第34話 人族の帝国(1)



 スレッジ世界には、ドワーフが住むメルゲン大陸の他に、もう一つ、人族が住むヒュッパス大陸がある。

 メルゲン大陸にあるドワーフ族の王都でクーデターが起きたころ、ヒュッパス大陸にあるヒュパリオン帝国の帝都でも政変が起きていた。


 第二王子ガーベルが謀反を起こし、国王として立ったのだ。

 その際、もう一つの大陸から大量に持ちこまれたドワーフの武器が使われた。

 その高性能な武器のおかげで、最初の劣勢を覆し、王子は王座を簒奪さんだつできたのだ。


「フフフ、今頃は、向こうも上手くやっているだろうよ」


 長身で甘いマスクの新国王は、何度か密会したドワーフの皇女ソラルの事を思いだしていた。

 一目見てお互いが同類だと気づいた彼らは、まずは個人的な約束、そして組織同士の密約と、その関係を深めてきた。

 自分とソラル、共通の目的への第一歩は上手くいった。

 次は、国内の反乱分子を排除することだ。

 

「反抗するものには一切容赦するな」


 玉座から臣下に命令する彼の顔には、ソラルと変わらぬ静けさがあった。


 ◇


「おい、ボー、さすがに、あの状況で花火はないんじゃないか?」 


 さっき『選定の儀』で俺がした事に、加藤が呆れている。

 俺たちは、透明化を施した『土の家』で作戦会議を開いていた。


「ああ、言ってなかったが、あれってパフォーマンスだけじゃないから」


「えっ?

 何か目的があったのか?」


「俺の点魔法は、対象に点が付いているとき最大の効果を発揮するんだ。

 あそこで打ちあげた剣には、無数の点を着けてたんだ」


「おいおい、点が闘技場に散らばったからって、兵士全員につくってこたあないだろう」


「あの時散らばった点には、特別な設定がしてあるんだ。

 点がついた人が誰かに会えば、その人にも点がつくようになってる」


 点の情報が表示されたパレットを、加藤に見せてやった。

 

「この赤いのが?」


「ああ、点がついてる人を表している」


 見ている間にも、点が増えていくのが分かる。


「よくこんなこと思いつくな」


「まあ、俺と点ちゃん、二人で考えてるからな」


『(*'▽') エヘヘ』


「じゃが、ここに逃れたのはいいが、これからどうするつもりじゃ、シロー」


 夜遅い時間だが、さっきまで寝ていたからか、シリルは元気に見える。

 まあ、内心は姉であるソラルのことが気に掛かっているんだろうけどね。


「そうですね。

 まずは、相手の出方を見ませんと。

 それに、こちらの準備も、まだできておりませんし」


 準備とは、この世界に連れてこられた竜人全てに点がつくことだ。

 この大陸にいる竜人全てに点がついても、もう一つの大陸が残っている。

 シリルたちの話だと、この世界に連れてこられた竜人は、人間が住む大陸でも、竜闘士や奴隷となっているそうだからね。


「準備ができるまでに、まずチビを故郷に連れていこうと思う」


「おい、お前、『チビ』とは誰じゃ?」


 ふてくされた顔で席に着いていたデメルが口をはさむ。


「ああ、隣の家にいる巨人のことだよ」


「なんじゃと!

 巨人なんぞのために、わらわを後回しにするとは、どういうことじゃっ!」


「巨人なんぞ?」


 俺が低く強い声を出す。


「俺の友人にそんな口を利くな。

 次やったら、玉座の間に送りかえすからな」


 俺の声に、デメルがかぶせる。


「なんじゃとっ!

 人族風情ふぜいが、わらわに――」


 デメルが言葉を失う。

 テーブルに着いているみんなの顔が青くなる。

   

「……綺麗じゃな」


 シリルだけは、こちらを見てうっとりした顔をしている。 

 俺は、めったにしない真面目な顔を、両手でつるりと撫でて消した。


「デメルちゃんだっけ?

 あんた、ボーにあの顔させるなよ。

 次は、命がないかもしれないぞ」


 加藤が、訳知り顔で声をかける。


「……」


 デメルは表情が固まっている。

 なんでだろう。


「シローさん、あなたは一体?」


 シリルの侍女である、白竜族の女性ローリィが口を開く。


「ああ、こいつなら竜王様の友人だよ」


 加藤が替わりに答える。


「りゅ、竜王様というのは?」


 ローリィが、初めて聞いた名前に戸惑っている。


「ああ、この世界にいるあんたは知らないだろうが、こいつのパーティが天竜国にあるダンジョンを攻略してな。

 その奥に、真竜の卵がたくさんあったんだ。

 その卵を守っている、真竜の王が竜王様だ。

 こいつは、竜王様の友人だ」


 言いながら加藤がぶるっと震えたのは、竜王様との会見を思いだしたからだろう。

 彼の言葉を聞いた竜人たちの顎が、がくんと下がる。

 そこまで口を開けなくてもいいだろう。

 

「し、真竜さまのご、ご友人……」


 白竜族の闘士ローリスが途中で言葉を切ると、口をぱくぱくさせている。

 おいおい、池の鯉みたいだな。

 

『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様は、どうしてこうですかねえ』 


 ほら、君たちのせいで、点ちゃんに呆れられたじゃないか。

 

 ヨロヨロと床へ座った竜人四人が、平伏しようとする。

 ああ、また、あれしなきゃダメかな。


「竜王の名において命ずる。

 俺の前で、平伏、お漏らし、逃走を禁ずる」


「そ、そんなあっ!」

「殺生な!」

「堪忍してください!」


 弱音を吐く竜闘士を尻目に、さっとテーブルに着いたのはローリィだ。

 頼りになるよ、この人は。


「兄さん、カトーさんの前で、恥ずかしいマネはやめてください!」


 しっかりしているんじゃなくて、恋心だったか。

 だけど、今、尋ねるべきはそこではない。


「ローリィさん、兄さんって?」


「ええ、そこで平伏しているのは、私の兄です」


 ローリィがローリスを指さす。


「えっ!?

 そうなの?」


 これには、加藤も驚いている。


「私の家族は、黒竜族ビギに追放処分を受けました。

 父と母も、この世界のどこかにいるはずです」


「大変だったね。

 でも、もう大丈夫だよ。

 ビギとその一味は、権力の座から降りたよ」


「えっ!?

 ど、どうして?」


「ああ、俺とこいつでやっつけたから」


 加藤が俺の方を指さす。


「ど、どうやって?」


 これは、床から顔を上げたローリスの言葉だ。


「それを話すと長くなるから、また今度にしてくれ」

 

 まだ少し元気がないシリルが、床で平伏している三人を指さす。


「シロー、なぜこやつらは、あんなことをしておるのじゃ?」


「ああ、シリル様、それも話すと長くなりますから、またいつか」


「そうか」


「それより、これから少しすることがあるんですが、シリル様もご一緒しませんか?」


「そうじゃのう……」


「ローリィ、君も来てくれるか?」


 俺はシリルの侍女にも声を掛けた。


「それは、シリル様がいらっしゃるのでしたら、私もついて行きますが」


「加藤、ここをよろしく頼むよ。

 何かあれば念話してくれ」

 

「ああ、任せとけ」


「加藤様、お気をつけください」


 ローリィは、さっそく加藤の所に行き話しかけている。


「ああ、君も気をつけてね」


 加藤の言葉に、ローリィは耳まで赤くしている。

 勇者のリア充ぶりって凄いよね。


『(*'▽') 勇者ぱねー!』


 点ちゃんも同意と。


「では、シリル様、ローリィ、こちらへ」


 俺は席を立つと、『土の家』から外へ出た。

 草原はすでに暗くなっており、肌寒い風にそよぐ草の音が聞こえてくる。

 夜目が利かない二人のため、『枯れクズ』を出す。


「なんじゃ、その明かりは?

 綺麗じゃのう」


 俺は、『枯れクズ』をシリルに手渡すと、点ちゃん一号を出した。


「「ひっ!」」


 突然、近くに巨大なものが現れたから、シリルとローリィが悲鳴を上げる。


「ご安心を。

 これは、俺が作った乗り物です」


 タラップを降ろし、シリルが1号に乗りこみやすいようにしてやる。

 

「な、なんじゃこれは?」


 くつろぎ空間を目にしたシリルが驚いている。


「シローさん、これは一体?」


 ローリスも目を丸くしている。


「俺の家であり、乗り物っていう感じかな。

 これでちょっと遠くまで飛びますよ」


「飛ぶ?」


「ええ、これは空を飛ぶ乗り物です」


「そ、空をか!?」


「とにかく、出発しますよ」


 点ちゃん1号は、音もなく上昇を始めた。

 

「シローさん、これで動いているのですか?」


 ローリィは不思議そうな顔だ。

 この機体は、ほとんど揺れないからね。


「ええ、かなりの早さで空を飛んでいますよ」


 機体の壁は透明にしているが、外が暗いため何も見えない。


「上を見てください」


「おおっ!」

「まあ!」


 透明な1号の天井を通し、満天の星が見えた。


「こちらに来てください」


 二人が近寄ってきたので、足元を指さす。


「おや、下にも星が見えるの」


「シリル様、あれは街の灯りですよ。

 動いているでしょう?」


「おおっ、本当じゃ!」


 しばらく飛ぶと、地平線が明るくなる。


「さあ、今度はこちらをご覧ください」


 そこには、夜明けのパノラマが、視界いっぱいに広がっていた。


「おおっ!

 綺麗じゃのう!」


 やがて地平線から、この世界の太陽が顔を出した。

 空と地の境界が、黄金色に輝く。


「なんと美しいのじゃ……」


 シリルのつぶらな目から、涙がこぼれ落ちる。

 しかし、姉の件からずっとその表情にあった暗い翳は消えさっていた。

 彼女はローリィの手を握り、じっと朝日を眺めていた。

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