第8部 同窓会

第32話 同窓会(上)


 俺が在籍していたクラスの同窓会は、通っていた高校にほど近い和食レストランで開かれた。


 この集まりには『初めの四人』が、全員参加している。

 参加した理由の一つには、この会に林先生が来るからというのがある。

 同級生から連絡があった後で、四人は個別に林先生から念話で誘っていただいた。

 そうでなければ、俺たちは誰も参加しなかったかもしれない。


『初めの四人』は、同窓会が始まる夕方六時ぎりぎりに学校の屋上に瞬間移動し、そこから四人用ボードで、和食店上空まで飛んだ。


 和食店といっても、座敷はなくテーブル席だけの店だった。

 今日は貸しきりにしてもらったそうだ。

 机の上には紙で作ったネームプレートが置いてあり、俺たちの席は会場の一番隅だった。

 四人がテーブルに着いても、クラスメートは誰一人近よってこなかった。


 加藤は白い手編みのセーターにジーンズ、畑山さんは黒のカーディガンとチェックのスカート、舞子は白い起毛のセーターの上にピンクのカーディガン、薄青のスカートだ。

 一方、俺はと言えば、頭には相変わらず茶色の布を巻き、色あせたカーキ色の冒険者用衣装を着ている。


『(・ω・) みすぼらしー』


 点ちゃんからそう言われたけれど、服を替える気はない。

 だって、面倒くさいんだもん。


 開始時刻になったのだろう。幹事の小西が立ちあがる。


「今日は、声かけに応えてくれてありがとう。

 遠くの大学に行く人もいるから、全員で会えるのは、きっと今日が最後だと思う。

 みなさん、楽しんでくださいね。

 先生は、あと三十分したら来ます。

 拍手で迎えてあげてください」


 彼女が異世界転移の件に触れなかったのは、俺たちに気兼ねさせたくなかったからかもしれない。


 みんなが飲んだり食べたりし始めると、俺はなんとなく場違いに感じはじめていた。

 これが、この世界と異世界との距離なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、白神がテーブルの横に立っていた。


「お前ら、これからどうするんだ?」


 白神が、ガッチリした身体から低い声をだす。

 そういえば、コイツは剣道部だったな。


 周囲の音が消える。

 みんなこちらに耳を澄ませているようだ。


「ああ、俺はあっちではマスケドニアって国の食客みたいな立場だから、これからどうするかは、帰ってからのんびり考えるよ」


 加藤がいつもの軽い調子で答える。


「畑山さんは?」


「私? 

 私は治めてる国の事があるから、他の事は考えられないわね。

 帰ったら仕事が山積みだろうし」


 畑山さんは、レダーマンか書類の山を思い浮かべたのだろう。眉を寄せている。


「渡辺さんは?」


「私はグレイルって世界で待ってくれてる人たちがいるから、そこへ行くかな」


「ボーは?」


「俺か? 

 今、家族をある場所に置いてきてるから、まずそこに寄ってから考えるかな」


 それを聞いた白神は、少しの間だけ黙っていたが、いきなり強い口調で言葉を投げつけてきた。


「お前ら、『これから考える』ばっかじゃねえかっ! 

 将来の事なんて何も考えてねえのな!」


 俺たち四人が顔を見合わせる。

 皆の顔に怒りは無く、戸惑いだけが浮かんでいた。


「あんた! 

 何してんの!」


 小西が、白神の二の腕を掴んで引っぱっていく。

 彼女が俺たちに目で謝るのを見て、俺はやはり同窓会に来るべきではなかったと考えはじめていた。

 ちょうどその時、ガラッと引き戸が開き、林先生が入ってきた。


「なんだあ、このお通夜のような暗~い雰囲気は?

 おい、坊野。

 お前、裸踊りでもしろ」


「ちょっと、先生、もう酔ってるんですか?」


「酔ってるわけないだろう。

 酔うのはこれからだ」


 先生はそう言うと、奥に設けられた席に着いた。

 中西がグラスを持ち、先生の横に立つ。


「先生、長いこと私たちの面倒を見てくれてありがとう。

 これからも元気に後輩の指導に当たってください」


「確かに、お前らは面倒ばかり起こす生徒だったな」


 先生は、ちらっとこちらを見た。


「まあ、教師は生徒に面倒掛けられてなんぼってところがあるがな、ははは」


 そういうことを言いはじめると、林先生は話が長くなる。

 小西が慌てて乾杯の合図を入れる。


「では、みなさん、グラスを持ってください。

 乾杯!」


 俺たちは、四人だけでグラスを合わせた。

 他の生徒は、テーブルを回り乾杯を交わしているようだ。


「なんかね~」


 畑山さんがぼそりと言う。舞子の表情も少し暗い。

 そんなこと我関せずというのが加藤だ。いかにもやつらしい。


「お、この揚げだし豆腐うまいぞ!」


 そんなことを言って、テーブルの料理にがつがつ手を出している。


 先生が座っているところで、歓声が上がる。

「空を飛んだ」だの、「透明になった」だのと声が聞こえるので、きっと前回、俺が学校を訪問したときの事を話しているのだろう。

 しかし、当人がいる前で、他人にだけそれを聞くってどうよ。


「史郎君、帰ろうか」


 俺のイラつきを感じとったのか、舞子がそんなことを言いだした。

 大体、俺たちと彼らは話が合うわけがない。

 彼らはこれからやっと社会に出るか、大学で大人になるための猶予期間を過ごすかだ。

 一方、俺たちは、曲がりなりにも各自がすでに社会で自立している。まあ、加藤の立場を自立と言うかは微妙なところだが、彼にしても、いつでも自立できる力があるのは間違いない。


 舞子と視線を交わした俺が立ちあがりかけたとき、先生が俺たちのところにやってきた。

 隣のテーブルから椅子を持ってくると、加藤と畑山さんの間に席を占める。


「お前ら、本当にありがとうな。 

 俺のクビは撤回されたぞ」


 もしかすると、政府筋は、「私たちの関係者に何かすると……」の「関係者」に先生も入れてくれたのかもしれない。


「よかったですね! 

 秘密を公開した甲斐がありましたよ」


 俺は心から嬉しかった。

 そして、学校で先生が教えている姿を想像すると楽しくなった。


「おお、これを伝えておかんとな。 

 学校に新しい科ができるぞ」


「どんな科です?」


「驚くなよ。

『異世界科』だ」


「「「えっ?」」」


 俺たちの声が揃う。


「なんですか、それは?」


「はははは、俺もよく分からん。

 専任の講師が一人だけいてな、それが俺だ」


「「「ええっ!」」」


「いったいどんなことを教えるんですか?」


「いや、俺にも全く分からん。

 お前らが俺に教えてくれ」


「「「……」」」


 先生の思考回路って、なんだか加藤のそれに似てないか?


『(*'▽') ぱねー』


 えっ!? 点ちゃん、このタイミングでそれ? 

 なんか違うような気がする……。


「それから、ポータルが開いた黒板あったろ、お前たちがいた教室の」


「黒板がどうかしました?」


「今、世界遺産にするかどうか、候補に上がってるらしい」


「「「えええっ!」」」


 俺たちは、もう呆れるしかなかった。

 途中で帰ろうとしていた俺だが、林先生に驚かされているうちに同窓会がはねるまで居残ることになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る