第4話 フランスからの招待(2)

 私はスイートルーム内の個室に戻り、シャワーを浴び、身だしなみを整えた。

 明日の会合で着るはずだったスーツを取りだす。

 これは、私の身体に合わせものを、リーダーが前もって用意してくれていた。

 パリに来る前、身に着けてみたが、採寸もせずにぴったり身体に合っていたので驚いたものだ。

 彼のやることは、なんでも魔法がかっている。


 個室から出ると、すでに身なりを整えた後藤と遠藤が待っていた。リーダーは相変わらずカーキ色の冒険者服だ。


「リーダーは、着替えなくていいの?」


「ああ、気にしないでください。

 俺はこの方が落ちつくんで」


 そんな問題じゃないと思ったが、常識で測りきれない彼のことだから、それでいいのかもしれない。


 後藤、遠藤と私は、廊下に出たリーダーの後を追った。彼は案内もされずにスタスタ歩くと、同じ最上階にあるドアをノックした。


 黒づくめの男が、ドアを開ける。スーツの脇に吊るした拳銃が見えるから、SPに違いない。 

 

 リーダーに続き入った部屋は、細長く窓がない部屋だった。

 長いテーブルの中央辺りに座っていた初老の男性が立ちあがり、近づいてきた。

 彼はリーダーと握手を交わした。リーダーと並んだことで、初老の男性が、白人にしては背が低いと分かった。


「フィル、お久しぶりです」


「ようこそ、我が国へ。

 シローさん、まさかあなたに来ていただけるとは」


 えっ、リーダー、大統領と友達づきあい?


「ははは、たまたまこちらの世界に帰っていましてね」


「あなたがいらっしゃるなら、ここでのミーティングは、成功したも同然です。

 とにかく座ってください」


「ありがとう。

 さあ、柳井さんも座って」


 彼の指示に従い、先ほどまで大統領が座っていた席の向かいに腰を下ろす。

 後藤と遠藤は、私の後ろに立つと決めたようだ。

 大統領づきのSPも何人か立っているので、それはさほど不自然ではなかった。


「初めまして。

『異世界通信社』の柳井です。

 今日のご用件とは?」


 向かいに座った大統領が黙ったままなので、私から話しかけた。

 しかし、明日になれば会合があるのに、間違いなく忙しいはず大統領がわざわざホテルまで出向いてきたのが腑に落ちなかった。


「ああ、貴方があのミズ・ヤナイですか。

 フィリップと言います。

 以後、お見知りおきを」


 お見知りおきもなにも、ニュースでよく見る顔だから。


「実は、明日の会合に先立ち、前もって話しておきたいことがあるんです」


 大統領が眉をひそめているから、それほど愉快な話ではなさそうだ。

 

「ここだけの話ですが、明日の会合、ある筋からのごり押しで仕方なく申しこんだものでして――」


「フィルの考えじゃないの?」


「そうなんです、シローさん。

 申し訳ありません。

 私も無視できない方からの圧力で」


「というと、貴族の方からの圧力でしょうか?」


 私の質問に、心苦しそうな大統領が答えた。

 

「ええ、貴族も貴族、神聖ローマ帝国から続く名家でして。

 金融関係に力を持っている、いえ、それでは言葉が足りませんね。

 一族でヨーロッパはもちろん世界の金融を牛耳っています」


「そうですか。

 その方は、明日の会合で何を狙っているのでしょう?」


「恐らく、異世界関係の利権を握りたいのだと思います」


「フィル自身じゃ、動きにくいんだろう?

 こっちで何とかするから、任せとくといいよ」


 リーダーはいつもの調子だけど、私は気が気ではない。


「本当に大丈夫でしょうか?」


「ああ、俺に考えがあるから」


「シローさんにそう言っていただけると心強い。

 彼が何かしても、我が国との関係を絶たないでくださいますか?」


「うん、そこは気にしなくていいよ」


 リーダーのその言葉を聞き、大統領は目を閉じ、大きく息を吐いた。


「よ、よかったです。

 万が一、そんなことにでもなれば、我が国はお終いですから」


 大統領のその言葉を聞き、さすがにそれは大げさだとおもったが、黙っておいた。


「フィル、じゃ、今日のミーティングは、これでいいかい?」


「ええ。

 貴重なお時間を取らせてしまい申し訳ありません。

 では、明日の会合で、またお目にかかります」


「そう?

 じゃ、また明日」


「失礼します」


 五人のSPを伴い、大統領が部屋から出ていく。

 

「リーダー、お話から考えると、大統領が話していたのはストーナン家だと思いますが、本当に大丈夫でしょうか?」


 後藤は、凄く不安そうだ。 


「まあ、大丈夫だよ」


 リーダーは、顔色一つ変えていない。

 

「それより、明日は政府招待の正式な会合だし、ダンスもあるってことだから、柳井さんはドレスを用意しとかなくちゃね」


「えっ!?

 ダンスですか?」


「うん、会合の前にあるみたい」


「ダ、ダンスなんて、私、ほとんどやったことないですよ」


「まあ、俺に任せておいて」


「ダンスなんてあっても、私、踊れませんよ」


「ははは、気にしないで、俺が何とかするから」


「でも、さすがにダンスはどうにもならないでしょ?」


「ふふふ、まあ、その時のお楽しみかな」


 リーダーはいたずらっ子のような表情で笑った。


「さあ、じゃ、午後の買い物に行こう。

 後藤さんと遠藤も、お供してよ?」


「ええっ!?

 まだ買うんですか?」


 後藤が悲鳴を上げる。

 私がそれに追いうちを掛けた。


「まだまだだよ。

 お菓子ペストリー関係は、まだ回ってないじゃない」


「……」


「さあさあ、みんな行くよ。

 そうだ、柳井さんは、ドレスを試着しなきゃいけないから、脱ぎやすい服に着替えておいて」


「も、もう、リーダーは強引ですね。

 それに脱ぎやすい服って何ですか。

 女性にそういうことは言わない方がいいですよ」


 私の指摘に、リーダーの顔が赤くなる。 

 

「ご、ごめん!

 まずいこと言っちゃった?」


「言いましたね」


 遠藤が、ぼそっと答えた。


「あー、点ちゃん、ホント頼むよ」


 どうやら、リーダーは、彼の魔法キャラクターと話した上、さっきの発言をしたらしい。


「ふふふ、どうやら、『点ちゃん』には、頭が上がらないようですね、リーダーは」


 私の言葉を聞いたリーダーは、なぜか絶望したような顔をした。

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