第64話 終わりと始まり(2)
「ど、どうなってる!?」
加藤は自分が空に浮いてるのを知り、驚きの声を上げた。
足元には毛皮が敷いてあり、置かれたテーブルの上には冷えたグラスと生ハムやフルーツ、パンとチーズが置かれている。
目の前にあるソファーには、女王畑山が座っていた。
「ああ、これね、ボーに頼んでおいたのよ」
「お、おい、あいつ一体なにやってる……」
「心配したのよ」
畑山の声が、急にしんみりしたものになる。
「えっ?」
「あんたが行く先もはっきりしないポータルを
「ああ、ボーが一緒だから、どの世界に行ったとしても帰ってこれるだろ」
「馬鹿っ!
それでも心配なものは心配なの!」
畑山がその体を加藤にぶつける。
加藤は、反射的に彼女を抱きしめた。
「ごめん、心配かけちゃったね」
「こちらに来てから何があったか、話してくれるんでしょ?」
「あ、ああ」
点魔法で造られた箱の中で、二人はテーブルをはさんで座り、上等な食べものと飲みものに舌鼓を打った。
「そう、あなたらしいわね。
ところで、その助けようとしたエンデって人には会えたの?」
「あ、ああ、城にいたみたいだ」
「ふぅん……まさか、さっきいた女の中に、その人がいるなんてことはないわね?」
「あ、ああ……」
加藤には、そう答える以外に道がなかった。
「こっちに来て」
畑山が加藤の手を取り、彼をソファーに誘導する。
「最高の座り心地ね。
ボーって、こういうところは手を抜かないわよね」
二人が座るソファーからは、月明かりに照らされた夜の海が見下ろせた。
「あいつも、ルルさんとのことで、こういう技を使えって言いたいよね。
それを――」
加藤が何か言いかけたが、その口を畑山のそれが塞いだ。
スレッジ世界に浮かぶ大きな銀色の三日月が、無言で熱い二人を見おろしていた。
◇
アリストの冒険者パーティ『ハピィフェロー』がスレッジ世界にやって来た。
彼らが訪れたのは、ドワーフ皇国王城だ。
「シロー、元気そうだな!」
『ハピィフェロー』のリーダー、ブレットが手を差しだす。
俺はその手をぐっと握りかえした。
「遥々来てくれてありがとう」
「ガハハハ!
またでかい事やらかしたな!」
大男マックが俺の背中をバンバン叩く。
彼もブレットたちと一緒にこの世界へ来たのだ。
「今回は大事な任務があるからな。
ところで、デデノたちは準備ができてるか?」
マックが言っているのは、ルルと一緒にスレッジ世界へやってきた獣人冒険者のことだ。
「ええ、全員集めてあります」
俺は彼らを城の一室に案内した。
◇
その部屋には、デデノたち冒険者が四人と初老の男が二人いた。
一人はドワーフで、俺が知っている顔だ。
「シロー、こちらの二人は?」
ブレットが初老の二人を指さす。
俺が紹介する前に、男たちが口を開いた。
「ギルドの方々ですな。
初にお目にかかる。
ワシはセルゲじゃ」
「同じく初めましてだな。
私はミャートと申す」
名前を聞き、もう一人の素性も分かった。
なるほど、そういう事か。
「シロー、このやけに貫禄がある爺さんたちは誰だ?」
ブレットの質問に俺が答える前に、部屋奥の扉が開き、三人の竜人護衛と侍女ローリィを連れ、女王シリルが入ってきた。
「長旅ご苦労であった」
シリルはそれだけ言うと、すっと長テーブルの奥に座った。
彼女は、すでに女王としての威厳を身にまとっている。
「シ、シ、シロー、こちらの方は?」
相変わらずブレットは女性の前で弱くなるな。
「ドワーフ皇国の女王陛下だよ」
「げっ!」
相手が誰か分かった『ハピィフェロー』の面々が席を立ち、膝を着こうとする。
「そのままでよい。
この度は、父上たちに連絡があるそうだな」
シリルがマックの方へ鷹揚に頷く。
「はい、ギルド本部長ミランダ様からこれを預かっております」
マックがぶ厚い胸板を覆う革鎧に手をつっこみ、羊皮紙のようなものを二枚取りだした。
太く良く響く声で、それを読みあげる。
「セルゲを、ドワーフ皇国中央ギルドのギルドマスターに任命する。
また、ミャートをヒュパリオン帝国中央ギルドのギルドマスターに任命する」
「「謹んで承る」」
初老の二人が頭を下げ、声を合わせた。
「シロー、これってどういうことだ?」
まだ事情がよく呑みこめないブレットが俺に尋ねる。
「ああ、前国王二人がギルドのマスターになったってこと」
「げっ!
ぜ、前国王……」
さっき、前国王二人を「貫禄ある爺さん」呼ばわりしたブレットが青くなっている。
「父上、本当によいのですか?」
シリルが、父であり前王であるセルゲに話しかける。
「女王陛下、我らの不徳から世界群崩壊の危機を招いたのですから、神樹様をお守りする仕事に就くことこそ、その償いなのです」
人前であることもあり、セルゲは実の娘シリルに対し、あくまで
「父上……」
シリルのつぶらな目が、涙で一杯になる。
「組織運営のプロである前国王がギルマスやってくれるんなら、この世界のギルドは安心だな、ガハハハ」
さすがにマック、場の緊張感に呑まれていない。
「
「いろいろご指導たまわりたい」
二人の前国王は、あくまでも腰が低い。
「おう、デデノよ。
お前ら、二人ずつ分かれて、しばらく両ギルドのサポート頼めるか?」
マックが、ざっくばらんな口調で獣人冒険者に話しかける。
「ええ、そりゃ、構いませんが……」
彼らも一旦は獣人国へ帰りたいのだろう。
「ここだけの話だが、お前らこの任務果たしたら金ランクだぜ」
マックの言葉を聞き、デデノたちが驚く。
「き、金ランク……」
「おうよ、それ以外にもグレイル世界に帰った日にゃ、お祭り騒ぎが待ってるぜ」
「ど、どうしてそんなことに?」
「どうしてだろうなあ」
マックが意味ありげに俺の方を見る。
俺は慌ててブレットたちに話しかけた。
「ブレット、みんな、グレイルまで大聖女様の護衛よろしく頼むよ」
「うん、まかせて」
「ええ、分かってる」
「あいよ」
「大丈夫なんだな」
「ところでシロー、お前、この世界からは、かわい子ちゃんを連れかえったりしないよな?」
最後にブレットが導火線に火を点ける。
「シロー、それはどういうことじゃっ!?」
ほら、シリルが食いついちゃったよ。やれやれ。
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