第21話 勇者の体力測定(中)


 砲丸投げも、計測不能と言う結果が出た。


 元砲丸投げの選手だったらしい計測者は、去り際、加藤に握手を求めた。

 計測者が、明らかに思いきり力を込めているのが分かる。

 彼は顔がひきつり、右肩がものすごく膨れあがっている。


 加藤は、涼しい顔で握手に応えている。

 呼吸困難に陥った計測者が、加藤の足元にうずくまる。

 加藤は、いぶかし気にそれを見おろしていた。


 砲丸のフィールドが空いたので、俺、畑山さん、舞子は、再び競技場の中央に椅子を出し、そこに座った。

 翔太君がマイクに向かい話す。


「さあ、次は、走り幅跳びです。 

 〇〇〇ニュースの皆さん、どうぞ」


 巻き尺を持った女性が一人、ピストルを持った男性が一人、旗を持った男性が二人入ってくる。

 彼らは、幅跳び競技のため砂が入れてある区画の周囲に待機した。


 加藤は、俺と手をパチンと合わせると、助走を始めるラインに立った。


 ピストルを持つ人が翔太君に合図する。

 翔太君が笛を吹くと、少ししてピストルの音が鳴った。

 しかし、俺たちは、ピストルの音よりさらに大きな音を聞くことになる。


 ギュンンッ


 加藤が、踏切線の一メートル以上手前で踏みきった音だ。

 恐らく、靴の裏と競技場のゴムがこすれる音だろう。


 加藤の体は、予想された放物線を描かなかった。

 踏みきった姿勢のまま、空中を滑るように飛んでいく。

 そのまま観客の頭上を越え、競技場の外に飛びだしてしまった。


 これで、二、三割の力だからね。

 勇者チート、嫌んなるよね。


 俺は加藤に付けた点をコントロールし、彼が家やビルにぶつかりそうになるたびに方向を曲げてやった。

 その結果、彼は、二百メートルほど離れた民家の軒先に着地した。

 軒先からぶら下がった、玉ねぎに手を伸ばしていたおばあちゃんが、腰を抜かす。

 加藤はおばあちゃんを立たせると、彼女の服についた汚れを払ってあげている。

 そして、手を高くあげた。 

 彼は、点を通し俺が彼の様子を見てると知ってるからね。


 加藤を競技場の選手控室へ瞬間移動させる。

 少しして控室から姿を現した加藤が、会場に手を振る。

 それまでシーンとしていた会場が歓声に沸いた。


 翔太君の声が響く。


「走り幅跳び。

 計測不能」


 歓声が、さらに大きくなる。

 次は、いよいよ垂直飛びでだ。


 ◇


 垂直飛びのオークションを制したのは、テレビ、新聞等多くのメディアを抱える企業だった。


「では、〇〇新聞さん、垂直飛びの用意をどうぞ」


 七、八人の男性が競技場に入ってくる。

 そのうち四人は、大きなマットの四隅を持っていた。

 マットは、棒高跳びで使うもののようだ。


 横に計測用ボールが立てられる。

 恐らく棒高跳び用のポールを改造したもので、先に行くほど細くなっている。

 釣り竿のような仕組みになっているのだろう。


 マットを設置した者、ポールを設置した者ともに、その場を離れる。

 加藤が高くジャンプしたら、どこに落ちてくるか分からないからね。


 加藤は、計測用の細いヒモを手に持っている。

 垂直飛びの最高点でこれを放すという寸法だ。

 地面には、蛇がとぐろを巻いたようなヒモの束があった。


 翔太君が笛を吹く。

 計測者の一人が、加藤に声を掛けた。


「お願いします」


 加藤が膝を曲げ、そして伸ばす。

 さほど屈みこんだようには見えなかったが、彼の体はロケットがカタパルトから打ちだされたように、空に昇っていった。

 彼の体がゴマつぶほどになる。

 ヒモがうねりながら落ちてくる。


 俺は加藤に「付与 重力」の点をつけ、ユックリ降下させた。

 彼の事だから、上空から自分で降りさせてもかまわないのだが、見ている者の心臓に悪い。

 しかし、ふわふわ降りてくる加藤が着地しても歓声は上がらなかった。

 

 翔太君が俺のところに走ってくる。


「ボーさん、あれはボーさんがやったんでしょ!

 ふわふわってやつ」


「ああ、そうだよ」


「今度ボクもやってみたい!」


 子猫ブランが俺の肩から翔太君の肩に飛びうつる。


「ああ、そのうち二人でやってみようか」


「わーい!」


 猫を肩に乗せた翔太君が、マイクの所に駆けていく。

 その後ろ姿を見ている俺は、異世界に残してきた二人の娘を思いだしていた。

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