第9部 新天地へ

第48話 『ヴィラ・マリーン』と『初心の家』


 異世界に帰る三日前、この日の午後三時には家にいるように、家族と仲間にあらかじめ連絡しておいた。


 皆が広い居間に集まった。

 イリーナはもちろん、帰ってきたターニャさんもいる。

 ただ、翔太とエミリーは、二人でニューヨークのハーディ邸に行っている。


「シロー、今日は何を?」


「ああ、ルル。

 みんなにいろいろ助けてもらったから、今日は俺からプレゼントを渡そうと思ってね」


「何だろう。

 お兄ちゃんの事だから、きっとすごいものよ」


 おいおい、コルナ、あまりハードルを上げないでくれよ。


「パーパのプレゼント?」

「お好み焼き?」


 ナルとメルは、プレゼントが食べ物だと思ってるのかな。


「じゃ、みんな手を繋いで輪になって」


 人数が多いから大きな輪ができた。


「じゃ、行くよ」


 瞬間移動した俺たちは、とある場所に現れた。


 ◇


「なにこれ! 

 信じられない!」

「綺麗すぎる!」

「ほう、絶景ですな!」


 みんなの声が重なる。

 目の前には、コバルトブルーの海と白い砂浜があった。


「シロー、ここは?」


「ここは、みんなが楽しんだ沖縄の近くにある島だよ、ルル」


「地球ってすごく綺麗な場所があるんですねえ」


 ルルが、うっとりした顔で海を見ている。


 それだけで、このプレゼントにして良かったと思う。


「シロー、プレゼントとは、私たちをここに連れてくることなの?」


「コリーダ、よく聞いてくれたね。

 あれを見てごらん」


 背後の木立の中に、石垣に囲まれたコテージが建っている。


「も、もしかして……」


 ミミが興奮している。


「そう、あれ、俺たちの家『ヴィラ・マリーン』だよ」


「わーい!」

「やったー!」


 ミミとポルが裸足になり、駆けていく。

 砂浜についた彼らの足跡を追うように、俺たちもコテージに向かった。


 コテージの前にある石垣の所で、ミミとポルが地団太を踏んでいる。


「リーダー、早く開けて!」

「シローさん、早く!」


 俺は点魔法で門のカギを開けた。

 二人が中になだれ込む。


「な、なんじゃこりゃー!」

「うへえっ!」


 久々に出たね、「なんじゃこりゃー」が。


 二人が立ちつくす先には、ヴィラを取りかこむように造られた大きなプールがあった。

 プールは、一部幅が狭くなっており、その部分が一番深い。

 そして、そこには橋が掛かっていた。


「「わーい!」」


 ナルとメルが橋の所まで走っていくと、服のままプールに飛びこむ。

 まあ、そうしたい気持ちは分かる。

 二人の後を追い、リーヴァスさんまで服のまま飛びこんだ。


 さすがに、ルル、コルナ、コリーダは飛びこまなかったが、うらやましそうに三人を見ている。

 俺は点収納から、さっと三人の水着を出してやる。


「あっ、水着! 

 シロー、ありがとう!」


 ルルたちは俺から水着を受けとると、ヴィラの中に入っていった。


「リーダー、私たちのは?」


 ミミが近よってきたので、彼女とポルの水着も出してやる。


「やったーっ! 

 これで泳げるぞ」


 ポルが叫んで、ヴィラに入っていく。

 中から悲鳴がして、ポルがすごすご出てきた。

 ルルたちが着替え中だからね。

 ミミがポルの頭をぽかりと殴っている。


 体調のことを考え、イリーナは泳がせない。

 しかし、彼女はターニャと並んでプール際に座り、楽しそうに水をぱちゃぱちゃ蹴っている。


 元気になったら、思いっきり泳いでもらおう。

 瓜坊コリンは水に入り、コリーダの周りをぐるぐる泳いでいる。


 水が苦手なはずの猫であるブラン、ノワールも、水にぷかぷか浮いていた。

 一時間ほどしたところで、みんなに声を掛ける。


「ええと、そろそろ水から上がってね」


「えーっ! 

 もう?」

「シローさん、もう少し泳ぎたいです」


 ミミとポルの気持ちは分かるが、この後の予定が詰まっている。


「本当はここから見える夕日がすっごく綺麗なんだけど、今日はこれから行くところがあるから」


 服のまま泳いだ、ナル、メル、リーヴァスさんは、火魔術と風魔術の合わせ技で全身を乾かしておく。


「みんな着替えたかな?

 手を繋いで……。

 じゃ、行くよ」


 瞬間移動の直前に見た、みんなの残念そうな顔が印象的だった。


 ◇


 俺たちは、瞬間移動で沖縄からある場所に来ている。


「あれ? 

『地球の家』じゃないの?」


 ポルの暢気のんきな声がする。


「あっ! 

 ここって……」


「そうだよ、コリーダ。

 君が住んでみたいって言ってた場所の近くだよ」


 ここは、北海道のある場所だ。

 俺たちのすぐ後ろには小高い丘があり、周囲は見渡すかぎりの原野だった。


「「わーい!」」


 ナルとメルが飛びだしていき、野原を駆けまわっている。

 コリンがその後を追いかける。

 コルナが何か言いたそうな顔をしている。


 彼女の前に、さっとボードを出してやった。

 とてもいい顔で、コルナがそれに乗る。


 彼女は、草の海原を自由自在に滑っている。

 素人目にもカッコいい。

 イリーナが、両手を胸の前で握りしめている。


「コルナさん、すごい! 

 私もいつかやってみたい」


「イリーナ、必ずできるようにしてみせるから」


 俺は彼女の頭を撫でてやった。

 遠くまで出ている面々に念話を送る。

 皆が集まってきた。


「もう少し滑りたいけど……」


「すまないな、コルナ」


 俺は黙って後ろの丘を指さした。

 丘の中腹には、それほど大きくない木造の家が建っている。


「シロー、あ、あれは……」


 ルルが呆然とそれを見ている。

 俺は頷くと、ルルの手を取り、そちらに歩きはじめた。

 全員が家の中に入る。


「うわー、懐かしー!」


 あまりここを訪れたことがないミミでもそれなのだから、俺やルル、リーヴァスさん、そして子供たちの感慨は言葉では尽くせない。

 ここは、俺とルルが最初に購入した懐かしの我が家だ。

 地球に建てなおしたこの家には、『初心の家』という名をつけた。


 リーヴァスさんが見覚えのある壁やテーブルに触っている。

 ナルとメルが凄くいい顔をしている。


「お庭が広くなったー」

「なったー」


 まあ、そういう見方もできるな。子供は侮れない。


「これは、俺とルルが最初に住んでた家なんだ。

 取りこわすのが忍びなくて、点収納に入れておいたんだよ」


「素敵な家ねえ」


 ターニャさんが、感心したように言う。


 俺は布で隠しておいた施設を披露した。

 家の中で、これだけは新しくつけ加えたものだ。


「ジャーン、暖炉だよ」


「うわー、これなにー?」

「箱?」


 薪を暖炉の中に入れ、火魔術で火をおこす。

 部屋の中には、パチパチという温かい音がした。


 五月とはいえ、北海道の夕方はまだ冷える。

 さっきまで沖縄にいた皆は、暖炉の周りで幸せそうな顔をしている。


 皆の手に、エルファリア産のお茶を持たせた。

 ナル、メルはミルク、リーヴァスさんは、とっておき『フェアリスの星』だ。


「今回の旅行が無事に終わって嬉しいよ。

 主役のエミリーはいないけど、乾杯しておこう」


 俺がリーヴァスさんに目で合図すると、彼が音頭をとった。


「乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 皆が地球式にコップやグラスを合わせる。


「おう! 

 こりゃ、凄い酒ですな。

 こんな美味い酒は、飲んだことがありませんよ」


「リーヴァスさん、それはフェアリスが祭礼用に少量だけ作る酒なんです」


「なるほど、それなら頷けますな。

 いや、旨い!」


 ミルクを飲んだナルとメルが、白い輪っかをつけた口を突きだしたので拭いてやる。


「お部屋に行ってもいい?」


 二人が使っていた部屋は、二階にあるからね。


「行ってごらん」


 ナルとメルが二階に上がると、歓声が聞こえてきた。

 彼女たちの部屋には、地球製のぬいぐるみをいっぱい飾ってある。


 一人一人が地球で気に入った食べ物を、点収納からテーブルの上に出す。

 もちろん、熱いものは熱々の状態でだ。


 好物の匂いに反応したナルとメルが、二階から駆けおりてくる。


 「お好み焼きー!」

 「おこー!」


 さっそくお好み焼きに夢中の二人を、リーヴァスさんが目を細めて眺めている。

 その彼の前には、山盛りにされたコハダの握りずしがあった。

 さすがに渋いチョイスだ。


 ミミはフルーツジャンボパフェ。

 ポルは和牛のステーキ。

 ルル、コルナ、コリーダは、なべ料理を三人で。


 イリーナとターニャには、現地の名店から取りよせた、ボルシチ。

 自分には、四国まで行ってわざわざ買ってきた、釜揚げうどんだ。


「お兄ちゃんは、そんな白くてのぺっとした食べ物だけでいいの?」


 コルナはそう言うけど、むちゃくちゃ旨いんだよ、これ。


 暖炉の中で薪がはぜる音を聞きながら、俺たちの温かい食事は続いた。

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