第11話 ネトプリ翔太君


 番組の撮影中、加藤がビルの屋上まで飛びあがった後、現場は大混乱に陥った。


「いったい、何があった!」

「彼が屋上まで跳びあがったように見えたわ!」

「そんなワケないだろ、ここ十階建てだぞ」

「俺、彼が屋上に跳ぶところ見ちゃいました」


 番組中、翔太君を触りまくっていた、進行役の女性もまっ青になっている。


 翔太君が涼しい顔で、こちらに歩いてくる。

 メイキャプされた彼は、美少年ぶりに拍車がかかっていた。

 なるほど、これなら女性たちが触りたがるのも分かる。


「ボーさん、どうでしたか?」


 うーん、何と言えば、いいんだろう。


 俺が悩んでいると、撮影現場の方から複数の悲鳴が上がる。

 何が起きたか、俺はすぐに察した。

 加藤が飛びおりたな。


 案の定、階段を三段飛ばしに降りるくらいの身軽さで、加藤が着地した。

 着地点の側にいたスタッフが数人、腰を抜かしている。


 加藤が俺たちを見つけて歩みよってきた。


「お疲れさん」


 加藤と俺がハイタッチを交わす。


「しかし、やり過ぎで放送中止とかにならないだろうな」


 加藤は、自分でやった事を自分で心配している。


「加藤のお兄ちゃん、それは大丈夫だよ」


 翔太君が、キラキラした目で言う。


「今の映像、もうすぐ世界中の人が見ると思うよ」


 翔太君はそう言うと、撮影現場から少し離れた所にある木の所に行って何かごそごそしていた。


 やっと理性を取りもどしたのだろう。

 プロデューサーの柳井さんが、俺たちに走りよる。

 ハイヒールだから、走りにくそうだ。


「あ、あなた、加藤君、ちょっと時間あるかしら?」


 加藤に詰めよる柳井さんの前に、畑山さんが立ちふさがる。


「彼への取材は、一切お断りします」


「あなた、何です!」


「私は、加藤のマネージャーです」


 いや、実際、畑山さんは、名実ともにマネージャーだと思いますがね。


「マ、マネージャー!?」


「では、失礼します」


 俺たちは、五人揃いエレベーターに乗る。

 すぐにドアを閉めると、中にいるのは俺たちだけだ。


「ボー、お願い」


 畑山さんの合図で、畑山邸に瞬間移動する。出たところは、畑山さんの広い私室だ。

 翔太君は当然のような顔をしている。彼は以前、瞬間移動を体験してるからね。

 みんなでハイタッチする。


 ちゃぶ台の周りに五人で座る。

 畑山さんが入れてくれた紅茶を飲むと、俺が気にかかっていた質問をする。


「翔太君、みんなが君を知っているようだったけど、あれはなぜだい?」


 翔太君は、黙って自分のスマートフォンを取りだす。

 ある画面を出すと、それを俺に渡した。


『翔太の部屋』


 どうやら、翔太君のページのようだ。

 ピーチューブというサイトに個人が動画を投稿する仕組みらしい。

 俺はそのページを登録した人数を表すカウンターを見てビビってしまった。

 そこには、八桁の数字が表示されている。


『(@ω@) 何じゃ、こりゃー!』


 だよね、点ちゃん。


 翔太君の謎は深まるばかりだった。


 ◇


 俺たち四人がする嵐のような質問に最初戸惑っていた翔太君だが、畑山さんが代表で質問するようにすると、やっと落ちついて答えてくれるようになった。


「このページはどうしたの?」


「お姉ちゃんがいなくなっちゃたから、寂しくなって、みんなとおしゃべりしてるとこうなってたの」


 もしかすると……俺がそう思い、『翔太の部屋』で検索すると、関連サイトが二十以上出てきた。

 中には、いくつか海外のものもあるようだ。

 そして、翔太君が、ネット上でアイドルのように扱われていることも分かった。


 そして、それらのサイトで、彼は『ネトプリ』と呼ばれていた。『ネットのプリンス』の略らしい。


「翔太君、ネトプリだったんだね」


 俺が言うと、翔太君の顔が赤くなった。


「ボーさん! 

 その呼び方は、やめて。

 気にしてるんだから」


「翔太、お父さんとお母さんは、このこと知ってるの?」


「うん、松田さんがボクのサイト見てたらしくて、それでバレちゃった」


「畑山さん、松田さんって?」


「ウチのメイド長ね。

 だけど、あんた、お父さんにやめろって言われなかったの?」


「お姉ちゃんがいなくて寂しいから、仕方ないって……」


「ああ、それで翔太君、今日のことが、世界中に広まるって言ってたんだね」


「でも、翔太君よ。

 テレビの放送がされなかったら、広まりようもないだろう」


 加藤がまともな意見を言う。


「へへへ。 

 そんなこともあるかと思って……。

 ジャーン!」


 翔太君が半ズボンのポケットから取りだしたのは、小型の光学機器のようだ。


「これで、ボクも撮影してたんだよ」


 そういえば、撮影現場から少し離れた木の辺りで何かやってたね。


「よく、そんなことまで気づいたね」


「うん、『騎士』のみんなに教えてもらった」


「翔太君、『キシ』って何?」


「うん、ボクがプリンスだから、騎士だって」


「翔太、それじゃ、何のことか分からないわ。

 その『キシ』ってどういう字を書くの?」


 当然、姉の畑山さんが尋ねた。


「おとぎ話なんかに出てくる人だよ。 

 白い馬なんかに乗ってるんだって」


 俺は思わずレダーマンの事を思いだした。


「ああ、『円卓の騎士』の『騎士』だね」


「ボー、その『えんたく』ってなんだ」


「あー、それは後だ。 

 とにかくレダーマンなんかがやってる『騎士』のことだよ」


「ああ、その『騎士』か」


 加藤もやっと理解したらしい。


「翔太、まだ質問に答えてないわよ。

その『騎士』って、どんな人なの?」


「最初の頃からボクのページに来てくれてるお姉ちゃんたちなんだ」


「なるほど。

 で、その人たちとどんな話をしたの?」


「うん、その人たちだけには、お姉ちゃんやボーさんが異世界にいるって話してるんだ」


「「「えええっ!」」」


 俺たちは、四人とも驚愕の表情を浮かべた。

 なぜなら、翔太君が言っていることが本当なら、すでに異世界の情報が、この世界に漏れていることになるからだ。


「ボー、どうする?」


 畑山さんが、こちらを見る。

 うーん、これは困ったね。

 俺は少し考えてから、こう言った。


「とにかく、一度その『騎士』たちと会っておいた方がいいだろうね」


「はー、なんか厄介なことになったわね」


 畑山さんが言うのも当然だ。

 翔太君が、『騎士』に連絡をするということになり、その日はそれぞれが実家(俺は点ちゃん1号)に帰った。


 もしかすると自分たちがあれこれしなくても、異世界の事が世間に知れわたるのでは?

 俺は、そう考えはじめていた。

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