第50話 栄誉と別れ


 一週間後、ニューヨークのコロンビア大学で、ピューリッツァー賞の授与式が行われた。


 この賞は、報道部門、文学部門、音楽部門と分かれており、基本的にはアメリカ人だけが対象となる。


 ただ、報道部門は、記事がアメリカの新聞に載ればそれで評価されるから、外国人でも受賞可能だ。

 俺たちは、一番端の席でその受与式の様子を眺めていた。


 ここでいう俺たちとは、『初めの四人』と翔太君、加藤の両親、舞子の両親、そして翔太君の『騎士』五人、柳井さん、後藤さん、遠藤、ヒロ姉だ。

 会場には、『ポンポコ商会地球支店』、『異世界通信社』がみんな来ていることになる。

 俺たちから少し離れた場所には、ハーディ卿とエミリーが座っており、その隣には白神と小西、そして林先生の姿も見える。


 俺は、柳井さんと後藤さんがニューヨークに来てから、とても忙しく働いていた。

 この授与式が始まるまで、くつろげる時間が無かったほどだ。


 主に、俺が目を通さなければならない書類や報告のチェックが多かった。

 まあ、明日からは、支店も通信社も完全に彼らに委ねるから、俺が出る幕はなくなるのだが。


 そうそう、報告の中にあった二件が、俺の目を引いた。

 例のダメダメアナウンサーとそのおじの局長が、テレビ局を去ったそうだ。

 また、柳井さんをクビにしようとした彼女の元上司は、田舎の地方局に飛ばされた。

 この件に関し、俺たちは何もしていない。

 どうも、テレビ局側が、『異世界通信社』や俺たちとの関係をおもんばかって行ったことらしい。

 いわゆる日本式「忖度そんたく」ってヤツだ。


 さて、会場では、いよいよ報道部門の発表が始まった。

 ジャーナリズムに関した様々な賞が次々に発表されていく。


 そして、柳井さんと後藤さんの名前が挙がった。

 異世界について世界で最初の通信社という事であり、また、ここ最近のニュース配信が高く評価された。


 俺たちは、特別に空けてあるひな壇前のスペースに呼ばれ、二人に拍手した。

 そのスペースは、ある理由からぐるりとSPが取りまいている。


 進行役がマイクを持つ。


「実は、今日我々は、この目で歴史的瞬間を目にすることになります」


 会場の人々は、キョトンとした顔をしている。

 それはそうだろう。進行役すら、これから始まることが知らされたのは、三十分ほど前だからね。


 柳井さんが、マイクを渡される。


「皆さんの中には、いまだ異世界についてその存在を疑っている方も多いと聞きます。

 そして、私はそれをジャーナリストの端くれとして誇らしく思います。

 なぜなら、疑う事こそ我々ジャーナリストの仕事だからです」


 彼女はそこで言葉を切り、ゆっくりと会場を見渡した。

 拍手が沸きおこる。


「今、私の前にいる『初めの四人』は、紛れもなく異世界から戻ってきました。

 そして、多くの恩恵を我々に与えてくれました。

 時が満ち、彼らは今ここから異世界へ帰ります。

 どうか、彼らに温かい拍手を」


 柳井さんの声に応じる反応は無い。

 観客席はシーンと静まりかえっている。


 観客が、こういう反応をするのは予想されていた。

 柳井さんと後藤さんがひな壇から降り、代わりに俺たちが上がる。

 すなわち、『初めの四人』、翔太君を含むその家族関係者、そしてエミリーだ。

 肩に白猫を乗せた俺が指を鳴らすと、スーツを着た大柄な男性がぱっと現れた。


「だ、大統領! 

 おい、トーマス大統領だ!」

「ど、どういうことだ! 

 突然現れたように見えたぞ」

「ニュースになるぞ、これはっ!」


 大統領がマイクを握ると、会場のざわめきは次第に消えた。


「合衆国国民の諸君、今日は我々にとって記念すべき日である。

 かつて月に第一歩を印して以来の快挙が行われるからだ」


 彼は、手に提げていたレイをエミリーの首に掛ける。


「皆さん、わが国から最初に異世界に向かう彼女に拍手を!」


 大統領の拍手に続き、もの凄い拍手が起こった。

 その割れるような拍手の中で、俺たちは、先生や『騎士』と別れの挨拶を交わしていた。


 後藤さんと柳井さんが並んで俺の所に来る。


「最高の栄誉をもらえたのは、シローさんのおかげです」


 後藤さんが、周囲の音に負けないよう大声で言う。


「いえ、自腹を切ってまで俺たちを取材しようとした心意気が、あなたをここに連れてきたんですよ」


 俺は本音で答える。後藤さんは、充実したとてもいい顔をしていた。


「柳井さんも。

 この賞をとったのは、あなたの実力です」


 彼女は、言葉を失ったように見えたが、にっこり微笑むと俺に抱きついた。


「今だけは、こうさせて」


 柳井さんのハグは、強く温かかった。


 彼女が離れると、俺は念話で合図を送った。

 異世界転移するメンバーが、俺の周囲に集まる。

 その周りに透明な円筒形のシールドを張り、それを広げていく。


 比較的近くにいた進行役や大統領、一部のSPが、透明な壁に押され、俺たちから離れていく。

 無関係な人が転移に巻きこまれると面倒だからね。


「帰ってきたら、俺の授業を手伝えよ」


 シールドの外から声を掛けてくれるのは、林先生。


「おい、『フェアリスの涙』のこと頼むぞ」


 これは白神。ここに来て、商売ですか。


「プリンスをよろしくね。

 翔太様に何かあったら、たぁ~だじゃ済まさないんだから」


 これは白騎士。


「安全第一」


 黒騎士。


「「お土産、いっぱいお願いねー!」」


 これは黄騎士と緑騎士。


「魔法の愛は世界を越える、プリプリどーん♪」


 あなた、ここでそれやりますか、桃騎士さん。


「エミリー!」

「お父さん!」


 別れはこういう風にやりたまえよ、諸君。


 最後に、見送りの皆が声を合わせる


「「「よい風を!」」」


 転移組が手を振り、それに答える。


 じゃ、点ちゃん、そろそろいいかな。


『(・ω・)ノ 準備できたよー』


 俺は、アリストがあるパンゲア世界に照準を合わせ、セルフポータルを発動した。


――――――――――――――――――

「地球訪問編」終了 「異世界訪問編」に続く

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