第33話 王女の理由



 周囲の景色がいきなり変わったことで、加藤を除く全員が驚いている。


「シリル様、大丈夫ですか?」


 俺は説明より前に、まずシリルに声をかけた。

 彼女は、見るからに打ちのめされた表情をしていた。


「姉さま……姉さまは、なんであんなことを……」


 ローリィが、後ろからシリルを抱きしめる。


「シリル様、人の心というのは、近くにいたとしても分からないものですよ」


 俺はそう言ってシリルの頭を撫でると、竜人たちの方を向いた。


「ローリス、その二人にも、俺の目的を話してやってくれ」


「え、ええ」


 腕の骨を折った、白竜族の闘士に治療を施す。

 次に、ぼーっとした表情で座っているチビの所に行く。


「チビ、驚かせてすまなかったな。

 武闘でがんばってくれたのに、こんなことになって本当に残念だ」


「ボク、がんばった?」


「ああ、すごかったぞ」


 大きめの樽に入れた、蜂蜜水を出してやる。


「わーい、蜂蜜のお水だ!」


 彼は、さっそく大きな手でそれを持ちあげ、飲みはじめた。

 そんな彼の足に、カバ型魔獣ポポが頬ずりしている。

 こいつらは、いい友達になれそうだな。 

 

「ねえ、これ、どういうこと?」


 血相を変えてズンズン俺に近づいてきたのは、兵士に殴られ頬を腫らしたデメルだ。

 ついでに彼女も瞬間移動させておいたのだ。


「お前、あのままあそこにいたら、どうなってたと思う?」


「……そ、それでも、予め知らせてくれてもいいじゃない?

 これって、転移魔術?」


 彼女のことは放っておき、シリルの所に行く。

 シリルはローリィの胸に抱かれ、気を失うように眠っていた。


「あまりに色々ありすぎて、お疲れになったのでしょう」


 ローリィが、優しくシリルの髪を撫でる。


「それより、これからどうしますか?」


 彼女は、気持ちがしっかりしているようだ。


「そうだね。

 まずは、今晩泊まれる宿かな?」


「しかし、王都に帰れば、すぐに捕まってしまいますよ」


「ああ、だから、ここに家を造る」


 俺は足元の地面を指さした。


「えっ?!」

  

 俺は、土魔術を駆使し、一気に二棟続きの家を造った。

 加藤を除き、皆が驚いている。 

 

「じゃ、チビとポポは、こっちね。

 他の人は、こちらの家に入って」


「私、柔らかいベッドじゃないと寝られないわよ!」


 デメルはそう言うと、俺をにらんでから家に入っていった。

 

 ◇


 こちらは武闘場。

 突然姿を消した妹たちに、一瞬我を忘れた第一王女ソラルだったが、すぐに兵士に命令を下した。


「貴族は全て捕え城へ。

 民衆は、家に帰しなさい。

 歯向かう者は、わたくしに刃を向けたも同然。

 全てその場で処断なさい」


 一部予定とは違うことがあったが、計画していたクーデターが成功し、ソラルは一息ついた。

 長い間、計画してきた事だから、準備は万全だ。

 彼女は、最初に心を決めた時のことを思いだしていた。


 ◇


 ソラルは、幼いころからその大人しい外見からは想像できないほどの情念を内に秘めていた。

 妹が生まれるまでは、それが父母への愛情として現れた。


「おひい様は、本当に陛下とお后さまがお好きですね」


 彼女の侍女が呆れるほど、その気持ちは強かった。

 第二皇女デメルが生まれ、自分に向けられる父母の時間が減ると、まるで石塊いしくれのようなものが胸の内に生じた。

 そして、その石塊は第五皇女シリルの誕生で、高い熱を帯びた。


 父も母も、シリルを溺愛したのだ。

 民衆までも惹きつけるシリルに、ソラルが胸に秘めた石塊は黒くくすぶり始めた。


 ある日、彼女は国王から次のような言葉を聞くことになる。


「ソラルよ。

 お主は賢い姉だ。

 ワシは、次期国王としてシリルがふさわしいと考えておる。

 そうなったときは、宰相として妹を支えてほしい」


 国王は、日頃からシリルに甘えられ、彼女に優しくしているソラルが、まさか胸の内に燃えるようなものを抱えているとは夢にも思わなかった。


「……お父様、もちろんですわ」


 そう答えたソラルは、いつも通り優しく微笑んだ。

 ただ、彼女の胸に秘めた情念の炎は、この瞬間に出口を見つけてしまった。


 妹が国王?

 冗談じゃない!

 この国は、誰にも渡さない。


 穏やかな彼女の笑顔は、揺るぎない決意に支えられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る