第9シーズン 異世界訪問編

第1部 エミリーの覚醒

第1話 神獣とお姉さん

 ポータルズ第九シーズン『異世界訪問編』が始まります。

地球世界から異世界に帰ってきた史郎たちを待っていたものは?

 例のごとく、シーズン初めはポータルズ独特の「枕」があります。まどろっこしい方は、二つ目の「◇」からどうぞ。


――――――――――――――――――



 ポータルズ。 

 そう呼ばれている世界群。


 ここでは各世界がポータルと呼ばれる門で繋がっている。

 ゲートとも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。

 この門には、様々な種類がある。


 最も多いのが、特定の世界へ飛ぶもの。

 このタイプは、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般市民の行き来にも使われる。

 国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。



 他に一方通行のポータルも存在する。

 このタイプは、前述のものより利便性が劣る。僻地や山奥に存在し、きちんと管理されていない門も多い。

 非合法活動する輩、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。


 また、まれに存在するのが、ランダムポータルと呼ばれる門である。

 ある日、突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。そして、長くとも1週間の後には、跡形もなく消えてしまう。

 この門がどこに通じているかは、まさに神のみぞ知る。なぜなら、ランダムポータルは、ほとんどの場合、行く先が決まっていないだけでなく一方通行であるからだ。

 子供が興味半分に入ることもあるが、その場合、まず帰ってくることはない。

 多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われている。


 ◇


 ある少年がポータルを渡り、別の世界に降りたった。


 少年の名は、坊野史郎ぼうのしろうという。

 日本の片田舎に住んでいた彼は、ランダムポータルにより、異世界へと飛ばされた。


 そこには、まるで中世ヨーロッパのような社会があった。

 違うのは、魔術と魔獣が存在していたことだ。


 特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。

 現地では、それを覚醒と呼んでいた。


 転移した四人のうち、他の三人は、それぞれ勇者、聖騎士、聖女というレア職に覚醒した。しかし、史郎だけは、魔術師という一般的な職についた。

 レベルも1であったが、なにより使える魔法が『点魔法てんまほう』しかなかった。この魔法は、視界に小さな点が見えるだけというもので、このことで、彼は城にいられなくなってしまう。


 その後、個性的な人々との出会い、命懸けの経験、そういったものを通し、彼は少しずつ成長していった。


 初め役に立たないと思っていた点魔法も、その「人格」ともいえる「点ちゃん」と出会い、少しずつ使い方が分かってきた。

 それは、無限の可能性を秘めた魔法だった。


 史郎はこの魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした、国王一味を壊滅させた。


 安心したのもつかの間、幼馴染でもある聖女が、一味の生き残りにさらわれ、ポータルに落とされてしまう。


 聖女の行先は、獣人世界だった。

 後を追いかけ、獣人世界へと渡った少年は、そこで新しい仲間と出会い、その協力で聖女を救いだすことに成功する。


 しかし、その過程で、多くの獣人たちがさらわれ、学園都市世界へ送られていると気づく。

 友人である勇者を追い、少年は学園都市世界へ行き、彼と力を合わせ、捕らわれていた多くの獣人を開放する。


 ところが、秘密施設で一人の少女を見つけたことから、事態は新たな展開を見せる。

 その少女は、エルフの姫君だった。彼女から、エルフが住む世界への護衛を頼まれた少年は、家族と共にポータルを渡る。

 エルフの世界で、彼らはエルフ、ダークエルフ、フェアリスにまつわる多くの謎を解き、三種族の争いに終止符を打つ。


 エルフ王からもらった恩賞の中には竜人世界に由縁のある宝玉が含まれていた。

 そして、この貴重な宝玉を奪おうとした者が少年の仲間をさらう。仲間を救出したまではよかったが、少年はその際に宝玉が開いたポータルに巻きこまれてしまう。


 ポータルによって送られた先は竜人が住む世界だった。その世界を支配する暴君一味に打ち勝った少年は、後から合流した仲間と共に、空に浮かぶ大陸へと向かう。


 そこには天竜の棲む天竜国があった。天竜と真竜を苦境から助けた少年は、聖樹の招きで再びエルファリアを訪れる。聖樹が少年に与えた能力は、世界間を渡る力という途方もないものだった。

 かつて、地球から異世界に飛ばされた少年とその仲間は、この力を使い再び地球に戻るのだった。


 少年とその仲間は、久しぶりに帰った故郷の世界で、様々な困難を乗りこえる。その過程で、エミリーという盲目の少女と知りあった彼らは、彼女の目を治すため、彼女を連れ再び異世界へと戻ってきた。

 

 これは、そこから始まる物語だ。


 ◇


 地球世界からパンゲア世界に転移した史郎たち一行は、森の中に現れた。


 地球世界日本では、夕方近かったが、ここパンゲア世界アリスト王国は、朝のようだ。

 異世界が初めての人は、不安そうに辺りを見まわしている。

 怖いもの知らずの翔太も、姉である畑山さんの手を握っている。

 畑山さんは、かつて俺と一緒にこの世界に転移し、今は女王として一国を任されている。


 その横に立っているのが、加藤。俺の親友だ。

 彼も畑山さんや俺と同時にこの世界に転移し、勇者として覚醒した。


 今回、地球から異世界を訪れることになった人々が全員いるかどうかを確認する。


 まず、『初めの四人』の家族から。


 加藤家 加藤、加藤の父、母


 渡辺家 舞子、舞子の父、母


 畑山家 畑山さん、翔太


 そして、『初めの四人』の家族以外では大富豪ハーディ卿の娘、エミリー。

 彼女は、十二歳。翔太と同い年だ。

 俺たちと共に彼女が異世界に来たのは、地球の医学では治療できない、その目を治すためだ。


 渡辺舞子は、一年ほど前に畑山さん、加藤、俺と共にこの世界に転移した友人で、この地で聖女として覚醒した。

 彼女は、さっそくエミリーの両目に手をかざし、治癒魔術を唱えはじめた。


 他の事を差しおいて治療を始めたのは、地球世界からこちらに帰る前に、『初めの四人』で打ちあわせておいたことで、目が見えないエミリーが、そのまま異世界に放りだされないようするためだ。


 舞子の光る手が、エミリーの閉じた目に近づくと、目の辺りだけでなく、エミリーの体全体が光りだした。

 舞子が、少女の目だけでなく、その全身に治癒魔術を掛けたのかもしれない。


「エミリー、目を開けてごらん」


 舞子がそう呼びかけるが、目を開けるのが怖いのだろう、エミリーは本当にゆっくりまぶたを上げていく。


「大丈夫よ、エミリー。

 もう治ってるわ」


 舞子の言葉に力づけられたのか、エミリーの青い瞳が見える所まで、まぶたが上がった。

 少女が、小さな声で何かつぶやいた。


「え?

 エミリー、なに?」


「……える、見える、見える!」


 舞子の問いかけに答えるエミリーの声が、だんだん大きくなる。

 大きく見開かれた目が、彼女の気持ちを表していた。

 宝石のような青い目から、水晶のような涙がこぼれ落ちる。


「舞子お姉ちゃん!!」


 彼女は舞子にしがみついた。

 俺たちも涙を浮かべ、それを見守っていた。


 そのとき、思いもよらないことが起きた。


 ◇


 木々の間から、大きな白い魔獣が姿を現したのだ。

 そのこと自体は何ら驚くことではない。

 なぜなら、俺がセルフポータルの転移先にイメージしたのは、アリスト城内にある森だからだ。

 このばかでかいウサギのような魔獣は、この城のあるじでもある畑山さんが飼っているペットだ。


「ウサ子!」


 畑山さんが巨大な魔獣に駆けよろうとする。しかし、彼女の足がピタリと停まった。

 白い魔獣、つまり神獣の横に、ここにいるはずの無い人物が立っていたからだ。


「ねえ、このでっかいウサギって何なのいったい?」


 そこに立っていたのは、なんとヒロ姉だった。

 加藤が、心底呆れたという声を出す。


「姉ちゃん……こんなところで何やってんの!?」


 まあ、当然の感想だよね。


「なんかね、あんたたちが転移するとき、黒いもやに包まれて消えたんだけど、

 絨毯の上に、その靄みたいなのが、ちょっとだけ残ってたんだよね」


 それを聞いて、俺は天を仰いだ。


「それ、指でつついたら、そこの木の後ろにいたんだ」


 そういう事をするのは、加藤家の仕様ですか?

 俺たちが最初に異世界に転移したのも、開いたポータルに加藤が不用意に踏みこんだからだ。


「呆れた子だね~。

 あんた、雄一となーんにも変わらないじゃないか」


 まん丸い顔をした加藤のおばさんが、腰に手を当てて呆れている。


「えーっ! 

 私をユウと一緒にしないでよ!」


 いや、どう見ても一緒でしょう。


「あれ、史郎君、その顔は何かな?」


「ひゅ、ひゅひまふぇん」(すみません)


 ヒロ姉は、俺の頬っぺたを左右に引っぱった。

 しかし、これでは、エミリーの目が見えるようになった感動が台無しだ。

 珍しく厳しい顔をした加藤のおじさんが、ヒロ姉の後ろから彼女に近づく。


 ゴンッ


 うわっ、痛そう。

 おでこの少し上に拳骨を落とされたヒロ姉が、「痛い」とも言えずにしゃがみこんでいる。

 滅多に怒らないおじさんが怒るとマジ怖いね。

 怒りの表情を消したおじさんが、俺のところに来る。


「史郎君、迷惑かけると思うが、なんとかお願いするよ」


 おじさんが、きちっと頭を下げてくる。もう、降参するしかない。


「安心してください。

 俺が何とかします」


 俺は、そう言った後、おじさんの耳元に口を寄せた。


「実は、俺、もうすぐ家族を迎えに竜の国へ行くんです。

 ヒロ姉をそこに連れていくことが、何より彼女を反省させると思います」


 おじさんは、ニッコリ笑うと「グッジョブ」のジェスチャーをした。


 城の方が騒がしくなる。

 誰かが俺たちの帰還に気づいたようだ。


「女王陛下~っ……」


 木立の合間から、ちらちらみえる白銀色は、駆けてくるレダーマンの鎧だろう。

 彼は、畑山さんの前まで来ると、身を投げだすようにひざまずき、荒い息の下から声を出す。


「陛下、お留守の間に、大変な事が起きました」


「何じゃ、申してみよ」


 畑山さんは、すでに女王様モードになっている。


「こ、ここでは、なんですので、みなさん、どうぞこちらへ」


 俺たちは、息も切れ切れのレダーマンの案内で、城の中へと入っていった。

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