第3部 魔術師翔太

第11話 プリンスと先生(上)


 ボクは、畑山翔太、十二歳。この春から、小学六年生になった。


 でも、みんなと一緒に学校へ行ってないんだよ。

 なぜなら、今、ボクは異世界に来ているから。


 異世界って何かと言うと、地球とは別の世界のことなんだ。

 ウチのお姉ちゃんも、今は別の「異世界」に居て、女王様をやってるの。凄いでしょ。


 ボクが今いるのは、グレイルっていう世界のケーナイっていう町なんだ。

 この世界は、耳や尻尾しっぽが生えた人たちが住んでいるんだよ。

 最初に見た時は、びっくりしちゃった。


 ボクは、今、この世界の知りあいの家に泊まってるんだ。


 ◇


 今朝ボクが目を覚ますと、メイドさんが手紙を渡してくれた。

 手紙は、ボーさんからだった。

 手紙には、次のように書いてあった。


 翔太、せっかく魔術師になったんだから、その力を上手に使いたいと思わないか?

 幸い、ここには素晴らしい先生がいる。

 彼がきっと君の力になってくれるだろう。

 一か月程したら、迎えにくるから、それまでに魔術が使えるようにしておいてくれ。

 魔術で大事なのは、イメージの力だ。


 次に俺たちが行く世界では、君の魔術に期待しているよ。


 シロー



 ボクは、ボーさんにから魔術の事でアドバイスを受けてとても嬉しかった。

 なぜなら、ボクのヒーロー、ボーさんも魔術師だから。


 ボーさんは、史郎っていう名前なんだけど、なぜか、加藤のお兄ちゃん、ボクのお姉ちゃんは「ボー」って呼んでる。

 お姉ちゃんに、なんでそうなのか聞いたことがあるんだけど、教えてくれなかった。


 ボクはすぐに着替えると、部屋から出て下の階に降りた。

 そこには、舞子お姉ちゃんがいた。


「舞子お姉ちゃん、おはよう。

 これ、ボーさんからもらったよ!」


 お姉ちゃんは、ボクから手紙を受けとると、それを胸に当てるようにしてから、ゆっくり読んでいた。


「ええ、史郎君から聞いているわよ。

 先生に紹介するから、こちらへ来てね」


 ほら、舞子お姉ちゃんは、ボーさんのこと、「史郎君」って、名前で呼んでるでしょ。

「ボー」ってなんだろう。


 お姉ちゃんとボクは、大きな部屋に入った。

 そこには、暖炉に向かって何かしているスラリとした男の人がいた。

 お姉ちゃんが、その人に声をかける。


「ピエロッティ」


 お姉ちゃんの声を聞くと、その人は、こちらにやって来て、凄く丁寧に頭を下げた。


「聖女様」


 舞子お姉ちゃんは、ここの世界では凄く有名みたいで、『聖女』って呼ばれてるんだ。

 二人は、ボクのことについて、何か話しているみたいだった。


 ああ、そうそう。ボクがこの世界の言葉を理解できるのは、指にはめた指輪のおかげなんだよ。

 これは、ボーさんからもらったの。凄いでしょ。


「翔太君、彼があなたの先生よ。

 自己紹介してね」


「こんにちは、畑山翔太です。

 十二才です」


「ああ、こんにちは。

 私の事はピエロッティと呼んでくれたまえ」


 変な名前だなあ、と思ったけど、ボクは黙っていた。

 それより驚いたのは、ピエロッティ先生は、顔の左半分が黒いんだよ。


 最初は色を塗ってるのかなと思ったけど、そうじゃないみたい。

 どうして、あんなになってるのかな。生まれつきかな。


 ◇


 朝食の後、先生は、ボクをお屋敷の外に連れだした。


 舞子お姉ちゃんのお屋敷は、周りに家が建っていない。

 野原に囲まれていて、少し離れると森もある。

 小川も流れていて、すごく気持ちがいいんだ。


 先生がボクを連れていったのは、草原くさはらの中から、石がニョキニョキ生えた場所だった。

 生えている石は、先生ぐらいの背丈から、ボクくらいの背丈のものが多い。

 石の太さも人と同じくらいだから、離れた所からだと、灰色人間がたくさん立っているうように見える。

 その石に囲まれた、広場のような所で先生が立ちどまった。

 先生は、肩に掛けていたカバンから、透明な球を取りだすと、ボクに手をかざすよう言った。

 ボクがそうすると、球がぼんやり光った。


「うむ、この年で、魔術師レベル30とは凄いな」


 ボクは、異世界に来た時、お姉ちゃんが住んでいるお城で、「かくせい」っていうのをして、魔術師になったんだ。


 あの時は、ボーさんと同じ魔術師になれて、本当に嬉しかったなあ。


 ◇


 先生とボク、たった二人の授業が始まった。


 先生は、ボクに水の玉をイメージするように言った。

 呪文も教えてもらったんだよ。最初だからでしょ、すごく短いやつ。


「水の力、我に従え」って、たったそれだけ。


 やってみて、本当にガッカリしちゃった。

 だって、小指の先くらいの水の玉が空中にできて、すぐに、ぱちゃって地面に落ちちゃったから。


 ピエロッティ先生が同じことをすると、バスケットボールほどの大きな球ができた。

 それだけじゃなくて、先生は、その球を空中で自由に操っているんだ。

 ボーさんが、「素晴らしい先生」と言ったのも分かるね。


 先生は、ボクに詠唱をはっきり口にすること、体の力を抜くこと、この二つだけアドバイスをくれた。

 ボクがその通りやると、ソフトボールくらいの水玉が空中に浮いた。

 凄い! やっぱり凄い人なんだね、ピエロッティ先生って。


 ボクは、この日、先生から他のアドバイスは何ももらわなかった。

 でも、たくさん水玉を作った。


 最後には、一瞬だけど、バレーボールくらいの玉が宙に浮いた。

 すぐこわれちゃったけど、先生は、すごく褒めてくれた。


 ◇


 その日から、ボクと先生は、毎日魔術の練習をした。


 雨の日は、お屋敷で魔術の歴史やマナについて習った。

 マナと言うのは、空気の中にあるエネルギーで、魔術はこのエネルギーをつかってるそうなんだ。


 十日目くらいから、土の魔術についても習うようになった。

 先生から、ボーさんが土魔術の名手なんだと聞かされたので、ボクは最高に気合いがはいった。

 先生は、土魔術で石柱と同じくらいの柱を一瞬で作るんだけど、ボクは頑張っても、五分くらいかかる。

 大きさも、こけしくらいにしかならない。

 それ以上大きくしようとしたら、塔が崩れてバラバラになっちゃうんだ。


 そんな日が五日ほど続いて、ボクは少し自信を無くしかけていた。

 夜、お風呂に入っているときに、自分の魔術と先生の魔術がどう違うか考えてみる。

 先生は、力を入れずに魔術を使っているけど、ボクは凄く緊張して使っているのが一番の違いかな。


 そういえば、ボーさんの手紙に、何か書いてあったな。

 えーっと、「魔術で大切なのは、イメージの力だ」だっけ。

 イメージって、頭の中で何かを思いうかべることだよね。


 ボクは、お風呂につかったまま、水の玉をはっきり思いうかべてみた。


 お風呂の水が、きゅっと持ちあがった。

 ボクが驚いたので、水がバシャッて、またお風呂に戻った。

 だって、そのとき出来そうだった水玉は、ボクが今まで作ったどの水玉より大きかったんだもの。

 しかも、呪文の詠唱もしていない。


 落ちついて、もう一度やってみる。

 お風呂のお湯全部が、水玉になって空中に浮いた。

 それは、凄く綺麗だった。


 寒くなったので、水玉を湯船に戻した。


 ボクは、何か魔術のコツのようなものが、分かってきたのかもしれない。


 ◇


 次の日、空はボクの心と同じように晴れていた。

 いつもの練習場所で、ピエロッティ先生の前に立つ。


 いつもやっている、準備運動の水玉づくりを始める。

 先生に言われた通りの詠唱は、きちんとおこなった。

 だって、ボクは、先生の生徒だからね。


 宙に浮かんだ水玉は、あっという間にふくらんで、中に人が入れそうなくらい大きくなった。

 まだまだ大きくなりそうだったけど、そこで止めておいた。

 先生が、すごく驚いた顔をしたからだ。


「ショータ、次は、土の塔をやってごらん」


 土の塔というのは、ボクが行きづまっていた土魔術で作る棒のことだね。

 今度も、教わったとおりの詠唱をして、棒を作る。

 ただ、今回も、イメージをはっきりさせた。


 土の棒は、ボクの限界だったこけしサイズより、あっという間に大きくなり、高さが二階建ての家くらいになった。

 まだまだ大きくなりそうだったけど、そこで止めておいた。

 先生が、すごく驚いた顔をしたからだ。


 その後、先生は、手の甲にあごを乗せて目をとじ、しばらく何か考えている様だった。

 そして、最初の授業で使った、透明な球を取りだした。


 ボクに、手をかざすように言う。

 先生は、浮きあがった文字を調べていたけれど、だんだん、その目が大きくなった。


「ほとんど変化が無い。

 これは、凄いことになったな」


 えっ! 変化が無いのに、すごいのかな?


「ショータ、私が魔術を使うから、よく私の周りを観察してごらん」


 ボクは、先生に言われた通り、水玉を作る先生の周りをよく見ていた。

 すると、空気中にある、青いモヤモヤが、先生に集まってきてるのが分かった。

 先生の周りは、かなり濃い青色になっている。

 どうして今まで気がつかなかったんだろう。


 周囲を見ると、草や花もうっすらとモヤモヤに包まれている。

 草花の種類によってそれぞれ、モヤモヤの色が違うように見える。


「何か見えなかったかい?」


「先生が魔術を使うとき、青いモヤモヤが集まっていました」


「そ、そうか! 

 それが、見えたか……」


 その日から、ボクの魔術練習メニューが変わったんだ。

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