第37話 人族の王国(4)
俺は、人族が支配するヒュッパス大陸の、主だった都市の上空から無数の点をばらまいた。
わざとゆっくり時間をかけ、出発してから二日後の夕方、ドワーフ皇国王都近くの草原にある『土の家』に戻った。
首輪の事で疲れきったシリルを背負い、家の中に入る。
俺の姿を目にした青竜族の若者が膝を折ろうとしたが、禁止事項を思いだしたのだろう、なんとか平伏するのを思いとどまった。
「ただいま」
俺が気軽に声を掛けると、彼は首をブンブン縦に振っている。
「お、帰ったか。
こっちは、特に何も無かったぞ。
しかし、隣の二人は、気持ちいいほどよく食うな」
加藤が、呆れたような声を出す。
留守中、チビとポポは、好き放題食べていたようだ。
「シリルちゃん、どうしたんだ。
やけにぐったりしてるな」
「ああ、後で事情を話すからな。
それより、ローリィがかなり疲れてる。
まだ、1号に残ってるから、介抱してやってくれ」
「ああ、分かった」
シリルとローリィを寝室で休ませると、二人以外を居間に集める。
「で、人族の国はどうだった?」
加藤が俺に尋ねた。
「ああ、一応、準備はできた。
後は、竜人全ての所在が分かるのを待つだけだ」
「シローとやら、一体どうやったらそんなことができるのじゃ?」
デメルが呆れ顔になっている。
それには答えず、人族の国ヒュパリオン帝国でもクーデターが起きていた事を告げた。
「しかし、本当にソラル姉さまは、人族などと手を結ぼうとしておるのか?」
デメルには、人族に対する偏見がかなりあるからね。
「ああ、普通ならそうしないだろうが、今回は共通の目的があるようだ」
「なんだ、それは?」
「デメル様は、『大きなるものの国』をご存じですか?」
「な、なぜ、そちがそれを知っておる!」
デメルも、その場所の事を知っていたようだ。
「人族は、『巨人の国』と呼んでいるようですが、ドワーフ皇国と帝国は、力を合わせてそこを攻めようとしているようです」
「しかし、我が国の王は、代々その地を保護してきたのじゃぞ」
「だからこそ、あなたの姉は、前皇帝が邪魔だったのでしょう」
「なんたることだ……姉上の優しい表情の下に、そのような野望が隠されていたとは!」
「ところで、デメル様、あなたは奴隷制度についてどう思われていますか?」
「うむ、わらわは、あまり良い制度とは思うておらん」
「なぜです?」
「考えてもみい、人は強制されて働かされるより、己から働くときこそ生産力が上がるのじゃ」
このデメルという娘は、ただシリルにイジワルするだけの、お転婆ではなかったようだ。
「ま、まあ、この考えは、人から教えてもろうたのだがな」
デメルが頬を染め、加藤の方を見ている。
モテモテぶりにもほどがあるぞ、勇者加藤。
「シリルはどうもそのことが理解できないようだから、首輪を着けてもらった」
「おい、史郎!
お前、何てことしたんだっ!」
加藤が本気で腹を立てている。
俺の事を『ボー』ではなく、『史郎』と呼んでいるのがその証拠だ。
「このお姫様のように、誰もが理性で物事を考えられるわけじゃないんだぞ、加藤」
俺がデメルを指さすが、彼は真剣な顔つきで俺を見ている。
なるほど、この顔つきに女性は弱いのか。
『へ(u ω u)へ やれやれ、この人は、全く……』
加藤が両腕を伸ばし、俺の胸倉をつかんだとき、声が掛かった。
「シローの言うとおりじゃ。
カトー、落ちつけ」
寝間着代わりの白いローブを着たシリルが、ドアの所に立っていた。
彼女はゆっくり席に着くと、お茶を入れるよう手で俺に合図した。
彼女の前に、湯気が立つカップが現われる。
彼女はそれを一口飲むと、話を続けた。
「わらわは、奴隷制度を国の文化だと思うてきた」
彼女が言葉を止め、悲痛な表情を見せた。
「それがあのような苦痛を、人々に与えていたとはな……」
彼女の目から、涙がつうとこぼれた。
「わらわ、一生の不覚じゃ」
しばらく黙った後、彼女が続ける。
「お主たちにも、辛い思いをさせてきたの。
すまぬ」
竜人たちに向け、彼女は深く頭を下げた。
当の竜人たちが、すごく驚いている。
それはそうだろう。
最も身分が高い者が、最下層の自分たちに頭を下げたのだから。
「シローが目を覚ませてくれなければ、わらわは、あのままじゃった」
シリルはそう言うと、机に伏し号泣を始めた。
いつの間にか部屋に入ってきたローリィが、そんなシリルを椅子ごと抱きしめる。
加藤は、握っていた俺の服をやっと放した。
「ボー、だけど、シリルちゃんには、きちんと謝っておけよ」
「ああ、分かってるよ」
俺は、友人の目をまっ直ぐ見た。
「おい、なんだその目は、尊敬したような目で俺を見るなよ、気持ち悪い!」
いや、本当に尊敬してるんだがな。
「私も、あなたを尊敬しています」
デメルが胸の前で両手を合わせ、キラキラした目で加藤を見る。
なんか、この娘、キャラが変わっちゃったよな。
恋の魔法は強力無比だな。
『へ(u ω u)へ やれやれ……』
ともかく、次にやることは、『大きなるものの国』訪問か。
ゆっくりする時間がとれそうにないことを考え、俺はげんなりするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます