第4部 勇者の体力測定

第20話 勇者の体力測定(上)


 俺たちが前々から計画していた、『体力測定』の日が来た。

 これは、勇者加藤の様々な能力を測定しようという趣旨のものだ。


 道具類と計測者は、こちらで用意すると疑われることになりかねないので、全てオークションの落札者が用意する。

 握力、百メートル走、幅跳び、垂直飛びなどの選択肢があり、各社一種目だけ入札ができる仕組みになっている。


 結局、落札者は、どの種目も大手のテレビ局、新聞社だけとなった。

 それも当然で、各測定項目についての金額は、軒並み二千万円を超えている。

 一番競争が激しかった百メートル走は、俺でも名前を知っているアメリカの大手新聞社が落札した。


 体力測定は、俺たちの故郷周辺では一番大きな陸上競技場を貸しきっておこなわれる。


 当日は、朝から小雨がちらつき、空模様が心配されたが、開始時刻の午後三時には雨が上がり、晴れ間がのぞいた。

 競技場の地面はゴムだが、雨に濡れているので、決していいコンディションとは言えない。


 落札した会社は、三名まで観客席への入場が認められる。

 少ないところは、測定者一名、見学者三名だから、入場券一枚に五百万円以上支払っていることになる。


 観客席と競技場へは撮影録音機材を持ちこまないよう、事前に通知してある。

 入場者は競技場への入り口で、白騎士、黒騎士、黒服たちがチェックしているが、やはり、小型の撮影機器を持ちこむ不届き者が出た。


 そういったものは、全部点ちゃんが壊すから、持ちこんでも意味ないんだけどね。

 機器を丸ごと消すこともできたけれど、騒がれては困ると思い、今日は止めておいた。


 会場には、加藤家、渡辺家、畑山家の人々も招かれている。

 彼らは、屋根つきの特別席から見る。


 あと、観客席には、懐かしい同級生の顔も見えた。

 彼らの多くは大学受験をすでに終えており、そのほとんどが参加していた。

 昨日加藤の家に、そのうちの一人が訪れたそうで、加藤が招待したのだ。

 観客席の一角は、『翔太の部屋』常連のために確保した。

 体力測定の結果は、異世界通信社のサイトで公開される。

 ただし、今回は考えたうえ、映像は公開しないことにした。


 勇者の能力がリアルに判定されても困るので、加藤には二、三割以上の力を出すなと言ってある。

 グランドのまん中に用意された椅子に『初めの四人』が座る。

 俺の肩には、白い子猫ブランが乗っている。


 野球の時に使うサイレンの音が鳴ると、俺たちの前に置かれた台上に、マイクを手にした翔太君が立った。


「みなさん、今日は加藤さんの『体力測定』に来ていただきありがとうございます。

 司会の翔太です。

 みなさん、本物の『勇者』がどんな力を持っているか、きっと驚かれると思いますよ。

 では、『体力測定』開始です」


 彼の発言にある『勇者』うんぬんは、俺たち以外には意味が分からないだろうが、今はそれでいい。


 翔太君は、海外の落札者向けに、『開会の辞』を流暢な英語でもおこなった。

 あまりの発音の良さに、畑山さんが驚いている。

 黄緑騎士に教わったらしい。


 しかし、なんといっても盛りあがったのは、ピンクと白の服で統一した『翔太の部屋』の常連席で、もの凄い歓声が上がった。

 そして、なぜかその最前列には、腕を組んだヒロ姉が仁王立ちしていた。


「プリンスー!」 

「翔太く~ん!」

「王子様ーっ!」


 いや、実際、姉が女王様だから、翔太君は王子様みたいなものなんだけどね。


 ◇


 最初は、地味なところで握力測定だ。


 三人の計測者が、一人ずつ大きさが違う計測器を持っている。

 翔太君が笛で合図すると、俺の横に座っていた加藤が前に出る。

 そして、一番小さな、普通の握力計を握る。


 しかし、それはスコッという感じで針が飛んでいった。

 どうやら、握力計が壊れてしまったらしい。


 二人目が加藤に別の計測器を渡す。

 翔太君がマイクを握る。


「この握力計は、普通のものでは測れない握力を図るためのものです。

 プロレスラーなどが使っています」


 彼が笛を吹くと、加藤が二つ目の握力計を握る。

 しかし、それも一つ目と同じように、スコッと壊れてしまった。


 再び翔太君が説明する。


「三つ目は、〇〇新聞社が、今回の測定のために特注したもので、最高一トンまで測ることができます」


 翔太君が「〇〇新聞社」の名を挙げたところで、観客席の関係者からパラパラ拍手が起こる。 


「では、どうぞ」


 翔太君が三度(みたび)笛を吹く。

 その握力計も、最初の二つと同じ運命をたどった。


「結果が出ました。

 握力、測定不能です」


 観客席からすごい歓声が上がる。


 握力を計った新聞社の三人は、対照的に青い顔で黙りこんでいた。


 ◇


「次の競技は砲丸投げ。 

 〇〇テレビさん、お願いします」


 一人の大柄な男が観客席に手を振って現れる。

 右手には、黒いカバンを下げている。


 観客席から拍手が上がった。

 横に控えている黒服に尋ねると、有名な元スポーツ選手で、今は解説をやっているらしい。


 そのゴツイ男の人と並んで立つと、加藤がいかにほっそりしているか目立つ。

 彼は、普通の高校生と較べても細いからね。


 男は、手に下げた黒いカバンの中から、金色の砲丸を取りだした。

 マイクを通して翔太君の説明が始まる。


「あの砲丸は、色は金色ですが、厳密に普通の砲丸と同じ重さに作ってあります」


 パイプ椅子に座っていた俺たちは、競技上のまん中に描かれた砲丸用のフィールド内にいるため、立って移動する。

 黒服が椅子を片づける。


 加藤が、投擲用のサークルに入る。

 砲丸を持ってきた巨漢が、加藤に砲丸の投げ方を指導しているようだ。

 どうやら彼は、砲丸投げ出身らしい。

 翔太君が笛を吹くと、軽く小石でも放るように、加藤が無造作に砲丸を投げた。


 そのフォームをみて、砲丸投げ出身の巨漢の顔が青くなる。

 それはそうだろう。普通そんな投げ方をすれば、良くて肩が外れるし、悪ければ骨折する。

 しかし、彼が本当に驚くのはそこからだった。


 軽く放った砲丸は、どんどん距離を伸ばし、観客席の遥か上を飛び見えなくなった。


 砲丸には魔法の点を付けておいたので、それが五百メートルほど離れた田んぼの土に深く食いこんだのを見た。

 音声も入っているから、「ズッポーッンッ」という今まで聞いたことがない大きな音がした。

 もちろん、遠すぎて会場のみんなには聞こえていない。

 あの砲弾はあとで回収し、〇〇テレビさんに返してあげよう。


 場内、観客席ともシーンとしている。


 ヒロ姉の「やったね、ユウ!」と言う声を皮切りに、歓声が上がった。

 物凄い熱狂ぶりだ。

 マイクを持った翔太君も目を丸くしている。


「砲丸投げの結果。

 測定不能です」


 それでまた歓声が高くなった。

 俺は、ここまで何事も無く済んでホッとしていた。

 残るは、幅跳び、垂直跳び、百メートル走だ。

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