第6話 聖女の帰還


 俺がマスケドニアから迎賓館の続き部屋に戻ると、みんなが楽しそうにおしゃべりしていた。

 舞子に目で合図すると、彼女が両親に話しかけた。


「さあ、私たちも行きましょう。 

 お父さん、お母さん、忘れ物はない?

 エミリーも、一緒に行きましょうね」


「もちろん行きます、お姉さま」


「ボーさん、この部屋、ボクだけになっちゃうの?」


 白猫ブランを抱いた翔太は、不安そうだ。


「ああ、翔太、安心して。

 君も、俺たちと一緒に行こう」


「どこへ?」


「舞子お姉さんの家だよ」


「どうして?」


「君、魔術師に覚醒しただろう?」


「うん! 

 ボーさんと同じだよ!」


「そこにね、いい魔術の先生がいるんだ」


「えっ! 

 本当? 

 ボク、魔術が上手に使えるようになりたい!」


 これは、『水盤の儀』が終わった後、畑山さんと相談して決めた。

 翔太を連れてきた目的も、果たさないといけないからね。

 今回はポータルズ世界をあちこち渡るが、その間、彼は俺の側にいる予定だ。


「じゃ、みんな、手を繋いで輪になって」


 俺も含め、全員が輪になる。

 別にバラバラでも瞬間移動はできるのだが、気分の問題だ。


 俺たちは、アリスト東部にある、鉱山都市のポータル前へ瞬間移動した。


 ◇


 ポータル前には、俺がここを使うとき、いつも世話になる少年が膝を抱え地面に座っていた。

 ギルドを通じ、前もって連絡が来ていたのだろう。 


「せいじょ、さま」


「まあ、ケン、すごく上手に話せるようになったわね」


 彼は、喉の病を舞子に治療してもらい、少しずつ話せるようになってきた。

 舞子が彼の頭を撫でると、ケンは太陽のような笑顔を浮かべた。

 彼に女王陛下からの通行証を見せる。

 普通は身分証明書も要るから、これは特別なものだ。


 彼が頷いたので、俺たちは黒いもやが渦巻くポータルの前に並んだ。


「えっ! 

 まさか、これに入るの?」


 渡辺のおばさん(舞子の母)が、怖がっている。


「大丈夫よ、お母さん。

 私なんて、もう何度もとおってるから」


「舞子が、見違えるほどたくましくもなるわけだね。

 こんなのを、何度も使ってたなんて」


 渡辺のおじさんが、感心したように言う。


「お母さん、私と手を繋ぐといいよ。

 エミリー、おいで」


 舞子は、母親とエミリーの手を取った。

 俺は、おじさんと翔太の手を取る。

 ブランは空いた方の手で翔太が抱えている。


「じゃ、行くわよ」


 舞子の合図で、俺たちはポータルに踏みこんだ。


 ◇


 ポータルを潜った俺たち一行は、犬人の街ケーナイにあるポータル部屋に出た。

 いつもここにいる係官、犬人ワンズは、俺と舞子の顔を見ると笑顔を見せた。


「聖女様、シローさん。

 ケーナイへお帰りなさい。

 みなさん、お待ちかねですよ」


「ま、舞子、この方、み、耳が……」


「お母さん、うろたえないの。

 ここは、獣人の世界よ。

 耳があるのが当たり前なの」


「そ、そうは言ってもねぇ……」


 舞子のお母さんは、地球にいた時、獣人の映像を見ているんだが、実際に目にすると、やっぱり驚くもんなんだね。

 ワンズが、出口のドアを開ける。

 狐人コルネと犬人アンデが入ってきた。


「聖女様、お帰りなさい。

 ちょっと、上が大騒ぎになっておりまして、鎮めに上がっておりました」


 コルネは俺の方をチラッと見たが、何も言わない。何か機嫌を損ねてる様子だ。

 俺はアンデと握手した。彼が俺の耳元でささやく。


「コルナさんが一緒じゃないんで、お冠なんだ」


 なるほど、そういうことか。


「コルネ、この後コルナを迎えに竜人世界まで行くんだが、ついてくるかい?」


「いえ、結構です。

 ほんとに、もうっ! 

 お姉ちゃんを放っておいて、こんなに長いことどこに行ってんのよ!」


「俺、聖樹様のお導きで、元の世界に帰ってたんだけど、いけなかった?」


「せ、聖樹様!」


 コルネは急に頭を下げ、祈る姿勢でその言葉を口にした。


「す、すみません。

 失礼な事をいたしました」


 彼女の態度が豹変した。


「そうだ。

 ちょうど、君に相談したいことがあったんだ。

 舞子の家まで、来てもらえるかな?」


「はい、うかがいます」


 素直なコルネは、ちょっと気持ち悪いぞ。


「では、皆さん、こちらへ」


 アンデが先に立ち、俺たちは地下から地上へ出た。

 俺たちが地上に姿を現すと、広場を埋めつくした群衆から、凄い歓声が押しよせた。

 どこかで歓迎の音楽が鳴っているが、それがほとんど聞こえないほどだ。


「史郎君、なんなんだね、これは?」


 舞子のおじさんが、周囲の音に負けないよう声を張りあげる。


「住民が、舞子さんを歓迎しているんです」


「えっ! 

 映像では見たことあったが、こんなに凄いのか」


 おじさんが呆れている。


「お父さん、お母さん、こっちに来て。

 エミリーと翔太君も、私の後についてくるのよ」


 ブランが翔太の腕から俺の肩に跳びうつる。

 今更のことだが、この猫っていうかスライム、すごく頭が良くないか?


 舞子たちが演台に立つと、歓声がさらに高まった。

 余りにうるさいので、俺は両耳を一部シールドで覆った。


「皆さん、ただいま帰りました。 

 この度は、聖樹様のお仕事で少し留守にしていました。

 私の世界に立ちよりましたから、親しい人を連れてきました」


 彼女が言葉を切る。群衆は静かに次の言葉を待っている。


「私の友人と両親です」


 一斉に歓声が上がる。


「聖女様ー」

「ご母堂ー」

「御父上ー」


 なんか、よく分からない呼び方も交じっている。


「では、愛すべきグレイルの方々、この度もよろしくお願いいたします」


 舞子が頭を下げ、演台から降りる。

 拍手と歓声は、それでも止まなかった。


「私、鳥肌が立っちゃった」


 渡辺のおばさんは、少し震えている。

 おじさんは、目に涙を溜めていた。


「お前、この世界の人たちに、本当に愛されているんだなあ」


「もう、改めて言わなくていいの、お父さん。

 恥ずかしいじゃない」


 俺たちは、その後二台の馬車を連ね、郊外にある舞子の屋敷へ向かったが、町を出るまで道沿いには隙間なく人々が並んでいた。 

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