第80話 英雄と陰謀(5)


 舞子の屋敷で夕食を終えた俺は、コルナを屋敷の外まで連れだした。


「お兄ちゃん、ナルとメルの様子が――」


「コルネが見てくれてるよ。

 今は俺についてきてほしい」


 そう言うと、コルナは黙った。

 夜の草原に、飛行型の点ちゃん1号を出す。

  

 今夜は月がない夜だから、灯りがわりに、魔術で作ったゴルフボールサイズの光球を幾つか宙に浮かせる。

 光球で照らされ淡く輝く白銀の機体は、とても幻想的だった。


 コルナの手を取り、降ろしたタラップから点ちゃん1号の中へ招きいれる。


「うわあ!」


 コルナが思わず声を上げる。

 機内は、この時のために俺が工夫を凝らした内装になっている。

 落ちついた茶色を基調とした色合いで統一してある。

 かつてコルナが住んでいた、狐人領の巨城で見た内装、それを参考にしてある。

 

「なんか落ちつくなあ」


「さあ、ここに座って」


「あっ、これって――」


「気がついた?

 緑苔で作ったソファーだよ。

 緑苔だけだと柔らかすぎるから、その辺、工夫してある」


 内部にクッションを入れ、それを覆う形で緑苔を入れてある。通常のクッション、緑苔、二層式のソファーだ。


「ふわふわだね~。

 だけど、これだとすぐに眠くなっちゃう」


「そうでしょ、だからこれを飲んで」


「黒いね。

 地球世界で飲んだ苦い液体じゃないよね?」


 コルナは、コーヒーが苦手みたいだからね。


「ああ、コーヒーね。

 でも、これは違うよ」


 コルナは、それを一口飲んで目を見張った。


「美味しいっ!」


「この味が好きだと思ったよ」


 彼女が好む味からたどり着いたのが、このお茶だった。


「これ、お茶でしょ?

 初めて飲んだけど」


「うん、これはドワーフ族が飲んでいる『鉄茶』って言うんだよ」


「ふうん、『鉄茶』かあ」


「ああ、ただし、普通のとはちょっと違う極上品だけどね」


 これは、ドワーフ皇国秘蔵のものを、シリル女王陛下が褒美としてくださったものだ。

 世界群にも同じものが二つとないという、極めて貴重なものだ。


「これ、『べらぼうめえ』な高級品ね」


 ああ、また舞子から『べらぼうめえ』なんて言葉を習ったな。


「ああ、そうだよ。

 コルナ、帰りは狐人領に寄るかい?」


「……うーん、コルネにも会えたし、アリストの『くつろぎの家』に帰りたいかな」


「点ちゃんに頼めば、狐人領のお城まで一瞬だよ」


「そうねえ、だけど今回はよしとくわ。

 この後、みんなでドラゴニアに行くんでしょ?」


「ああ、その予定だよ」


「あの子たちに早く会いたいから、今回は狐人領に寄らなくていいよ」


 コルナが「あの子たち」と言ったのは、彼女がお母さん役をしている三体の子竜のことだろう。


「そうだね。

 君がそれでよければ。

 さて、この辺でいいかな」


 点ちゃん1号を、空中で停止させる。


「お兄ちゃん、何が始まるの?」


「お茶を飲みながら楽しんでね」


 暗いから見えないが、点ちゃん1号を停めたのは海の上空だ。

 これからすることには、ここが便利なのだ。


 さあ、点ちゃんいいよ。


 ドーン!


 闇の中、とりわけ大きな花火が空に咲く。

 花火はとんがり耳が二つついた形をしていた。


「うわーっ、綺麗!

 あっ、あれ、私?」


「そう、コルナ花火だね」


 ドン!

 ドン!

 

 花火が次々に上がる。

 花火は海に映り、同時に二つ上がったように見える。


「あっ、あれはナルとメルね!

 それから、あれがルル、あれがコリーダね」


 花火は続けざまに上がり、夜空を彩っていく。


「あれは、おじい様。

 それから、ミミ、ポル。

 デロンチョコンビのもあるのね!」


「そうだよ」


「あの誰かがもう一人の頭を叩いてるのは?」


「ああ、エレノアさんとレガルスさんだね」


「ブラン、ノワール、コリンの花火もあるのね」


 最後にもう一度、特大のコルナ花火が上がった。

 これは、コルナとコルネの姉妹を花火にしたものだ。

 ブランも「ミー!」(最高ー!)と太鼓判を押してくれた。


 花火が終わっても、コルナはしばらく黙っていた。


「エンデさんたちのは?」


「ああ、エンデとデメルは加藤の家族になるだろう?

 だから、今回は花火にしなかった」


「今度やるときは、キツネさんたちの花火も作ってあげて」


「うん、分かったよ」


「あー、楽しかった。

 でも、何でもそうだけど、楽しいことは一瞬ね」


 コルナが鉄茶を飲みほす。

 俺は二杯目をすぐに注いだ。


「一瞬?

 そうでもないよ。

 実は、花火は前座なんだ」


「どういうこと?」


 お茶道具と二つのカップをお盆に移すと、それを部屋の隅に置く。

 指を一つ鳴らすと、テーブルとソファーが消える。

 再び指を鳴らすと、布団のようなマットが現れた。

 大きさは余裕をもって、キングサイズにしてある。


「コルナ、ここに横になってごらん。

 ああ、上を向いてね」


「こう?」


 機内の明かりを全て消した。


「このマットも、ふわふわね。

 だけど、これ、どういう意味が……ああっ!」


 花火を見た後、少し時間がたったことで、コルナの目は暗さに慣れてきたはずだ。

 そして、透明にした機体の天井を通し、そこには満天の星が広がっていた。

 月が出ていない空だからこそできた芸当だ。


「凄いでしょ」


「……」


 コルナは言葉を失い、空を見上げている。


「点ちゃん、ありがとう!」


『ぐ(≧▽≦) えへへ、どういたしまして』   


「少しだけ、シローと二人きりにしてくれる?」


 コルナが珍しく「お兄ちゃん」ではなく「シロー」呼びになっている。


『(*'▽')ノ はーい。ブランちゃんも、隣の部屋に行こうね』


「ミ、ミー」(まあ、いいよ)


 二人きりになると、コルナが同じく横になった俺の手を握る。

 

「シロー、あなたは、私が夢に見た通りの人だったわ」


「コルナは、最初会ったときより、何倍も綺麗になったよ」


「もうっ!

 それじゃあ、最初が不細工だったみたいじゃない」


「ははは、最初は畏れおおい存在だったから」


「獣人会議議長が?

 そうでもないよ。

『神樹の巫女』なら、まだ分かるけど」


「今回も、世界群を救ってくれた」


「それは、みんなが協力したからでしょ」


「猫賢者様から詳しく伺ったんだけど、修行は命懸けだったそうだね」


「ははは、自分ではそんなこと気にかけなかったけど」


「こうしてここで、世界を救った美女と星を見てるなんて信じられないね」


「び、美女……」


「そう、空の星よりずっと綺麗なね」


「……ぷっ、あはっ、あははははっ――」


「おいおい、真面目に言ってるんだから、笑うのはないだろう」


「ははは、はあ、おかしかった。

 コリーダがね、「シローは時々、凄く面白いことを言う」って言ってたけど、このことだったのね」


「なんか、釈然としないなあ」


 星が急に見えなくなると、唇に柔らかいものが当たった。

 

「これで機嫌直してね」


「……」


 コルナと初めて唇を交わしたと気づいた俺は、闇の中でまっ赤になっていた。

 俺たち二人は、夜が白むまで手を繋ぎ星を見ていた。

 

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