第52話 決戦へ(上)


 

 ドワーフ皇国と帝国の軍隊は、地峡近くにあるドワーフ皇国の中規模都市周辺に集結した。

 百万の軍勢だ。軍の上層部だけが街の施設を利用し、兵士はそのほとんどが街の外でテントを張り、そこを宿舎とした。


 ここで二泊の後、一気に『巨人の里』へ攻めこむ手はずになっている。

 移動に八日ほどかかる予定だから、決戦は十日後となるだろう。


 ドワーフ皇族が利用する離宮の一室に、女王ソラルと国王ガーベルの姿があった。

 部屋の周囲は多数の騎士たちが見張っており、部屋の中には二人だけがいた。 

 

 ソラルはゆったりした光沢がある赤いローブ、ガーベルは、胸元の開いた白いシャツとスラックスという軽装だ。

 彼らは光沢がある白い丸テーブルに二つのグラスを挟んでむかい合って座り、お互いの目を覗きこんでいた。


「いよいよだな」


「ええ、ここまで長かったわ」


「宝の山を前に、手をこまねいていた先祖の気が知れぬわ」


「ほほほ、ご先祖様を悪く言うものではないわ」


「よく言うぜ。

 これから自分の父親を処刑しようという女が」


「ほほほ、それはあなたも同じでしょ」


『巨人の里』攻略後の日程は、すでに半年後まで決まっていた。

 まず二人の婚姻、そして、前王の処刑と、行事は目白押しだ。

 

 この二人はお互いのことを深くしていた。お互いが信用できないという事さえも。

 

 ◇


 点ちゃんからの情報で、同盟軍の動静を逐次伝えられていた俺は、いつ敵が攻めてくるか巨人族の里長に告げた。


「まさか、ワシの代に二百年前の悲劇が繰りかえされようとは……」


 里長バルク老は諦めたような声で、そう言った。


「何としても、二百年前の繰りかえしは避けなければなりません」


 俺はそう言いながら、この戦いの難しさを考えていた。

 敵が所持するドラゴナイトの総量はある程度つかめたが、それは思ったより多かった。その使われ方によっては、巨人たちの助力に期待できない可能性があった。


 襲ってくる敵の数は百万を超えそうだが、本当の問題は、戦力差より、いかにこの世界の人々にドラゴナイトの使用や異世界侵略を諦めさせるかだ。

 それができなければ、この戦いを凌いでも、彼らは何度でも異世界を侵略しようとするだろう。

 彼らの心に深く刻みこまねばならない。異世界を侵略するのが、いかに愚かであるかを。


 最悪の場合、何十万という敵兵を消すのも、やむを得ない。俺はそう覚悟を決めていた。

 ポータルズ世界群を守るためなら、その罪を一人で背負う覚悟だ。


 ◇


「はあ、はあ、も、もうダメ……ちょっとだけ休ませて」


 草原を疾走するポポの上で、イオが弱音を吐く。

 ポポの大群が立てる足音で、それがナルとメルに聞こえたとは思えなかったが、なぜかピンクのカバ型魔獣たちは、その足を停めた。


「きゃははは」


 無邪気に笑っている幼子おさなごを抱えると、イオはよろよろとポポから降りた。

 上手く着地できず尻もちをついたが、さすがに子竜はちゃんと両手で守っていた。


「イオちゃん、だいじょうぶ?」


 メルが話しかけてくるが、彼女は荒い息をつくだけで返事ができない。

 子供の姿をした真竜がぴょんと飛びあがり、メルの胸に抱かれた。


「イオちゃんの面倒を見てくれてありがとう」


 ナルがメルに抱かれた子供の頭を撫でる。

 ポポが走行中、イオは子竜に抱きつくことで、落下をまぬがれていたのだ。


「きゃははは」


 子竜はお姉ちゃんから褒められ、満面の笑顔で笑った。

 ふらふらのイオも、その笑顔を見ると少し元気が出たようだ。


「シローお兄ちゃんの所まで、あとどのくらい?」


「そうね、ちょっと見てくる」


 ナルはそう言うと、真竜の姿となった。

 彼女は空に舞いあがると、あっという間に東の空へ消えた。


 イオとメル、幼子たちが、クッキーや果物を食べていると、ナルが帰ってきた。

 真竜の姿から少女の姿に変わる。


 イオはその顔色を見て、何か悪いことがあったとすぐに気づいた。


「パーパのいる所は分かったけど、もの凄い数の人たちがそっちに向かってたよ」


「お姉ちゃん、どのくらいの数?」


 メルも、いつになく真剣な表情だ。 


「そうね、星の数くらいだと思う」


「シロー兄ちゃんの味方ってことはない?」


「それは、絶対にないと思う。

 悪い匂いがしたから」


 イオは、ナルが言う「悪い匂い」というものが何か分からなかったが、彼女の言うことを信じた。


「じゃ、急がないとね。

 でも、私たちが行って役に立つかしら?」


「私、パーパの所に行く!」

「メルもー!」


「やれやれ、じゃ、出発しましょうか?」


 イオは、仕方なく立ちあがった。


「イオちゃん、もうそんなに遠くないから」


 ナルが励ますように言う。


「えっ、そうなの? 

 よかったー!

 私、もう死にそうだったの」


「多分、お日様が沈む前には着くと思うよ」


「えええっ!

 まだ遠いじゃない!」


「さあ、行きましょう」

「いこー!」 


 ナルとメルが自分の言葉を聞いていないようなので、イオはがっくり肩を落としたが、それでも二人の助けを借り、再びポポの上にまたがった。 

 人化した子竜の子供が、ぴょんと跳ねると、ぽふんとイオの前に座った。


 ポポの群れは、六人の『ちいドラ隊』を乗せ、再び草原を走りはじめた。

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