第10話 ホーム・スィート・ホーム


 俺が翔太とヒロ姉を連れ、竜人国から真竜廟に帰った翌日。


 いよいよ、みんなが真竜廟を去る時が来た。

 子竜たちのことがあるので、定期的にここを訪れる事を考えている。


 それでも、長く一緒に過ごした母親役の三人は、子竜と離れがたい気持ちがあった。

 見ていてそれが分かるので、こちらも辛い。


 竜王様の部屋でお別れの食事会をする。

 俺たちは部屋の中央に車座になり、母親役の三人の両脇には、中ぐらいの子竜と小さい子竜が並んでいる。

 ルル、コルナ、コリーダは、子竜に話しかけながら、食べ物を分けあたえている。

 ナルとメルも子竜と別れるのが辛いらしく、子竜それぞれに話しかけている。

 ミミとポルも、名残惜しそうに子竜を撫でている。


 不思議なのは、一番長いこと母親役と一緒にいた大きな子竜たちが、ゆりかごの部屋から出てこないことだ。

 心配になった俺が見に行こうとすると、なぜかナルに止められる。


「パーパ、あそこに入っちゃダメ!」


 どういうことだろう? 

 俺が不思議に思っていると、部屋の扉が開いた。

 よちよち歩きで三人の幼児が出てくる。三歳くらいに見える。

 俺たちは何が起こったか分からず、啞然としていた。


 子どもたちは、ルル、コルナ、コリーダのところまでちょこちょこ歩いてくると、それぞれ彼女たちにすがりついた。


「まんまー」

「まんま」

「まーま」


 驚いた顔の三人が、さっと子どもたちを抱えあげる。

 ナルとメルが、「やったー!」と叫んでいる。


 何が起きたか、俺はようやく理解した。

 ナルとメルが、年長の子竜に人化を教えたんだね。


『ふむ、人化をマスターしよったな!』


 竜王様も、ずい分感心している。

 天竜族の成龍でも人の姿になれるものとなれないものがいるくらいだから、人化がそれほど簡単なわけがない。

 三体の子竜は母親恋しさに、その困難を乗りこえたのだろう。


 ルル、コルナ、コリーダは、それぞれの子竜に頬ずりしている。

 彼女たちは三人とも、頬が涙に濡れている。

 俺は、ルルたちが子竜から離れるまで待った。

 三人は、俺が出した布を子ども姿の子竜に巻きつけている。


『さあ、もう行け。

 こうしていると名残惜しさが募るばかりじゃ』


 竜王様の念話が聞こえてくる。

 体を震わせ泣いている、ルル、コルナ、コリーダを連れ、部屋の奥に移動する。


「まんまー」

「まんま」

「まーま」


 子竜の声が、俺たちの心を引きとめる。

 俺は心を鬼にし、セルフポータルを開いた。


 ◇


 アリストの自宅に帰って二三日は、ルル、コルナ、コリーダともふさぎ込んでいた。


 彼女たちを元気づけたのは、他でもなくナルとメルだった。

 三人を子供部屋に招くと、そこでおしゃべりしたり、一緒に寝たりしていた。


『(*´з`) ご主人様は、こんなとき役に立ちませんねー』


 いや、俺もできることはやっているんだよ、点ちゃん。

 ただ、ナルとメルには敵わないだけ。


『(・ω・) 負けを認めちゃってるよ』


 悔しいけど、点ちゃんの言うとおりなんだよね。


 アリストに帰ってきてからヒロ姉をマスケドニアに、ミミ、ポル、翔太をケーナイまで送った。

 マスケドニアでは、母親の顔を見るなり「母さん、ちょと聞いてよ。史郎君ったらひどいのよ!」などと言いだしたヒロ姉が、またおじさんの拳骨をくらっていた。

 まったく、反省してんのかね、ヒロ姉は。


 ケーナイでは、翔太のことをピエロッティに頼んでおく。

 彼なら翔太のいい先生になるだろう。


 エミリーの件に関しては、神樹様に報告するため、コルナの妹コルネが狐人領に帰っている。

 何をするにしても、コルネがケーナイに戻ってきてからのことになるだろう。


 二人を送りとどけ、アリストに帰ってきた俺は、どうやってルル、コルナ、コリーダを元気づけようかと考えていた。


 ◇


 その日、夕食後、ルル、コルナ、コリーダは史郎から屋上に来るよう言われた。


 三人がすでに暗くなった屋上に出てみると、そこかしこにロウソクが灯されており、それが花壇の花々を浮かびあがらせ、幻想的な光景をつくりだしていた。

 どこからか、かすかながくが聞こえてくる。


 史郎は、二つあるあずま屋の内、昇降口から遠い方の横で立っていた。


「三人とも、言われたものは持ってきたかい?」


 彼からそう言われ、ルルは頷いた。でも、なんでこんなものをこんな所で?


「こちらに来てごらん」


 史郎は、三人を奥のあずま屋の中へ案内した。

 そこにも灯されたロウソクがいくつかあり、温かい空間を作りだしていた。

 いや、温かいのは気のせいでは無かった。


 ルルがいつか見た、大きなお椀型の入れ物には湯が張られていた。

 お湯には良い香りを放つ、ドラゴニアの果物が浮かんでいた。


「さあ、それに着替えて湯船に入ってごらん」


 三人が持ってきたものは、水着だった。

 コリーダだけは水着を持っていなかったので、史郎が前もって仕立てさせ、昨日渡しておいたのだ。


 三人があずま屋に入った時点で、そこは足元から人の背丈ほどの黒いシールドで覆われる。

 彼女たちはシールドの中で水着に着替えると、お湯につかった。

 三人が湯船に身を沈めると、体の周りのお湯が泡だつ。


「シロー、これはいったい?」


 ルルの声には、史郎が念話で答えた。


『それは、俺の世界でくつろぐときに使われるお風呂なんだよ。

 ジャグジーバスといって、泡が出るお風呂なんだ』


 シールドの外にいる彼の念話を受けとった三人は、最初の驚きから一転、泡の気持ちよさを味わっていた。

 身体に当たる泡で、ふわふわと雲の上に浮いているような心地がする。

 穏やかな楽の音が流れだした。

 さっき三人が聞いたのは、この音楽だったらしい。

 音は、はあずま屋の天井から降ってくる。


 湯船の横に現れた小さなテーブルの上には、よく冷えたグラスに白いものが入っていた。

 添えてあるスプーンで、コルナが一口食べる。


「おいしい!」


 それは、史郎が地球から持ちかえったジェラートだった。

 もちろん三人は、その名前など知らないが、彼が自分のことを気遣ってくれているだけで十分だった。

 三人は顔を見合わせ、手にアイスクリームのグラスを取ると、それを目の高さに持ちあげ微笑みあった。


 穏やかな気持ちで泡に揺られるルル、コルナ、コリーダを、パンゲア世界の二つ月が見守っていた。

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