第38話 狙撃


 舞子の頭部を直撃するはずだった弾丸は、彼女の頭ぎりぎりのところで静止していた。


 二発目、三発目が俺たちに襲いかかる。

 畑山さん、加藤、俺の周囲でも、何発かの銃弾が宙に浮いていた。

 弾丸の形状から見て、遠距離射撃用ライフル弾だろう。


『(・ω・)ノ ご主人様ー。全員確保したよ』


 点ちゃんありがとう。そいつらが自殺しないように見張っててね。


『p(^▽^)q わーい、久々に遊べるー!』


 確かにね。地球に来てから点ちゃんの出番少なかったから。

 でも、しばらくは、ちょっと忙しくなりそうだよ。


「おい、ボー!

 こりゃ、一体なんだ!」

 

 加藤が、目の前で停まった銃弾に驚いている。


「ああ、俺たち全員が狙撃されたんだよ」


「な、なんだって!!」


 まあ、これで驚かなかったら人間ではない。


「俺たち全員が標的だったみたいだから、三人はエミリーを連れて、一旦ハーディ卿の屋敷まで戻っておいてくれるか?」


「あんたは、どうするの?」


「ああ、畑山さん。

 俺は、下手人を特定して確保するから。

 一時間もあれば済むと思うけど、遅くなっても心配しないで先に寝ててね」


「史郎君、気をつけて」


「舞子もな。

 エミリーを頼んだぞ」


 四人の姿が一瞬で消える。


 周囲の人々が悲鳴を上げる。

 驚いて地面に倒れかけ、その姿勢のまま停まっているおばあちゃんの体を、自分で立てるところまで起こしてやる。


 そして、俺自身に対し、瞬間移動を発動した。


 ◇


 大型トレーラーに偽装した移動作戦室の中で、カーティス中佐は食いいるようにモニター画面を覗きこんでいた。


 狙撃の腕に秀でた彼の部下三名は準備ができている。彼らの次に優秀な者がそれぞれ一人ずつ、スポッターとして標的の確認を行う。


 カーティスはハーディ邸に仕掛けられた盗聴器からの情報で、卿がブロードウェー沿いのレストランに五席予約を入れたことを突きとめた。

 後は、ルーティンワークだ。

 現場周辺であるだろう人の動き、気温湿度、風向風力、そして太陽の位置。

 必要な情報から狙撃地点を決定する。


 レストランから北に五百メートル、そこが狙撃地点に選ばれた。

 三人の狙撃手は、それぞれ異なるビルの屋上に配置した。

 街中なので、狙撃自体より逃走経路が重要である。

 監視カメラに映らないルートを選んである。

 標的が思ったより多くの店に立ちより時間をつかったので、夕暮れが近づき狙撃にはぎりぎりの時間帯となった。

 あと十分じゅっぷんでも遅ければ、今日の狙撃は諦めなければならなかったろう。


「各スポッターからの報告、オールグリーンです」


 隣に座る通信手からの声が、準備完了を告げる。


「よし、行け!」


 短い言葉が、通信を通して各スポッターに伝えられる。

 そして、それは各狙撃手に伝えられ、即座に引き金が引かれた。


 最初の銃弾は、標的Dに命中した。いや、命中したかに見えた。

 しかし、なぜか標的Dは倒れなかった。


 引きつづき、銃弾が標的A、B、C、Eに襲いかかる。

 誰一人倒れない。

 何かおかしい。


 今回の狙撃距離は、せいぜい四百メートル程度である。

 名手揃いの彼の部下が、三人ともその距離を外すとは思えなかった。

 ましてや、銃器も照準器も最高のものを揃え、事前の調整を行っている。


「中佐、チャーリー・ブルーからの報告が途絶えました!」


「なにっ! 

 どういうことだ!」


「チャーリー・レッド、チャーリー・イエローともに沈黙!」


 カーティス中佐の顔が青くなる。

 とにかく、一刻も早くこの場を撤収する必要があるだろう。

 彼は、トレーラーを動かすよう部下に指示した。


 しかし、無線で繋がっているはずの運転手からの返事が無い。

 トレーラーが動きだす気配もない。


 彼は長い通路を足早に歩き、突きあたりの壁にある小窓を開いた。

 その窓は運転室に通じているのだ。


 窓から覗くと、運転手は座席にじっと座っていた。

 なぜか青い顔で脂汗を流している。


「おい、軍曹! 

 何があった!」


 運転手は顔を前方に向けたまま座っており、バックミラーに映る彼の視線は動いていても、体がピクリとも動いていない。


「一体、何が……」


「こんちはー」


 その時、背後から場違いにのんびりした声が聞こえてきた。

 聞きなれない部下の声である。こんな緊急時に何をやってる!

 彼は振りむき、怒鳴りつけようとした。


 そこに立っていたのは、見たこともない少年だった。肩に白猫を乗せている。

 いや、正確に言えば、「見たこともない」ではなく「会ったことがない」だ。

 さっきまでモニター越しに見ていた、標的の一人だった。


 そして、それに気づいた瞬間。彼の体も動かなくなった。

 な、なんだこれは! 叫ぼうとするが、声が出ない。


 少年の肩から、白猫がぴょんと彼の肩に飛びうつってくる。

 猫の前足が額に触れる。

 それだけすると、猫は身軽に少年の肩に戻った。そして、少年の額にも前足で触れている。

 いったい、その行動に何の意味がある?


 猫の手が額から離れた後、目を閉じていた少年がそれを開く。

 そこには、冬の月を思わせる光があった。

 少年の顔つきにそぐわぬその光に、カーティスは理由もなく自分の人生が終わったと気づかされた。


「今回の件、首謀者はお前か」


 少年が、穏やかな声で言う。

 それは質問ではなく、断定だった。


「お前は、国益のため、愛国心からこの行動を取っんだろうが、それがどういう結果を招くか、自分の目で見てもらおう」


 その声が終わるとともに、カーティス中佐は意識を失った。


 ◇


 先にハーディ邸に戻っていた四人は、俺が思いのほか早く姿を現したので、全員がほっとした様子だった。


「史郎君! 

 大丈夫だった?」


 室内でもエミリーと手を繋いだままだった舞子が、その手を放し跳びついてきた。


「ああ、点ちゃんとブランのおかげで、思ったより早く終わったよ」


「ボー、結局、何だったの、さっきのは?」


「今から説明するね。

 二度手間になるから、ハーディ卿にも聞いてもらおうか」


 彼らが今いるのは、鉢植えやプランターがある例のサニールームだ。

 いきなり現れた四人に屋敷の者が驚かないよう、瞬間移動の時点で誰もいなかったこの部屋を選んだのだ。


『ハーディ卿』


『おや、頭の中で声がしたような気がするが、気のせいか?』


『気のせいではありませんよ、シローです』


『おお、シローさんか!

 しかし、いったいなんだね、これは?』


『今はそれどころではありません。

 とにかく、娘さんが植物を育てている部屋まで来てください』


『何かあったのですね?

 分かりました。

 すぐ向かいます』


 間もなく、ハーディ卿が息を切らせ走りこんできた。


「エミリー! 

 無事だったんだね!

 一体、何があったのです?」


 俺は説明するより先に、点魔法で壁に白いスクリーンを展開した。


「おっ! 

 これは?」


「俺の魔法です。

 ついさっき起こったことをそこへ映しますよ」


 俺がそう言うと、壁のスクリーンに道を歩いている五人の姿が映しだされた。

 点は、俺たちの少し後ろ、三メートルほど上空に設定してあったから、見下ろす角度の映像だ。

 

 画面上の俺たちが、突然動きを停める。映像が静止したのだ。

 少し見づらいが、舞子の側頭部近くに細長い弾丸が確認できる。

 点ちゃんがつけてくれた破線が画面外から弾丸まで続いている。


「こ、これは?」


「俺たちが狙撃されたところです」


「えっ!!」


「この小さな棒のようなものが弾丸で、この破線はそれが飛んできた軌跡を表しています」


「そ、狙撃……」


 映像が再び動きだし、畑山さん、加藤が狙撃されたところで、それぞれ少しの間だけ映像が止まり、破線が表示される。


「問題は、この弾丸です」


 次の弾丸は、エミリーの頭部横で停まっていた。


「なっ、こ、これはっ!!」


「そうです。

 彼らは、お嬢さんも標的にしていました」


「そいつらは、今どこに?」


「俺が確保しています」


「そ、そいつらを引きわたしては――」


「今は、まだだめです。

 彼らには、最も効果的なエサになってもらいます」


「エサ?」


「ハーディ卿、あなたなら大統領との面会も取りつけられますね?」


「ああ、それは可能だが」


「そうですね。

 十日後あたりに予定を入れてもらえますか?」


「大統領は、国際会議で来週あたりにニューヨークへ来るらしいから、それはいいが、君たちも一緒かね?」


「うーん、それだと会ってもらえない可能性があるから、あなただけにしておいてください。

 場所は、ホテルの一室がいいでしょう」


「分かった。

 他に手伝えることはないかね?」


「これは俺からのアドバイスなんですが、エミリーさんを俺たちに預からせてください」


「娘を?」


「ええ。

 恐らく今、この地上で最も安全なのは、俺たちの側です。

 軍隊が絡んでいて、またエミリーさんが狙われる可能性があることを考えると、それが最善だと思います」


 ハーディ卿は少し悩んでいたが、決断したようだ。

 彼の視線の先には、壁に映ったエミリーと弾丸の映像があった。


「娘の事、よろしく頼みます」


 彼が頭を下げる。


「エミリーや。

 少しの間、この人たちと一緒にいておくれ。

 安全になったら、またパパのところへ帰っておいで」


「お父様、私は大丈夫です。

 舞子お姉さんや畑山さん、加藤さんがついていますから」


 エミリーとハーディ卿は、しばらく抱きあっていた。


「畑山さん、舞子、加藤。

 エミリーをよろしく頼むよ。

 柳井さんと翔太君には、俺が連絡しておくから」


「おお、分かったぜ。

 エミリーちゃんは、舞子ちゃんの家に送るんだろう?」


 加藤は、妙なところで鋭い。


「ああ、そうだ」


「それじゃ、俺も舞子ちゃんの家に送ってくれ」


「いいのか?

 家族と過ごせる時間が減るぞ」


「それでも、俺はエミリーを守りたい」


 勇者だね、やっぱりこいつは。


「分かった。

 畑山さんは、翔太君についてやってくれるか?」


「ええ、いいわよ。

 それから加藤、あんた舞子に何かしたら殺すから」


「ひひいっ!」


 勇者じゃないね、こいつは。


「じゃ、送るよ」


 次の瞬間、まず舞子、加藤、エミリーが、そして畑山さんが消えた。


「その十日間、君はどうするんだね。

 この家に泊まってもらってかまわないが」


「俺は多分かなり忙しくなるんで、自前の家で泊まりますよ」


「自前の家? 

 よく分からんが、君なら大丈夫なんだろうな」


「あと一つ頼みがあるんですが、これしてもらえると、すごく俺の仕事が減るんですよ」


「何だい?」


 俺は名前も知らぬ三人の役職を挙げ、その住所と現在の所在地を尋ねた。

 彼はすぐ誰かに電話していたが、メモ帳に俺が望むものを書いてよこした。


「本当に助かります。

 ああ、最後に一つ。 

 あなたは、核兵器についてどう考えていますか?」


「世界中の核兵器が無くなればいいと考えとるよ」


「そうですか。

 それが聞けて嬉しいです。 

 では、大統領との会見が決まったら、その予定を教えてください」


「君、電話は?」


「ああ、俺、持ってないんですよ。 

 周囲に人がいないのを確認してから、俺の名前を口に出してください。

 そうすれば、さっき頭の中で会話した方法が使えます」


「魔法って本当に凄いんだな。

 私は、今までと違う意味で異世界に興味を持ったよ」


「ははは、魔法を使う方としては、それなりの苦労があるんですけどね」


「じゃ、十日後に会おう」


「ええ、身の周りには十分気をつけてください。

 この家は、盗聴器が複数設置されていましたから、全部消しておきました」


「なにっ! 

 それは……エミリーを日本に預けて正解だったな」


「エミリーの様子が知りたくなったら、俺に念話してください」


「ああ、その時は頼むよ」


「では、また」


 俺はハーディ邸上空に点ちゃん1号を出し、その中へ跳んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る