第31話 選定の儀(中)
一度場外へ消えた、赤い髪の竜人と巨人が武闘場に再び戻ってくると、彼らは開始線をはさんで向かいあった。
竜人の手に長剣があるから、武器を選んでいたのだろう。
『チビ、聞こえるか?』
『うん、頭の中で声がするよ』
『教えたとおり戦えば、怖くないからな』
『ほ、本当に、これ終わったら、あの蜂蜜水もらえるの?』
『ああ、いっぱい飲ませてやる』
『わーい!』
チビが気弱になっていないか念話で確かめたが、どうやら大丈夫のようだ。
白いローブを着た審判役が、両手で持つ大きな旗を振りあげる。
皇国の紋章が描かれた白い布が翻り、武闘が始まった。
赤竜族の男は、長剣を大きく振りかぶると、いきなり切りかかった。
どちらかというと動きが遅いチビには、かわせそうにない攻撃だ。
しかし、チビは慌てず巨大な斧を手から落とすと、竜人の剣を右手で受けとめた。
カキン
そんな音がして、剣が止まった。
普通なら巨人とはいえ、その腕ごと切断される剣撃だが、チビの腕は透明化した点ちゃんシールドで覆っており、傷一つ負わなかった。
竜人の男は、信じられないという顔をした。
チビの左手が、ひょいと竜人の胴体をつかむ。
竜人の顔が紫色になる。
男は、握りしめているチビの手をポンポンと叩いた。
審判役が再び大きな旗を振る。
俺が念話で指示すると、チビが右手こぶしを天に突きあげた。
「「「うおーっ!」」」
そんな観客の歓声が大波になり、何度も会場を洗った。
観客席のデメルが立ちあがり、地団太を踏み悔しがっているのが見える。
後ろの特別席を見ると、シリルが飛びあがって喜んでいる。
係員に連れられ竜人が退場する。観客席に収まりきらないからだろう、チビは観客席の下に敷かれた布の上に座った。
◇
白ローブの審判が再び出てくると、次の戦いの始まりを告げる。
「第二試合、デメル様竜闘士シューデ」
やはり、竜闘士のところで、すごい歓声が上がった。
「シリル様闘士カトー」
客席から再びがっかりするような声が上がったが、わずかだが黄色い声援も聞こえた。
恐らくダレンシアの闘技場で、カトーの試合を見た女性たちだろう。
その中には、当然シリルの侍女ローリィの声もあった。
「カトー様ー、がんばってー!」
人族へ声援を送る彼女を、周囲が冷たい目で見ている。
しかし、そういった人たちの表情が、驚きに変わる。
一旦、場外へ下がった竜人と加藤が武器を持って戻ってきたが、加藤はチビが使っていた巨大な斧を両手で掲げていた。
おそらく巨人族用に作られたであろう斧は、カトーの手に持たれると、非現実的なほどの大きさだった。
対戦相手の竜人がそれを見て驚いている。おそらく青くなっていると思われるが、もともと青っぽい肌の色をした青竜族だから、顔色の変化はよく分からなかった。
青竜族の男は、開始線に着く前、何かぶつぶつ唱えているようだった。彼の体が青く光ったから、身体能力強化の魔術を自身に掛けたのだろう。
試合開始の合図として、巨大な旗が振られた瞬間、竜人は凄まじい速度で加藤に向け突っこんだ。
彼の持つ剣が、加藤の体を二つに切りさく。
背後から、ローリィの悲鳴が聞こえた。
観客席の音がピタリと止んだ。
試合場には、竜人の背後からその首筋に大斧を沿えている、加藤の姿があった。
竜人が切ったのは、加藤が動いた後の残像だったのだ。
旗がひらめくと、会場中がどっと沸いた。
加藤が手を振ると、女性からの黄色い歓声が飛ぶ。
振りかえると、長身のローリィが小さなシリルに抱きつき泣いていた。
俺はため息をつくと、武闘場への通路を降りた。
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