第2話 地球の朝


 朝、俺が目覚めると、他の三人は、まだ寝ていた。


 地球にいるときから、どちらかというと朝は早いほうだったが、異世界で生活する間に朝方の生活に慣れてしまったらしい。

 冒険者の仕事は、陽が落ちるまでが勝負だ。採集や討伐は、夜明け前に現場に向かうことも多い。


 コケットを離れる前に、胸の上で丸まり寝息を立てている子猫ブランを撫でてから立ちあがる。そっとコケットに降ろしてやると、ブランは目を覚まさなかった。


 頭をはっきりさせるため、香草茶を飲みながら、これからの予定を整理していた。

 三人を実家に送りとどける。家族へのお土産を買う。林先生に挨拶をする。

 主な予定は、この三つだ。


 今いる場所から考えると、林先生への挨拶が最初かな。


「お早う、史郎君」


 舞子が女性用の寝室から出てくる。彼女は部屋着らしい、飾り気のない白いワンピースを着ていた。


「お早う、舞子。

 よく眠れたかい?」


「うん! 

 あのベッド、すごく寝心地が良かった」


「あれは、エルファリアで採れる素材を使っているから、お土産代わりにケーナイの屋敷に持っていってあげるよ」


「えっ! 

 いいの?」

 

「ああ、舞子のご両親の分は、もう用意してるんだ」


「史郎君……ありがとう」


 舞子が目をうるませる。朝から湿っぽくなるのは嫌だから、仕事をお願いする。


「舞子、二人を起こしてくれるかい?」


「うん!」


 その間に俺は、夜間、黒色にしておいた点ちゃん1号の外壁を透明にする。

 昇ったばかりの太陽が空を万華鏡のように彩る。

 世界ごとに異なる夜明けの空が見られるのも、異世界旅行の醍醐味だろう。


「うーん、久しぶりによく寝たわ。

 やっぱりコケットは最高ね」


 畑山さんが伸びをしながら起きてくる。

 彼女にはお城でコケットを一台渡してあるのだが、侍従長がそれに寝ることを許してくれないらしい。俺は、早々にお城から追いだされてよかったよ。


「畑山さん。

 加藤がなかなか起きないみたいだから、舞子を手伝ってくれる?」


「ふわぁ~、いいわよ~」


 畑山さんは寝ぼけまなこで、男性用の寝室に入っていった。


 みんなが共有スペースに出てくる前に、朝食の用意をしておく。

 点魔法で作ったコンロを使い調理してもいいのだが、ここは非常食用に収納している朝食セットを出そう。

 アリストのパン、ドラゴニアの蜂蜜、グレイルのスープという異世界情緒あふれる朝食を取りだす。


「付与 時間」の効果で、スープは湯気が立っている。

 これは、ケーナイに住む、ミミのお父さんが作ってくれたものだ。

 テーブルの上に朝食をセッティングしていると、加藤が起きてきた。


「お前、その頬っぺたどうした?」


 加藤の頬には、くっきりと赤くなった指の痕があった。


「いや、それがな……」


 後ろから現れた畑山が、加藤の発言をさえぎる。


「ボー、聞いて!

 この馬鹿、朝っぱらから私に抱きつこうとしたのよ」


「おい、加藤、お前どんな夢見てたんだ?」


 加藤が赤くなり、顔についた指の痕が分からなくなった。


「おいおい、朝からお説教は勘弁してくれ」


 加藤は、ため息をつきながら椅子に座った。

 舞子が席に着くのを待ち、朝食を始める。


「「「いただきまーす」」」


 俺は、一つずつ料理の説明をする。


「このスープ旨いな。

 ミミちゃんのお父さん、いい腕してるよ」


 加藤は、スープだけ先に飲んでしまった。


「ボー、この蜂蜜は、お城に納めてちょうだい。

 いくら高くてもかまわないから」


 畑山さんは、竜人国産の蜂蜜が気に入ったようだ。


「史郎君、このお茶、上品な香りがしておいしいね」


「ああ、舞子、それはエルファリアのお茶だよ」


「帰りに、あの村で買えるかしら」


  舞子が言っている村とは、エルファリア世界のギルド本部がある集落のことだろう。


「うーん、多分買えないから、在庫を分けてあげるよ。

 このお茶は大量に買ってあるんだ」


「ありがとう!」


「ボーがいると、食卓が異世界の遊園地みたいになるな」


 加藤、遊園地って何だよ。


 食事があらかた片づいたところで、みんなの注意を外に向ける。


「みんな、ここがどこだか分かる?」


「えっ! 

 日本じゃないの?」


「いや、日本だよ」


 みんなが通っていた高校の所在地を口にする。


「えっ? 

 そんな所に帰ってきたの」


「ああ、セルフポータルは、自分が行ったことがあるところに現れるみたいだから」


「どっかのビルの上だと思うけど」


 みんな透明にした点ちゃん1号の外を眺めている。


「あっ! 

 もしかして……学校の屋上じゃない?」


 畑山さんが、気づいたようだ。


「そうだよ。

 〇〇高校の屋上」


「しかし、俺たちの高校って屋上に出られなかったよな」


「ああ、この前、俺がちょっとだけこっちの世界に戻ってただろ。

 あの時、魔法で屋上に来たんだ」


「だけど、これ、通学の時間になったら、見つかって大騒ぎにならない?」


「畑山さん、それは大丈夫。

 この乗り物、外からは見えないようになってるから」


「うへー、相変わらずのチート能力だな」


 勇者加藤、お前が言うなよ、お前が。


「史郎君、この後はどうするの?」


「ああ、舞子。

 まず林先生に顔を見せておこうと思うんだ」


 異世界転移した当時、林先生は、俺たち四人のクラス担任だった。

 俺たちがいなくなったことで、白髪が増えるほど心配をかけた。


「うん、私も先生に会いたい!」


「私も先生には会いたいけど、のこのこ出ていったら、それこそ大騒ぎにならない?」


 さすがに畑山さん、考えが回る。


「今、この機体を透明化している魔術で、先生を透明化して連れてくるよ」

 

「えっ!

 自分の体も透明化できるの?

 ボー、お風呂覗かないでよね」


 突っこむところ、そこですか。


「覗くわけないだろう」


『( ̄ー ̄)つ ご主人様、透明化を手に入れた時、考えてたくせに』


 て、点ちゃん、あれは例えですよ、例え。


 俺たちがそうやって話している間に、登校時刻になったようだ。

 下から生徒たちの声が聞こえてくる。


「授業が始まってからだと迷惑になるだろうから、その前に連れてくるね」


 俺はそう言うと、透明化の魔術を自分に掛ける。


 この前訪れた時に点を付けておいた理科準備室に瞬間移動する。この世界に置いておいた点は全てアクティブになってるからね。

 誰も居ない準備室は寒々としていた。林先生に念話を繋ぐ。


『先生、聞こえますか』


『おっ!? 

 もしかして坊野か!』


『はい、お久しぶりです。

 今、ちょっとこっちに帰ってまして』


『また、「偉大な存在」とかに送ってもらったのか?』


『いえ、今回は、新しい魔法で帰ってきてます』


『今から朝の会議があるから、それが終わったら連絡する。

 ちょっと事情があって、今日は受けもちの授業がないからな』


『分かりました。

 連絡を待ってます』


 点ちゃん1号の中に戻ると、自分の身体に掛けておいた透明化を外した。舞子がすぐ声を掛ける。


「林先生は?」


「ああ、今から朝の会議だって。

 それが終わったら連絡があるよ」


「先生に会うの、楽しみだなー」


 俺たちは、先生を迎えるために、点ちゃん1号の中を整えた。


「まあ、こんなところでいいわね。

 本当はお花とか飾りたいけど」


 畑山さんは、華道や茶道を一通りたしなんでいる。

 収納を探り、天竜からもらった『光る花』を出す。

 ガラスの様な植物で、キラキラ光を反射する花が咲いている。


「な、何これ?」


「竜が住む国の花だよ。

 綺麗でしょ」


「うわー、こんなのが咲いてるなんて。

 一度そこに行ってみたいわね」


 レダーマンが許してくれないだろうが、セルフポータルを使えば、ちょっと行って帰ってくる事もできるはずだ。


「そのうちね」


『坊野、会議が終わったぞ』


 林先生からの念話が入る。


『先生、今どこですか?』


『職員用のトイレだが』


『側に誰かいますか?』


『いや、個室に入ってるからいないぞ』


『じゃ、個室のカギを開けたら合図してください』


『よし、開けたぞ』


 その瞬間、林先生が、俺たちの前に姿を現した。


「ど、ど、どうなってるんだ?」


「先生、前にも一回やってるでしょ」


「おっ! 

 渡辺、加藤、畑山! 

 お前らも帰ってたのか」


「先生、お久しぶりです」

「おっす」

「先生、ご心配おかけしました」


 三人が、先生をふかふかソファーに座らせる。


「この前、坊野がちょっと帰ってきたとき、みんな元気にやってると分かって安心したよ」


「先生、白髪増えてませんか」


「おい、加藤。

 それに触れんでくれ。

 先生、一応気にしてるんだからな。

 それより、なんだこの不思議な部屋は?」


「ああ、これ、ボーが作った乗り物の中なんですよ。

 くつろげるでしょ」


「いや、くつろげるのはくつろげるがな」


 先生は、足元にすり寄った白い子猫を撫でている。


「ちょうど、このタイミングでお前らが帰ってきてくれて良かったよ。

 実は、先生も相談したいことがあったんだ」


「先生が私たちに相談ですか?」


「ああ、畑山。

 こっちは割と厄介なことになっててな。

 俺は、もうすぐ教師を辞めきゃならんかもしれん」


「「「ええっ!」」」


 俺たちは、先生から思わぬ話を聞くことになる。

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