第65話 終わりと始まり(3)


 連合軍はアリスト軍の精鋭を残し、その大部分がスレッジ世界を引きあげた。マスケドニア王と軍師ショーカに率いられているから、道中は何の問題もないだろう。

 畑山さんや加藤は、軍の残りと一緒に帰ることになっている。


 シリルは、畑山さんにつききりで女王としての心得を教えてもらっている。最初は渋々だった畑山さんも、シリルの人柄とその熱心さに打たれ、真剣に取りくんでいる。二人はなぜかとても仲良くなり、休憩時間になると一緒に大きな神獣、ウサ子たちをモフっている。


 シリルはこれで大丈夫だろう。しかし、俺にはまだ懸念が一つ残っていた。

 相当数の竜人がまだ見つかっていないのだ。

 見つかった竜人は、ドワーフ皇国郊外の草原に造った『土の街』に保護してある。彼らの話からも、まだ多くの竜人がどこかに残っているはずなのだ。 

 黒竜族の女性リニアも、きっとその中にいる。


 点ちゃんの探索能力で探りだせないところをみると、人と接触がない場所に隔離されている可能性が高かった。


 二か国の旧体制が崩壊した今、隔離されているなら一刻も早く見つけだす必要があった。


 ◇


 俺は巨人の長から念話を受け、エミリー、翔太、そして家族と仲間を連れ、『大きなるものの国』を再び訪れた。


「シロー殿、よう参られた」


「おばば様からお話があるとのことですが」


「そうなのじゃ。

 着いてすぐで申し訳ないが、一緒に行ってもらえるか?

 そうそう、『聖樹の巫女』様とその『守り手』の方、シロー殿のご家族やお仲間も一緒に来てほしいとのことじゃった。

 我らも同行するでの」


「分かりました」


 里長の家から外に出て驚いた。

 小雨の中、老いも若きも巨人たちが、家の前にある広場に集まっているのだ。 

 なぜか、みんなが不安そうな表情をしていた。


 村長、俺たち、村の衆という順に『鎮守ちんじゅもり』に入って行く。

 皆がおやしろの前に着くと、村長は何か呪文を唱えてから、その扉に手を掛けた。


 音もなく扉が開く。

 巨人族の少女は、前と変わらぬ姿でそこにいた。

 神樹の幹から「生えて」いる、巨人の少女を初めて見た、俺の仲間が息を呑む。 


 巨人たちはみな平伏し、俺たちも片膝を着いた姿勢となった。

 立っているのは、エミリーと翔太だけだ。


 琥珀色をしたおばば様の目が開くと、ゆっくりした波動のような声が周囲を満たした。


『皆の者、よくぞ里とこのもりを守ってくれたの。

 感謝する』 


 平伏した巨人たちから、祈りのような言葉が聞こえる。


『今日は、頼みたいことがあっての』


 彼女はそこで一度言葉を切った。


『巫女様、どうかこのもりに祝福をくだされ』


 目が見えないだろうおばば様が、エミリーの方を向いた。


「分かりました。

 すぐに取りかかります。

 シローさん、『枯れクズ』をお願いできますか」


 俺は点収納から、『光る木』の神樹様が残した『枯れクズ』を取りだした。

 杜の神樹全ての根元に一つずつ埋めるのだから、かなりの数を用意する。

 里の衆と俺の家族、仲間が一つずつ、『枯れクズ』の欠片を手にした。


「神樹の根元には、すでに穴が開けてあります。

 そこに、これを入れてください」


 長が腰に着けていた袋から青い布を出し、それをみんなに配った。

 

「穴に欠片を入れたら、土をかぶせてください。

 終わった神樹には、どこかに青い布を巻いてください」


 エミリーの説明は淀みがない。

 前もってこの手はずをおばば様から聞いていたようだ。


 小雨でしっとり湿った杜に、巨人たちが入っていく。

 俺も近くに立つ神樹の根元に、『枯れクズ』の欠片かけらを埋めた。


 エミリーは、特に大きな欠片をおばば様のお社がある神樹の根元に埋めている。

 翔太が呪文を唱えると、その穴は一瞬で埋まった。


 やがて、杜のあちこちから、手を泥だらけにした巨人たちが帰ってきた。

 全員が再びおばば様の前に控える。


 深呼吸したエミリーが、その両手をおばば様と一体化した神樹の根元にかざす。

 今まで見たことのない、強い光が彼女の手から流れでた。

 その光はおばば様の神樹を光らせると、ゆっくり周囲に広がっていく。


 今や杜全体が神秘的な光に包まれていた。

 その光が一際強くなる。

 やがて、すうっと光が引いていった。

 エミリーがふらりと倒れかかる。

 すかさず翔太がその体を支えた。


 点ちゃん、エミリーは?


『(Pω・) 大丈夫ですよー。気を失ってるだけです』


 杜のあちこちから、嬉しげな鳥の声がする。

 周囲が力強く清浄な気に満たされていくのが感じられる。


「「「おおおお!」」」

 

 巨人たちから、感動の声が漏れる。


『里のみな、長い間ワレの世話ご苦労じゃった』 


 おばば様の体が薄青く光っている。


『ワレは今、神樹と一つになる』     


 何かを悟ったのだろう。巨人たちから嗚咽が漏れる。


『ワレが生きるために、この神樹には無理をさせておったでな』


 おばば様の顔が俺の方を向く。


『英雄シローよ。

 里への助力、感謝する。

 近く聖樹様を訪れよ』


 おばば様の言葉が続く。


『力ある白きものよ』


 その言葉を聞いた白猫ブランが、俺の肩からぴょんと跳びおりると、器用に神樹を伝いおばば様の右肩に乗る。

 おばば様が首を傾げ、顔をブランに近づけた。

 ブランが体を精一杯伸ばし、その右前足でおばば様の額に触れる。


 彼女はおばば様の肩から跳びおりると、空中でくるりと回り着地した。

 俺の肩に戻ってくると、肉球で俺の額に触れる。

 その瞬間、俺はおばば様が伝えたかったことが分かった。


『みなのもの、これからもこの杜を守ってたもれ』


 巨人は、すでにみんな号泣している。   


『点の子よ。

 お主も、あるじと共に世界群を守っておくれ』


『(^▽^)/ うん、分かったー!』


『聖樹の巫女様、みなの者、いざさらばじゃ』 


 おばば様は、そう言うと琥珀色の目を静かに閉じた。

 その大きな体が、ゆっくり神樹へ沈んでいく。


「「「おばば様ーっ!」」」


 巨人たちの悲痛な叫び声が重なる。

 降りしきる雨の中、俺たちは、おばば様の体が神樹の中に完全に消えるまで見守った。


 ナルとメルがルルにしがみつき、涙を流している。

 いつの間にか雨があがったのだろう、木漏れ日が澄んだ光をもりの中へ運んでくる。

 他のみんなは、日暮れまでおばば様が二百年を過ごしたやしろの前を動かなかった。 

 

 おばば様の最期のお心を果たすため、俺は一人、点ちゃん1号で東へ飛んだ。 

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