第7部 謀略

第30話 選定の儀(上)



 ここは、スレッジ世界。

 ドワーフ皇国の次期国王を決める『選定の儀』が、王都で開かれようとしていた。

 快晴の中、武闘場の周囲は大変な人出となった。

 巨大な武闘場は、夜明けに門が開かれるとすぐに観客がなだれこみ、あっというまに満員になった。


 貴族のコネで席をいくつか押さえたダフ屋は、それを法外な値段で売っていた。


「さあさあ、後二席だけだよ!

 今なら一席白金貨十枚!」

「ウチは、前から三列目のだぜ!

 一席白金貨十二枚でどうだ?」


 白金貨はこの国で流通する最も高額な貨幣で、一枚あれば四人家族が三年ほど生活できる。

 いかにダフ屋の売るチケットが高額か分かるだろう。


 俺と加藤は、皇女シリルの侍女に案内され、武闘場の門を潜った。

 侍女が白銀色の札を見せると、係員が腰をかがめ礼をした。


「どうぞ、こちらです」


 俺と加藤は、貴族たちが座っている客席に案内された。俺たちの後ろには、花で飾られた屋根つきの客席があった。


「あんたたちが、あいつの闘士だったのね!

 もう一人はどこよ?」


 後ろから、女性のかんだかい声がした。   

 振りかえると、お城でシリルに突っかかっていた、第二王女が立っている。

 俺たちが黙っているのを見て、彼女は鼻を鳴らした。


「ふんっ、どうせ人族じゃ竜闘士には勝てないわよ!」

  

 そう言い捨てると、彼女は去っていった。


「まったく、どっかの女王様を思いださせる高慢ちきだぜ!」


 加藤は、畑山さんがここにいないのをいいことに、言いたい放題だ。


「加藤、それより武器はどうするか知ってるか?」


「ああ、それは『選定の儀』が始まってから、武器庫で選ぶらしいぞ」


 加藤なりに、心構えはできているようだ。


「ボー、それより、あと一人の闘士って誰なんだ?」


「まあ、楽しみにしておいてくれ」


 もう一人の出場者は、皇女シリルと俺だけが知っている。 

 しばらくすると、銅鑼のが鳴り、会場のざわめきが消えた。


「これより、『選定の儀』をおこなう。

 候補の皆様は、そうぞこちらにお並びください」


 若い五人のドワーフ女性が、立派な椅子の前に一列に並ぶ。

 彼女たちの前には、その椅子に座った初老の男がいる。

 恐らくあれがドワーフ王だろう。

 俺の席は男からかなり離れているが、それでも彼が発する威厳がここまで届くように感じられた。


 各自がそれぞれに趣向を凝らしたドレスを着た皇女たちは、その男に礼をすると、二人を残しその場を降りた。


「今回の『選定の儀』に参加されるのは、第二皇女デメル様」


 司会役のうやうやしい声に答え、黒色のひらひらドレスを着たデメルが、もう一度頭を下げた。

 観客から歓声が上がる。


「そして、第五皇女シリル様」


 白いふわふわしたドレスを着た、小柄なシリルが頭を下げると、会場から一斉に歓声が上がった。

 彼女は、王都でも民衆に人気があるようだ。 


「二人とも、正々堂々とな」


 椅子に座るドワーフ王が、ずっしりと重みのある声で皇女二人を応援した。

 デメルとシリルはドレスの裾を摘まみ、三度みたび礼をすると、それぞれが別方向に分かれた。

 皇女シリルは、やはり、俺たちの後ろにある屋根つきの観覧席に座った。

 俺と目が合うと、無邪気な笑顔を見せる。

 民衆が、彼女を支持しているのも分かるな。


 デメルが座る観覧席の前には、竜人が三人並んでいた。

 なぜ竜人と分かるかというと、それぞれ髪の色が赤、青、白だったからだ。

 髪の色を見なくとも、俺の眼には、頬からこめかみにかけての顔鱗がんりんという竜人の特徴がはっきり見てとれた。


 視力が上がったのはいいが、こう見えすぎると少し怖いな。


『(・ω・)ノ ご主人様、何か悪いこと考えてませんか?』   


 ギクッ

 な、何も考えてませんよ、点ちゃん。


「第一試合、デメル様竜闘士モレル!」


 審判の「竜闘士」という呼び声のところで、客席から「おおー!」っと歓声が上がる。


「シリル様闘士チビ!」


 こちらは、「闘士」という呼び声でがっかりしたような声があがった。

 

「ボー、『チビ』ってどんなやつか知ってるのか?」


「ああ、あいつだ」


 鳴らした指で俺が武闘場を指さしたとたん、そこに巨人が現れた。

 もちろん、上空に浮かせておいた点ちゃん箱から瞬間移動させたのだ。


「お、おい、あいつは確かお前が戦った――」


「ああ、ゴライアスだよ。

 その名前は、奴隷商人につけられたものだから、俺が変えといた」


「……」


 こうして、竜人と巨人の戦いが始まった。

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