた。

 俺は朝食の用意をしている彼女の姿を眺めながら、初めて会った時のことを思いだしていた。

 俺が入浴しているところに、メイド姿のルルが突然入ってきたっけ。

 

「お兄ちゃん、なにニヤけてるの?」


「べ、別に……」


「その割に、顔が赤くなってる」


「コ、コルナ、そんなことないって」


 俺を問いつめているのは、白いワンピースを着た、小柄な獣人女性だ。三角耳を載せた可愛い顔には咎めるような表情が浮かんでいる。

 自慢のふさふさ尻尾しっぽが少し太くなっている。 

 

「きっと、ルルのメイド衣装に興奮したんでしょう」


 ハスキーな声が背後から聞こえる。

 振りかえると、すらりとした長身のエルフが立っている。黒いワンピースは、褐色の髪と共に、黒褐色の肌を持つ彼女の美貌を引きたてていた。

 ダークエルフの彼女は、いつでも怖いほど俺の心を言いあてる。


「コリーダ……朝から勘弁してよ」

 

「まあ、ここは問いつめないでおいてあげる」


 コルナとコリーダがいたずらっぽい笑顔を浮かべ、テーブルに着いた。

 

「何を問いつめないの?」


 お茶を持ってきたルルが、そう尋ねる。


「ルル、お兄ちゃんがね、あなたに見とれてたのよ」


 コルナが、ルルにウインクした。


「シ、シロー……」


 ルルの頬から耳にかけ、白い肌がさっと桜色に染まる。

 

「コルナはからかってるだけだよ、ルル」


 俺は慌ててそう言った。


「嘘は良くないわ」


 そう言いながらも、コリーダは、お茶の香りを楽しむ仕草を止めない。


「参った、参りました。

 確かに見とれてたよ。

 というか、最初にルルに会った時のことを思いだしてたんだ」


 俺はとうとう降参した。


「へえ、そういえば、ルルとの馴れそめって聞いてなかったわね」

「ぜひ、聞かせて!」


 コルナとコリーダが、口々にそう言った。


「シロー、それは――」


 隣に座ったルルの口をコルナが手で塞ぐ。

 

「しょうがないなあ。

 ランダムポータルでこの世界に投げだされ、間もない頃だったな。

『迷い人』としてアリスト城に連れていかれ、迎賓館でルルに会ったんだ」


 洞察力に優れたコリーダは、そこで納得しなかった。


「それで、初めて会ったときの様子を聞かせて」


「そ、それは……」


「シロー、言っちゃダメっ!」


 ルルが口をふさいでいたコルナの手から逃れ、そう叫んだ。


「そんなことを言うの?

 ほらほらほら!」


「い、いや、そこはダメ!

 やんっ、コルナっ、やめてっ!」


 ルルがくすぐられるのに弱いと知っているコルナが、彼女の背中や脇に触っているようだ。


「さあ、ルルを助けるためよ、正直に白状なさい」


 元王女だからだろうか、こんなときコリーダの威厳は凄い。


「(お、お風呂で会ったんだ)」


「え?

 聞こえない。

 大きな声で言いなさい」


「……お風呂で会ったんだ」


 それを聞き、ルルをくすぐっていたコルナの動きがピタリと停まる。


「お風呂……」


 コルナの顔が信じられないという表情で固まる。


「シロー、どういうことかしら?」


 コリーダの声は氷柱つららのようだ。


「コルナ、コリーダ、誤解しないでっ!

 お仕事だったの!」


 ルルは必死の表情だ。


「まさか、シローが裸だったなんてことはないわよね」


 ぐう! コリーダさん、そこを突きますか!


「お兄ちゃん!

 どうなのっ!?」


 机を回りこんできたコルナが、俺の肩に手を掛け揺さぶる。


「は、裸でした……」


 この後、コルナとコリーダの追及が苛烈かれつを極めたのは言うまでもない。

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