第14話 キャロの里帰り(中)


 夕食が始まろうかと言う時に、狐人の少女コルネが舞子の屋敷に到着した。


 よほど急いだのだろう。乗っていた馬は、到着するなり倒れてしまった。

 舞子が治癒魔術をかけると、馬は何事もなかったように立ちあがった。


 疲れたコルネを休ませようとしたが、彼女は、どうしても先に話をしておくと言って譲らなかった。


 客室で、舞子、俺の二人が話を聞く。


「コルネ、『聖樹の巫女』について神樹様はなんとおっしゃられたんだい?」


 コルネは思いつめたような顔で、ゆっくりと話した。


「神樹様のお話では、『聖樹の巫女』というのは、特別な時にだけ現れる存在なのだそうです」


「特別な時とは?」


 舞子が、不安そうな顔で尋ねる。


「ポータルズ世界群に、大変な危機が訪れる時だということです」


「何だって!」

「そ、そんなっ!」


 俺と舞子が悲鳴のような声を上げる。

 事態の深刻さが、それほどのものだとは……。


「神樹様は、どんな危機かは教えてくださらなかったのか?」


「はい、詳しいことは神樹様もご存じないようでした。

 ただ、その危機の原因が神樹様の数に関係あるのではないかとおっしゃられていました」


「神樹様の数?」


「ええ、この千年ほどで、神樹様の数が急激に減ったそうです。

 特に、三百年前から二百年前にかけて、数多くの神樹様が姿を消したらしいのです。

 その反動がここにきて現れたのではないか、とおっしゃられていました」


 つまり、原因は過去にあるわけか。

 過去は変えられないから、やってくる危機がどんなものであれ、今の世代で対処するしかない。


「幸い最近になって、神樹様同士のネットワークが急に緊密になったそうです。

 各世界の神樹様から集まる情報を調べてみるとおっしゃっていました」


 最近になって神樹様のネットワークが?

 俺はある推測が頭に浮かんだが、それを口にはしなかった。

 なぜなら、もしもその考えが正しければ、ポータルズ世界群の危機がより避けられないことになるからだ。

 憶測に過ぎないことで、コルネと舞子をよけいに不安がらせるべきではない。


 その日の夕食は、ミミの父親が腕によりをかけたものだったが、俺は食事の味さえ分からなかった。


 ◇


 次の日、予定を早めた俺たちは、エルファリアへ向け出発することにした。


 連れていくのは、キャロ、フィロ、翔太、エミリーだ。

 もちろん白猫ブランも連れていく。

 応接室には、エルファリアに行く五人と、舞子、ピエロッティが集まっていた。


「史郎君、私、何だか不安なの。

 本当に気をつけてね」


「ああ、分かってる。

 聖樹様にお話をうかがおうと思う。

 舞子は自分ができることをしてくれ」


「うん、きっと無事に帰ってきてね!」


「ああ、君も気をつけてくれ」


「シローさん、ショータとエミリーを頼みます」


「任せてください、ピエロッティさん。

 聖女様を頼みます」


 俺は、舞子とピエロッティが部屋から出たのを確認してから、セルフポータルをエルファリアに繋いだ。


 ◇


 俺たち五人と一匹は、エルファリア『聖樹の島』の『木の家』に転移した。


 アンデからギルド本部に連絡してもらい、かつて泊まった『木の家』を無人にしてある。

 そのリビングに転移し、窓から外を眺めるとエルファリアは夕暮れ時だった。

 俺はエレノアさんに念話して、腕の立つギルド職員を派遣してくれるように頼む。


 S字型に湾曲した巨木を利用した『木の家』は以前のままで、キャロとフィロさんには、二階の部屋を使ってもらう。

 二人は、聖樹様が見える二階の部屋に感動していた。


 俺は再び一階に降り、ギルド職員の到着を待つ。

 間もなくノックがあり、ドアを開けるとレガルスさんが立っていた。

 百九十センチほどある細身の長身で、右目の上下に刀傷がある。

 彼は、ルルの父親だ。


「おい、どうしてルルを連れてこなかった!」


 挨拶もせず、いきなりそれですか。いや、あなたのために来たわけじゃないから。

 大柄なレガルスさんが、俺の襟首をつかもうと手を伸ばす。


 スパパーン


 やっぱりこうなりますか。彼の後ろから、白い棒を持った彼の妻エレノアさんが現れた。


「もう、いつもいつも、こんな調子でごめんなさい」


「いや、ハニー。

 でも、こいつはルルを――」


 スパパパーン


 レガルスさんが、頭を抱えてうずくまる。


 翔太とエミリーは、ギョッとした顔をして引いている。

 エレノアさんとレガルスさんの夫婦めおと漫才は、初めて見たら誰でも驚くだろう。


「護衛は、私たち二人がつとめるわ」


「お久しぶりです、エレノアさん。

 よろしくお願いします」


「初めまして、翔太です」

「初めまして、エミリーです」


「翔太君に、エミリーちゃんね、よろしく。

 ところで、シロー、ギルド長の話だと、最高度の重要任務だという話だけど――」


「ええ、聖樹様、神樹様に直接関係した事柄です」


「なんですって!!」

「おい、本当か!?」


 いつの間にか立ちあがったレガルスさんも、目を大きく見ひらいている。


「間違いないです。

 すでに、コルネ、ああ、彼女はコルナの妹なんですが、『神樹の巫女』である彼女が神樹様に確認済みです」


「そうなると、私たち二人で十分かしら?」

 

「きっとミランダさんは、この件に関して、情報を外に漏らさない方が重要だと考えたんでしょう」


「確かにそうかもね」


 俺の言葉にエレノアさんが頷く。


「シロー、この後の予定は?」


「明日、朝のうちに聖樹様にお目に掛かろうと思います。

 その後の予定は、その時に決まるかと」


「分かったわ。

 今日は、この家を守ることにする」


「二階の二人にも紹介しますね」


 俺は、キャロ、フィロさんを二階から一階へ呼び、エレノアさん、レガルスさんを紹介した。

 フィロさんは、すでに二人と面識があるけれど、キャロはまだだからね。

 キャロは、レガルス、エレノア夫妻がルルの両親だと知り驚いていた。


 点収納からありあわせのものを出し、夕食にする。


 大木をそのまま利用した『木の家』での宿泊は心地よく、束の間だけでも、事態の深刻さから硬くなっていた身体が解きほぐされるように感じられた。


 ◇


 次の日、お茶と蜂蜜クッキーだけの簡単な朝食を済ませると、翔太、エミリーの二人を連れ、俺は聖樹様の元へと向かった。


 エレノアさん、レガルスさんが護衛として同行する。

 そして、『木の家』に残していく、キャロ、フィロさんには、別の護衛がついた。


 聖樹様までは、瞬間移動なら一瞬、点ちゃんボードなら十五分ほどで着くのだが、俺は考えた末、歩くことにした。


 朝の森を歩くのは気持ちよく、翔太とエミリーはニコニコしている。

 深い森は生命の気配に満ちあふれ、それが俺たちを包みこむようだった。


 エミリーが地球の植生とこの島のそれとの違いを、翔太に話しているのが聞こえる。

 翔太は、真面目な顔で耳を傾けていた。


 途中、一度休憩をはさみ、聖樹様に謁見する場所にたどりつく。

 かつて加藤がそうであったように、翔太とエミリーは、聖樹様がどこにあるか気づかなかった。

 聖樹様のお姿は、『木の家』から見えていたんだけどね。


 俺が聖樹様の方と上空、両方を指さすと、二人ともやっとお姿に気づいたようで、口を開けてポカーンとしている。

 聖樹様の大きさは、我々の日常感覚からは、かけ離れているからね。


 エレノアさんが地面に膝を着くと、俺たちもそれにならう。

 俺が目標とするおおらかで、温かい気が周囲に満ちてくる。


 聖樹様から念話が届く。

 それは、声というより、ゆったりしたバイブレーションに感じられた。


『皆、よく来たな』


『聖樹様、お久しぶりです』


『シロー、『巫女』を連れてきてくれたようじゃな。

 感謝するぞ』


『畏れ多いことです』


『点の子よ、全員に我の声が聞こえるようしてくれるか』


『(^▽^)/ うん、分かったー』


 ここにいる全員には、すでに点がつけてあるけれど、まだ聖樹様との念話ができるようには設定していないからね。


 点ちゃんは、あっという間にそれを終えた。


『(^▽^) できたよー』


『すまぬな。

 地球から来た少女よ、そちの名は?』


 エミリーは、非現実的な出来事にぼーっとしている。


 俺がその肩に手を掛け、少し揺すると、目に光が戻ってきた。


『エミリー、こころの中で会話できるから、聖樹様に自己紹介するといいよ』


『あっ、シローさん。

 声が聞こえたのは気のせいじゃなかったんですね?』


『ああ、俺の魔法が念話をコントロールしてるんだ』


『心の中で、自己紹介すればいいんですね?』


『そうだよ、失礼がないようにね』


『はい、分かりました。

 私は、地球からきたエミリーといいます』


『エミリーじゃな。

 大きな役目をお主に負わせてすまぬの』


『聖樹様、エミリーのお役目とは何でしょう?』


『シローよ、お主は気づいておるのではないか。

 神樹の働きについて』


『神樹様それぞれに、特別なお力があると考えております』


『そうじゃ。

 神樹は、繋がった世界群を維持する個々の役割を持っておる』


『例えば、天竜国の神樹様でいえば、お互いの繋がりを強くする働きでしょうか?』


『そこまで分かっておったか。

 そういうことじゃ』


 やはり、神樹様のネットワークが強まったのは、天竜国で植えた、五本の神樹様が関わっていたのか。

 それより、三百年前から二百年前までの期間に多くの神樹が切られたということが、どんなに危険な事だったか。

 俺は、背筋が冷たくなるのを感じた。


『我が子である神樹の数が多い時には、何も問題は無かったのじゃが、その数が少なくなった今、ただ一本の神樹が一つの働きを担っておることもある』


『聖樹様、そうなると、その神樹様に何かあれば……』


『そうじゃ、世界群がどうなるかは誰にも分からん』


 念話を通じ、エミリアさん、レガルスさんの恐怖が流れこんでくるのを感じた。


『エミリーとやら。

『聖樹の巫女』には神樹を癒し、その能力を高める力がある。

 お主の力が世界群を救うやもしれぬ』


『聖樹様、エミリーはこれからどうすればよいのでしょうか?』


『シロー、お主が側におるなら、思うように行動すればよい』


『それだけでよいのでしょうか?』


『それでよいのじゃ。

 全て繋がっておるでな』


 全てが繋がっている? 

 俺がそれについて尋ねようとする前に、聖樹様の念話が続いた。


『エミリーの隣におるわらわを見よ。

 その子は、『聖樹の巫女』の『守り手』ぞ。

 全てはかくのごとく繋がるのじゃ』


 翔太が『守り手』?


『シロー、お主の働きで力が戻ってきておるが、これが限界じゃ。

 では、次なる時の結び目でまた会おうぞ』


 聖樹様の念話はそこで途絶えた。


 何かの気配がして、はっと見上げると、白いものがいくつか降ってくる。

 その全てを点収納に回収しておいた。


 俺は、世界群がこの瞬間にも危機にさらされているという事から恐怖を感じていたが、エミリーをいかにして守るか、その思いの方が強かった。

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