第48話 ルート66(下)


 この日、俺たちはカンザスまで走り、そこでテントを張った。


 比較的広い川の横で、木々に囲まれたスペースだ。

 誰かが焚火した跡があったので、そこに枯れ木を集めてきて、火をおこす。


 夕闇の中で燃える火を眺めるのは、本当に楽しい。

 みんな焚火に見いり、無口になっている。


 点収納から、ここに来るまでに買っておいたマシュマロとクッキーを出す。

 適当な枯れ枝にマシュマロを刺し、みんなに手渡す。


「これって、あんまり旨くねえな」


 加藤の言葉に、俺が、焼きマシュマロを二枚のクッキーで挟んで見せる。

 アツアツのマシュマロがクッキーと絡み、それはなかなかオツなものだ。


「おっ、これなら食べられるな」


 加藤がオッケーサインを出す。

 舞子はマシュマロサンドが気に入ったようで、ポンポコ商会のクッキーでも試していた。


「あんたといると、ホント飽きが来ないわね~」


 畑山さんは、俺の方を見て笑っている。

 昼間のジャンプパフォーマンスがお気に召したようだ。


「私なんて、アリストに帰ったら、こんなこと絶対できないからねえ」


 彼女はそう言うと、ため息をついた。

 今日女王様がやったパフォーマンスをレダーマン騎士長が見たら、確実に気を失うだろうな。


 入浴を済ませ、体の熱が冷めてから、俺は一人でテントの外に出た。

 周囲に明りが無いから、満天の星空だ。

 見あげると、まるで宇宙の中に自分が浮かんでいるようだ。


 背後で足音がしたので、懐から『枯れクズ』を取りだすと、照らしだされたのは舞子だった。

 俺は、再び『枯れクズ』をしまった。


「星が綺麗!

 吸いこまれそう」


「ああ、凄いな」


 俺たちは、しばらく黙って星を見ていた。


「あのね……」


 舞子は、俺の横に立った。


「私、史郎君に言わなくちゃいけないことがあるの」


「なんだい?」


「史郎君のご両親が出たテレビ」


「舞子、お前もしかして、あれを……」


「ごめんなさい。

 見るなって言われたけど見ちゃった」


 あれを見たのか……舞子には、見せたくなかったな。


「気持ちのいいものじゃなかったろう」


 舞子は俺の腕を両手で抱えるようにした。

 腕に当たる彼女の髪で、首を横に振っているのが分かる。


「ううん、今まで知らなかった史郎君の事が分かって良かったなって」


「……そうか?」


「史郎君、子供の頃苦しんでいたのに、気づいてあげられなくてごめんなさい」


 手の甲に水滴が落ちる。舞子は泣いているのだろう。


「それなのに、私のこと守ってくれてた……」


 舞子は、小さな頃、男の子からもだが、女の子からいじめの標的にされやすかった。

 そういう気配があるたびに、俺と加藤が潰していたっけ。


「舞子は、素敵な女性になったね。

 強くて綺麗だ」


 彼女の髪が、痛い程強く俺の肩を打つ。


「今でも、守ってくれてるよ」


 彼女の息遣いが首筋に当たり、俺は体が熱くなるのを感じた。

 頬に湿ったものが触れる。


「お前ら、星見てたのか。

 にしては、やけに二人くっついてるな」


 加藤の勇者チートは、夜目も利くらしい。

 舞子が、ぱっと俺から離れた。


「麗子さんが、何か寝言しゃべってるから居づらくなって出てきた」


 まあ、どんな寝言かは、だいたい想像がつくけどね。


「う、うん、星を見てたんだよ!」


 俺は夜目など効かないが、その口調だけで舞子が赤くなったのが分かった。


「ふ~ん、ま、いいけどね」


 加藤め。ヤツは妙なところで鋭いからな。


「そうだ。

 加藤、これ、俺たち用に作っておいたぞ」


 点収納に入れておいた四つのペンダントを取りだす。

 それは、暗闇の中に優しい光の球を形づくった。

 俺と点ちゃんが、光る神樹様の『枯れクズ』を利用して作ったペンダントだ。


「うおっ! 

 こりゃ、かっこいいな」


 加藤のペンダントは、立体的な剣の形をしている。

 大きさは五センチくらいだ。

 ある理由からこれ以上小さくならなかった。


「かっこいいだけじゃないぞ」


 俺は、そう言うと、自分のペンダントを取りだした。

 二つのティアドロップが、尾のところでくっついた形をしている。これは、聖樹様とポータルをイメージした、抽象的な形だ。


「ガンモード」


 ペンダントの周囲に光の幕が形成され、ライフルの形を取った。

 本当は、「ライフルモード」の方がいいのだろうが、四人共通の言葉に設定した。


「おっ、すげえな。

 これでいいのか?

 ガンモード!」


 加藤がさっそく試す。 

 彼のペンダントは、光に包まれるとハンドガンの形を取った。


「はい、舞子のもあるよ」


 彼女には、ハートの形をしたペンダントを渡す。


「手に包んで、『ガンモード』って言ってごらん」


「うん、やってみる。 

 ガンモード」


 舞子のペンダントもハンドガンの形を取った。


「自分の身が危なくなった時、守るべき人を助けたいときに使うといいよ」


「でも、私……」


「分かってるよ。

 舞子には人を傷つけることなんてできないだろう?

 だから、別のモードも設定してある」


 俺は、ハンドガンの上から舞子と手を重ねると、設定モードの変更をおこなった。


「シールドモード」


 ハンドガンが再び光に包まれ、その光が大きくなると、俺と舞子の周囲を球状にシールドが覆った。


「こうすれば、君自身と周囲の人を守ることができるよ」


「すごい! 

 史郎君、ありがとう!」


 横では、加藤がシールドモードを試している。彼は、ペンダントをすぐガンモードに戻した。


「やっぱり、こっちの方がいいな」


「加藤、これを使う時は、マジで気をつけろよ」


「何でだ?」


 俺は、月を指さした。


「あっ! 

 月に変な模様ができたってテレビや新聞で騒いでたが、まさか、あれってお前がやったのか!?」


「ああ、残念ながらな」


「かーっ! 

 ボーは、とんでもねえな」


「あと、その銃のエネルギーは光だから、いつでも服の外に出しておけよ」


「この鎖が切れて、誰かが拾ったらやばくないか?」


「ああ、その鎖は点魔法で作ってるから、まず切れることはない。

 そのうえ、このペンダント、俺たち四人しか使えないように設定してあるからね」


「さすがにボーだな。

 無駄に細かい」


「なんだ、その言い草は」


「でも、俺には遠距離攻撃と防御の手段が無かったから助かるぜ」


 防御か。加藤は天竜族の長から、まだ加護をもらってないんだよね。

 あの「物理防御(弱)」は、役に立つ加護だから、三人にも施してもらおう。


「なんか、外がうるさいと思って出てきたら、夜中に何してんの、あんたたち」


「麗子さん、ボーがいいものくれたぜ」


 加藤が、畑山さんに剣の形に戻した光るペンダントを見せる。


「へえ、これはいいわね。

 でも、私、この形はちょっと」


 畑山さん用に作ったペンダントを手渡す。彼女のそれは、神獣をかたどったものだ。


「うわっ! 

 これ素敵! 

 ウサ子ね」


 彼女は、ペンダントに頬ずりしている。


「じゃ、加藤。

 畑山さんに、モード切替を教えてあげて」


 加藤が先生をやっている間に、俺と舞子はお互いのペンダントを交換し、モードの切りかえを試した。


「ボー! 

 これ最高!

 でも、あの月の模様があんただったとはね」


「だ、だから、気をつけて使った方がいいよ」


「まあ、今回はこれもらったから、追及はしないけど」


「そ、それより、あと一つ移動用のモードがあるんだよ」


「移動用! 

 早く見せて」


 畑山さんは、なぜか移動用モードに食いついた。

 みんなが俺に注目したので、モードを変更する。


「ボードモード」


 俺のペンダントが、サーフボードに近い形となった。


「あ、これってアリストであんたが家を新築したとき、パーティーの出し物でコルナさんが乗ってたやつでしょ」


「そう。

 ボードって言う乗りものでね。

 地面から少し浮いて走るんだ」


「でも、コルナさんみたいに上手に乗れるかしら?」


「コルナは特別だから、あそこまでは無理だろうけど、普通に乗れると思うよ。

 なんせ、これは特別製だから」


「特別製?」


 特別製という言葉には、加藤が食いついた。この二人、似てるなあ。


「ああ、加藤は、このボード、体重移動で動かすって知ってるだろ?」


「ああ、一度ドラゴニアで乗ったことがあるが、難しかった覚えがある」


「これには、特別製の『枯れクズ』が内臓されてるから、それを使って動くように点ちゃんが工夫してくれたんだ」


「「おお!」」


「ここに、足を載せるんだけど、この丸いところを踏むと前進、四角いところを踏むと、ブレーキになってる」


「方向転換はどうするの?」


「それだけは、体重移動」


「うわー、早く乗ってみたいなあ」


 畑山さんは、今にもボードに飛びのりそうだ。


「明るくなってから、みんなで練習してみよう」


「「「はーい!」」」


 三人が急に生徒モードになったところで、この日はお開き。


 点ちゃんが、

『あのタイミングで、舞子ちゃんにハート形のペンダント渡すって、ご主人様ますますダメダメだね』

って言ってたけどよく分からないからスルーした。


 俺たちは、翌日の練習に備え、みんなコケットで寝た。


 ◇


 次の日、朝食を食べおえると、キャンプ地の近場にある草原でボード練習をした。


 一番ボードの上達が早かったのは舞子だ。

 加藤と畑山さんは、俺の言う事を聞かず好き勝手してるから、なかなか上達しない。


「くそー、舞子ちゃんに勝てないとは……」


 いや、加藤、それはお前が人の話を聞いてないだけだからな。

 ボード操作のうまい下手と、力の強さは関係ないしね。


 一方、舞子はアドバイスを守っているから、どんどん上達していく。

 技術の差は開く一方だ。


「あんた、私たちにもきちんと教えなさいよね」


 畑山さんが言うけど、これには俺も黙っていた。

 林先生、こういう苦労してたのか。白髪も増えるわけだ。


 テントとバイクを点収納にしまう。

 四人が縦一列に並び、道の端をボードで走行してみることにした。

 前から、舞子、畑山さん、加藤、俺の順で列を作る。

 ボードが動きだすと、畑山、加藤両名のテンションがやたらと上がった。


「オーイェー!」

「フォー!」


 君たち、どこの人だ?

 国籍不明となった二人をはさみ、四人は街道を飛ばした。


 横を通る車から推測して、時速八十キロほど出ているんじゃないか?


 恐らく通行中の車から連絡があったのだろう、度々パトカーとすれ違ったが、その都度、俺が四人に透明化を掛けてやり過ごした。


 次の町に着いたところで、ボードはペンダントに戻し、再びバイクを出す。


 俺たちのバイクはミズーリ州からイリノイ州に入った。

 ゴールのシカゴまでは、あとわずかだ。


『あー、思ったより楽しかったなあ。

 次にこういう旅行が出来るのっていつのことかしら』


『本当だね』


 畑山さんと舞子が、名残惜しそうに念話でつぶやく。


『ボーの瞬間移動があれば、城はいつでも抜けだせるだろう。

 次はパンゲア世界でやろうぜ、バイク旅行』


 加藤は、レダーマンが聞いたら卒倒しそうなことを言っている。


『ボー、次は私と舞子にもこのバイク作ってよね』


『え!?

 出発前は「バイクなんて」って言ってませんでしたっけ』


『あんた、忘れてるだろうけど、念話中だから、それ聞こえてる』


『ひい、やっちまった』


『史郎君、それも聞こえてるよ』


 街中を走る俺たちの目に小さな看板が見えてくる。


 Rout 66 END 


 ここが、ルート66の終点ってことか。

 俺たちはバイクを止め、四人でハイタッチした。

 予定日まで三日の余裕を残してのゴールだ。


 旅の余韻を噛みしめながらも、少しでも早く、舞子をエミリーと会わせてやろうと思っていた。

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